『山猫の死』は画家ヴァシリ・パヴリチェンコの山猫シリーズのうちの一つであり集大成である。
死後、シリーズの内一つのキャンバスが重なっていることが判明する。
剥がしてみると、包帯で両目を覆われた黒髪の男が蝶々を指に乗せ微笑む絵が現れた。
それまでのヴァシリの作風とは異なるものだが間違いなく本人のものである。
「この男は誰だ」
という声は意外にもあまりあがらなかった。
「この男が“彼”か」
研究者たちが長年追っていた影がついに実像を結んだ。
ヴァシリは生涯独身だったが、彼の生涯のほとんどは謎に包まれていた。
生前ヴァシリが度々日本の北海道に足を運んでいたこと、自宅兼作業場には一切人を寄せ付けなかったこと、家のいたるところに取り付けられた低い位置にある手すり、一人で食べきれない量のアンコウを度々買っていったという魚屋の証言…など、謎多き画家の残した謎全てが一人の男に辿り着き、解けていく。
顎の負傷のせいで言葉が発せない画家はキャンバスの上で饒舌だった。
世俗から離れた生活をしていたが、彼の作品に孤独を感じさせるものは一つとしてない。
踊るような嬉しさや染みわたるような幸福をそのまま筆にのせて描いたような、色彩豊かで純粋な彼の作品は今もなお多くの人々の心を温かく解している。
ヴァシリ・パヴリチェンコの人物画はほぼ存在していない。
もっぱら鹿や鳥など身近な動物や植物を好んで描いていた。
山猫シリーズはその中でも彼のライフワークといえるものだった。
山猫の下から現れた両目の見えない男は、モデルにされていることにも自分が微笑んでいることにも気づいていないような自然さでカーテンの揺れる窓辺に座っている。
現在確認されている“彼”の絵はこの一枚きりだが、二人の間に流れた月日と深い信頼関係を理解するには十分だった。
ヴァシリが本格的に絵を描き始めた頃から山猫の絵は存在しているが、未発表のものの方が遥かに多い。
紙切れにさっと描いたスケッチや目だけが描かれたものなど、研究者でも全てを把握するのは困難なほどである。
そんな山猫シリーズはある日突然完結する。
1940年に発表された『山猫の死』である。
両目の見えない男のために、言葉を話せない画家は絵を描いた。
両目の見えない男は気高く美しい山猫の姿で空を見上げ、草木を嗅ぎ、大地を駆け回り、獲物を捕らえ、眠り、伸びをし、生きた。
両目の見えない男は絵の代わりに、画家に何を伝えただろうか。
画家が遺したものは二人の物語のほんの一瞬でしかない。
ただ一枚、まるで見つけてくれと言わんばかりに重ねたキャンバスの下に彼の本音が透けて見えはしないだろうか?
この男が生きたことを忘れないでほしいと。
この美しい男と共に生きたのだと。
生涯をかけて愛したのだと。
ヴァシリ・パヴリチェンコは亡くなるまで『山猫の死』を手放さなかった。