4/12「Hero`s echo」展示②『Give me a smile my hero』「またハズレか、……なかなか見つからねえもんだな」
車のクラクション、海の遥か向こうの異国の言葉たち、石畳を歩く靴の音、店の前を通りすぎていった爆発音みたいな笑い声に店のドアにはめ込まれた色とりどりの色硝子が振動してカタカタと音を立てた。
「おまえさんが何を探しているのか知らんが、どれも一級品だよ、まったくたいした腕だ」
「ハッ、ドロボウの腕なんざ褒められても嬉しくねえんだよ」
白昼の街の喧騒からうすい壁いちまいで隔てられた店の中はきれいに掃除が行き届いているのにどこか埃っぽく、店に並ぶ品はどれも古い映写機で映したように見える。何処かで嗅いだことのあるようなまったく知らないような不思議な匂いがして、壁に掛けられた時計の針が刻む音はどこかうさんくさい。アーロンは横目で時計を睨みながら店主が入れた茶を呑んだ。旨いが、何の茶なのかはわからない。
「……ん、いや、これは……おい、この石、どこで見つけてきた?」
「さあね、どっかの悪党の懐ってことは確かだが、どの悪党だなんていちいち憶えてねえわ、あいつらはみんなぶよぶよと腐った肉の塊にしか見えねえからな」
「これは確かに一級品だが、……とんでもないモノを持込んでくれたな」
緑色の宝石に白色のライトをあて、熱心にルーペで覗き込んでいた男はアーロンを睨んでため息をつくと、またルーペを覗き込んだ。
「どうしてかおまえさんが持ち込むのは赤い宝石ばかりだが、めずらしく翠玉なんかが紛れ込んでると思ったら、これは、……いや、まだそうと確定したわけじゃないが、おそらく……この石はいままでそれほど大きな石がでたこともなくあまり注目されていなかった鉱山の奥深く、二百メートルの地中から掘り起こされた、人が知り得る限り最も美しいと称されたエメラルドだ。大きさはそれほどでもないが、この、千年生きた松よりも濃い緑色をしているのに石の底が見えるくらいの透明度……覗き込んでいると中からナニかがこちらを凝、と見つめ返してくるようで、ぞっとしねえが、その美しさ故にこの宝石を所有したいという者たちの争いが絶えずエメラルドがルビーになっちまうんじゃねえかってくらいの血が流されたってまことしやかに語られ続けているいわくつきの呪われた宝石だ。これを持っていた奴は相当な悪党だったんじゃないか? まあ、″怪盗ビースト″に目を付けられちまったんだから、確かにこの宝石は呪われているがなぁ」
「……その名で呼ぶんじゃねえ、よりによって何でまたその″名″なんだッ……」
「そういや昔、ハスマリーでもそう呼ばれていたなあ、よっぽど、おまえさんが″ビースト″なんだろうよ」
「どいつもこいつも単純なんだよ! 発想が!」
店主は、牙を剥き吠えるアーロンなど素知らぬ顔で天鵞絨の上に行儀よくすわっている宝石をそっと手にとると、アーロンに向かって見せた。
「四億年間ずっと土の中で眠っていたとんだネボスケのお姫さまよ、この男がおまえさんを悪党の手から救けだした怪盗ビーストだよ」
「盗んだんだよ。何が呪いだ、欲まるだしの奴らが勝手に殺りあっただけだろうが、そいつにとっちゃいい迷惑だろうよ」
「しかしまあ、なんとも美しいじゃないか、……そういえばおまえさんの瞳の色と同じ色だな」
午后の陽光が古ぼけた写真のような店内にやわらかな陽だまりをつくり、そのなかで、永久に変わらぬ若さとみずみずしい生命をたたえたエメラルドが輝いていた。
「……もっと綺麗な、エメラルドを俺は知ってる」
「ほお、どこにあるんだ、是非、拝みたいもんだねえ」
「さあなあ、何処に、いるんだか……」
俺と同じ、いや、俺よりももっと美しい、五月に芽吹く新緑のように美しい目をした少年
宝石よりもずっとずっと輝いていた、少年との日々、遠く、遥かな、何よりも大切な、愛おしい日々……
「じゃあまたイイ石を盗ってきたら持ってきな、高く買い取ってやるよ」
「うるせえ、いつも足元見やがって」
「これでも同郷の昔馴染みとしてずいぶんとオマケしてやってるんだぞ」
アーロンは悪態をつきながらカップにのこった茶を一気に呑み干すと長い脚でカウンターを跨いだ。
「はやく見つかるといいな、おまえさんの探しているモノが」
「……そうだな、」
探しているのは、血の色をした赤い石
そして、エメラルドの瞳をした、俺の……
「……俺も往生際が悪いな、」
店の外へ出て、見上げた空はどこまでも青く、高層ビルは無言のまま、車は相変わらずクラクションを鳴らしている。行き交う人々で賑わう、いつもと変わららない街の景色。
「次はどの石っころにするか……、レッドジャスパー、ストロベリークオーツ、……パパラチアサファイア? 何だこの変な名前の石は」
アーロンは獲物のリストを記したメモ紙をポケットに突っ込むと、気怠そうに大きなあくびをして、喧騒の街のなかを歩いて行った。
終