お題:「禁断」「ミッション」8/28 この街が眠りにつく頃、彼の住む街の空は白みはじめ、蜻蛉の羽根のように透きとおった月が夜を惜しみながらとけてゆく。太陽はまだ、まどろみながら夢をみている。君も、夢のなかだろうか。何の夢をみているのだろう。君の夢のなかに、僕はいるのだろうか。僕は、きっと毎日君の夢をみているのだけれど、目が覚めたときにはぼんやりとしか覚えていない。ただ、目が覚めたときに僕のとなりに君がいないことに気づくとどうしようもなくさみしくて、さっきまでこの腕のなかに在たのに、この腕も、唇も、身体も君のことを憶えているのに、君はいない。僕は君がいないこの街で朝をむかえる。君は、僕を君の夢のなかへ招いてくれるだろうか。僕は何十キロもの肉をお土産に抱えて君に会いにいくよ。きっと夢のなかの僕は力持ちだから、いっぱいの肉を抱えた君を抱いて、ハスマリーの街中を駆けまわる。夜が明けるまで君と一緒にどこまでもどこまでも駆けてゆくんだ、まあ、これは昨日みた僕の夢の話なのだけれども。
「何だ、こんな夜遅くに」
「……でた、」
タブレットから聴こえるはずのない声がして、映るはずのない姿が映っている。大きな欠伸。赤銅色の髪がすこし乱れている。その髪をかきあげて、もうひとつ欠伸をした。
「夢?」
「寝ぼけてんのか」
「そっちはもう朝だろう」
「そっちは夜だろうが」
寝ているところを起こしてしまったのだろうか、ルークは早朝に電話をしてしまったことを謝ると、アーロンは、ちょうど起きたところだ、そう言ってまた大きな欠伸をして眠たそうな額にしわをよせた。
「……ごめん、でも、禁断症状がひどくて」
「何」
「僕はアーロン中毒だから、ほんとうはいっときでも君がそばにいないと苦しくてしょうがないんだ、だからせめて声を聴こうと」
こんなことを言うと君にまた呆れられてしまうだろうか、そう思いながらルークが唇を噛んでうつむくと、画面いっぱいにアーロンの笑顔が咲いた。
半ば呆れているような、すこし照れているような、……嬉しそうな、アーロンの微笑った顔。そんなふうに思ってしまうのは、僕がどうしようもなくうかれているせいだろうか。君の声を聴くだけで、君の顔をみるだけで、暗く、冷たい夜が熱く燃える。僕の心臓も、身体も、燃えて、熱くて、どうしようもなく喉がひりついて、砂のようにザラついた手のひらに汗がにじむ。
「……ほんとうにこれじゃ禁断症状だ」
さわりたい。もうずいぶんと前に触れた肌を思いだしながらタブレットの画面に触れる。冷たい指先にふれた頬は、かたくて、冷たい。
「……やらしい手つきだな」
「揶揄わないでよ」
がまんできなくなるから。と言っても、どうすることもできないのだけれど。タブレットの画面をブチ破って、君にふれることができたらなあ。
「ずいぶん物騒だな、おまわりさん」
「あ、声にでてた?」
アーロンが微笑う。君の笑顔、かわいいな、なんて声にだしてしまったら速攻で通信をきられてしまいそうだ。ルークは咳払いをしてごまかした。
「ハスマリーの夜明けは美しいのだろうなあ」
「エリントンの夜とおなじくらい綺麗だよ」
エリントンのレストランでふたりが遅めの夕食をとっていたある日。高層ビルの森、人々の行き交う交差点、太陽が沈むと街はカラフルなネオンであふれ、店は賑わい、人は笑う。人も街も眠らない不夜城の大都会の夜をアーロンは、綺麗だ、そう言った。夜はすべての扉がかたく閉ざされ、どこか遠くで爆撃の音を聴きながらどうかこの夜を無事に過ごすことができますようにとベッドの中で祈る人々、街は猫の足音さえ聴こえないほど静かで、星空を見上げる人もいない。ハスマリーの夜は、寂しくて、哀しい。そう、独り言のように呟いて、遠い異国の地でハスマリーの夜に思いをはせるアーロンの瞳はもうすぐ雨の降りそうな空のように昏く、ただ静かにエリントンの夜の雑踏を眺めていた。
「君の夜明けも、夜も、いつも、いつまでも美しくありますように」
そして、願わくば君の夜明けにも夜にも、夢のなかにも僕が在ますように。
アーロンは黙って目を閉じた。眠いのだろうか、祈っているのか、それとも泣いているの、顔を近づけて、画面越しに口吻けをする。ルークの唇にこたえるように、うすく目をひらいたアーロンがわずかに口をあけて舌をのばす。ルークはぶあついアーロンの舌を舐めて、そして強く吸った。つめたくかたい画面が何故か熱くて、よく知っているなめらかな感触が舌につたわってくる。ルークの唇が、舌が、アーロンの頬に、鼻に、まぶたに、何度も口吻けて、舐めて、タブレットの画面はもう、唾液でぐちゃぐちゃに濡れていた。
「……、はは、つい、もりあがっちゃったな」
ルークは頬を上気させてまだ息も荒く、恥ずかしそうに笑った。アーロンは舌打ちをして頬を手で拭う。まるでほんとうにルークの舌で舐られたように頬は熱く、指先でふれると、わきあがる欲情で身体中が震えた。
「……なあ、アーロン、今まで僕たちはふたりでいろいろなミッションを遂行してきたわけだけれど、今日、新しいミッションをコンプリートしてみないか」
「……どんなミッションだよ」
「テレフォンセックスだ!」
朝っぱらからそんなことできるか、そう部屋中にひびきわたる大きな声でアーロンは怒鳴ると、無情にも通信は遮断された。ルークは暗くなった画面にむかって半泣きで何度もアーロンの名前を呼んだけれど、つめたくかたいタブレットはルークの唾液のあとをのこしたまま沈黙していた。
「……ぜったいにアーロンも欲情してると思ったんだけどなあ」
だって、怒って怒鳴る前のアーロン、ベッドのなかで僕にしがみついてあまく強請るときとおなじ顔をしていた。
「こんなになっちゃったのは、僕だけ?」
ルークはパンツのなかで盛りに盛りあがってフェスティバル真っ最中の自分のモノを凝、と見て、ため息をついた。
「……ん? 朝っぱらからそんなことはできないけど、朝じゃなければ、できる……て、ことか?!」
もしかして、やっぱりアーロンも……
ルークはあらためて股間に視線をやると、アーロンのことを考えるだけで哀しいくらいに勃起してしまう自分に恥ずかしくなりながら、とりあえず、コレを何とかするのがいま最も自分にとって重大なミッションだ。そう、言い聞かせて頷くと、タブレットの暗い画面を眺めてそこに先程まで在たアーロンの姿を思い描いた。
「……アーロン、好きだ、好きだよ、大好きだ、……今度は夜に、電話しよう……」
ハスマリーの熱い太陽が目覚める頃、エリントンの夜はしんしんとふけてゆく。朝も夜も、君が欲しい。世界中のどこにいても、君とつながっていたい、心も身体も。
ルークは、アーロンも今、僕とおなじコトをしているといいな、そう思いながら、朝からそんなことしねえ、そう怒って怒鳴るアーロンを想像して、果てた。