「屋上」「おねだり」10/15「考えてみたことはあるかい? ハスマリーの紛争は僕たちが子供の頃に終わっていて、研究所も爆破されることなく、君と僕はあのまま成長して……そう、一緒に学校なんかに通ったりなんかもして……」
「何だそのくだらねえ話は」
「もしも、だよ。君と一緒に学校へ行ってみたかったな」
そんな、心臓がつぶれてしまいそうな話を、平気でする。絶対に手に入ることのない“もしも”なんかを願って、どうなる?
「失ったモノはもう二度と戻らねえんだよ」
声にだして言うつもりはなかった。クソドギーのいつものあまっちょろい戯言だと、鼻で笑って適当にあしらうつもりだった。
アーロンは舌打ちをした。ルークに背を向けたまま寝転がってルークの話を聴いていたアーロンは、ルークがどんな顔でそんな話をしたのか知らない。そして、黙ったままのルークが今どんな顔をしているのか、知らない。
晩秋の空は遠く、御空色に薄くたなびく白い雲がゆっくりと流れてゆく。屋上から見上ぐるいつもの空はこんなによく晴れているのに、アーロンの瞳に映る空は今にも雨が降りそうだった。
「……くだらねえこと言った、気にすんな」
何でもないふうにそう言って、アーロンは身体を起した。睫毛の上に鉛がのっているみたいに重たい瞼をゆっくりひらいて、顔を上げる。
ルークは微笑っていた。この頭上の遥か彼方どこまでもひろがる青く透きとおった空のようなルークの顔。それなのに、その顔には天色を抉るような鈍色の雲がひろがり、幾千、幾万、幾億もの雨粒が降ってはルークの身体に、地面に刺さり、乾いた地面を潤すこともなく、只々、降りつづけていた。
アーロンはひび割れたコンクリートの床を蹴って、ルークに抱きついた。
「ア、アーロン?! 急にどうした?」
背中にまわした腕で背骨を掴むように身体を抱いて、抱込んだ頭を強く、強く抱きしめた。アーロンは肺を圧迫されたみたいに短くなった呼吸を整えて、予期せぬアーロンの抱擁に吃驚して戸惑っているルークを、もっと強く抱きしめた。
気付いてねえのかよ。自分がどんな顔をしてたのか。俺の言葉の所為か、いや違う、最初からてめえは、絶対に手に入れることのできない世界の話をしながら、そんな顔をしていたんだ。
俺もあの頃、夜が来る度に星を見上げながら夢をみた。戦争が終わって、いま隣にはヒーローがいて一緒に星をみている。それはとても楽しくて、そして残酷な夢だった。その時の俺は今のルークとおなじ顔をしていただろう。
平気なわけがない。それなのに、
「……すまねえ」
「何が?! 突然どうしたんだよアーロン、……まあ、君に抱きつかれるのは、嬉しいけれど……」
ルークはアーロンの首筋に唇をよせて腰に手をまわした。抱きついたまま、凝、としているアーロンが何だか子供のようで、研究所の大人に叱られた夜、ベッドの中でしくしくと泣きながら自分に抱きついて眠る小さな“ルーク”のことを思いだした。あのときもこうやって“ルーク”を抱きしめて、やわらかな髪にキスをした。腕のなかで眠る君のことがとても愛おしくて愛おしくてたまらなかった。あの頃も、そして、今も。
「ほんとうに、どうしたんだアーロン。こんなに可愛くなっちゃって……まあ君はいつも可愛いのだけれど……」
ルークはアーロンの頭を撫でながら、不意に、頭上を横切った影を追って空を見上げた。大きな鳥が二羽、連なり、重なって、空の彼方へと、翔んでゆく。
「詫びだ、何でもてめえの言うことをひとつ聴いてやる」
突然、アーロンが顔を上げて真剣な目でルークを見る。
「ほんとうに突然だな?! まったくワケが解らないけれど……、何でも、て言った? つまり、僕のおねだりを何でも聴いてくれる、ってことか?」
「お、……おう、」
ルークが、満月の夜に吠える狼のような眼で、アーロン視る。その眼で視られた瞬間、アーロンは喉の奥が燃えるように熱くなって、唾を呑込んだ。ルークの唇からのぞく舌の先がやけに赤くて、アーロンはその舌がどれほど熱くて、たまらなくあまいのかを想いだしながら、ルークの手が触れた処が熱で潤んでくるのを感じていた。
「ミカグラ島最高激甘スイーツ店アマアマ★ルールーの全メニュー食い倒れツアーに僕と一緒に参加してください!!!!!」
「断る!!!!!!!」
終!