日溜まりのような日々を、君に「シュウ」
朝、ゆったりと流れる時間を非常に心地良く思いながら、同じリビングという場所で各々の時間を過ごしていると、唐突に1年前から同棲している恋人から声が掛けられた。
気持ちの余裕からゆったりと後ろを振り返ると、そこには真剣な顔をした彼が、我が家の大きめのダイニングテーブルの真ん中に座ってどんと構えていた。
このほのぼのとした時間に似つかわしく無い様相に思わず吹き出してしまう。
彼はそんな僕をひたすらにじっと見つめている。
笑いが収まると、すぐに駆け寄って彼の目の前の席に座した。
ぴんと背を張って、姿勢をきちんと整え終えてから言う。
「どうしたの?」
にこにこと笑ってご機嫌なのか小さく左右に揺れ始めたシュウを見ながら、ファルガーは重たい口を開いたかと思えば、存外さらっと言った。
「結婚しないか」
ぴく、っとその瞬間に全ての体の動きを止め、シュウは完全に固まった。
そして、今彼の口から発された言葉について必死に頭を巡らせる。
どういうこと。結婚?結婚って何?…どうして急に?
というかつまり、僕は今彼にプロポーズされたのか?
少し理解を始めた瞬間からじわじわと、彼の陶器のように白く澄んだ肌が桜色に染まっていく。
ついには正した姿勢のまま、顔を両手で覆ってしまった。
うぅ…と呻き声を上げる彼に至るまでを黙って見つめていたファルガーは、その一連の動作に笑いだした。
「シュウ〜俺は今世界で一番愛しい恋人に一世一代のプロポーズをしたんだぞ〜顔を見せてくれ」
そう言いながら彼の真っ赤な頬に両手を当てると、その言葉を聞いた彼は自分の両手からその美しい瞳だけを覗かせ、ちらちらとファルガーの方を見たりしながらも忙しなく視線を泳がせている。
「だって、そんな、」
もごもごと何か口にしているが、聞き取らせてくれる気はないようだ。
それを見て、ファルガーはひとつ溜息を吐いた。物悲しげな雰囲気を纏いながら。
すると狙い通りシュウは肩を震わせて、恐る恐るといったようにこちらの様子を窺った。
「じゃあ俺のプロポーズは、受けてもらえないんだな…」
悲しそうに、そしてやや拗ねたように頬を膨らませながら言うと、シュウはぶんぶんと首を振りながら慌てて話し出した。
「違うよ!そんなこと言ってないじゃないか、その、あまりに突然だったから、なんていうか、びっくりしただけで…」
勢いは尻すぼみになっていく。それにまた思わず吹き出した。
そんな俺を見てからかわれたと思ったのか、今度はシュウが頬をふくらませてむすっとした顔をしている。
その顔の愛らしさにまた笑みを浮かべながらも、今度は優しい眼差しを向けた。
「ほら、1年間色々あっただろ?」
そう言って思い出すように目を伏せたファルガーの、その長い睫毛に透ける綺麗な瞳に見惚れながら、シュウはその言葉に感慨深さを覚えた。
そしてあることを思い出して笑ってしまう。
「確かにね。ファルガーがヴォックスに嫉妬して、最後は部屋から出てこなくなっちゃったりとか」
ここぞとばかりに古傷を抉ってくる中々頭の回る恋人に、ファルガーはぐっと顔を顰める。
「仕方無いだろ、あいつはかっこいいんだから」
シュウは一瞬きょとんとしてから、そうだね、と肯定するようにふふっと笑った。
ひとつ言い訳をするのにも相手を褒めてしまう、この人が好きだなと思いながら。
「それでも、僕にとっては君が一番かっこいいんだってこと、もうわかってくれてるよね?」
唐突な口説き文句に驚きながらも、瞬間的に頷く。
シュウはいざ自分が愛を囁かれると物凄い勢いで照れるくせに、こういうところがある。生粋の無自覚天然だ。
とてもかわいいが、俺以外にもやるので少し困ってしまう。
話が逸れてしまったので、こほん、とひとつ咳払いをして本題に戻る。
「ともかく、1年間色々あって、今ようやく穏やかな休日を過ごせるようになったからな。そろそろかなって」
すると突然シュウは驚いた顔をし、すぐにその顔を緩めた。
「…ふふ。そっか、そういうことか」
口元に手を当ててくすくす笑っている。こういう上品なところもとても可愛らしくて好きだった。
「なんだ?」
なぜ笑われているのかわからず問いかけてみると彼は目を細めて言った。
「だって、僕がまだ君と出会ったばかりの頃に"一緒に穏やかな休日を過ごしてくれる人と結婚したいんだ"って言ってたからでしょ?」
まさか覚えているとは思わず、俺は目を真ん丸にした。
「2年前に些細な会話の中で言った言葉まで覚えててくれるなんて、本当に理想の恋人だね」
そう言いながら俺の頬にも彼の右手が伸ばされた。
これは天然なのか、からかわれているのか。
もうどっちでもどうでも良くなって、とりあえず身を乗り出し、彼の小さな唇にそっとキスをした。
そして顔を近づけたまま、鼻と鼻が触れ合うような距離で、彼に囁いた。
「Will you marry me?」
そっと右端の口角だけをあげてやると、彼がまた顔を赤くして逃げようとするので、即座に頭に手を回して捕まえ、今度は深いキスをした。
少しだけその瞳が蕩けたような色になって、少しの間のあとに彼は幸せそうな顔で言った。
「…Yes, of course」
伏せられていてもわかる、きらきらと溢れんばかりの輝きを纏ったその瞳に、自分の心にも言いようのない幸せが溢れていく。
またどちらともなく視線を交わらせると、新たに誓いのキスを交わした。
穏やかな日差しが彼らの誓いを祝福するように、そっとふたりだけを照らしていた。