893パロ 3※年齢操作あり
かわいいあの子にスプモーニ。
——ランタンランタンジャックオーランタン♪
よってらっしゃいみてらっしゃい
ハロウィンナイトにひと匙のスパイス
ジャックオーランタンのショータイム♪——
「——え、あのカボチャ飴ちゃんだったん?」
ハロウィンに彩られた街の片隅で、この店では今夜も優雅な時間が流れている。レジの横にパンプキン、カップケーキお化けとグレープフルーツジュースに苦味を効かせたオレンジのカクテルを添えて申し訳程度のハロウィン気分。少し先の大通りを行けば仮装した若者たちとすれ違うが、ここではあくまでお酒を楽しむ者たちが集っていた。
そーいえば、毎年この辺りではひと区画の道を貸し切って、近くの店たちがちょっとした催物をしている。ステージ演奏があったりビンゴ大会があったり、いつだったかはバーテンダーが“フレアバーティング”を披露していて……とここまで虎杖が辿ったところで、隣の野薔薇が“飴ちゃん”を指差したのだ。
「主催に頼まれてね。ビアガーデンの方も手伝ってたよ」
「えー!」
頷くバーテンダーに、全然気付かなかったと虎杖はカクテルを啜る。
あの年のハロウィンは野薔薇に誘われて、伏黒も入れた三人であの区画に遊びに行っていたのだ。件のフレアバーティングは、テント群の中に用意された簡易的なバーカウンターで披露されていた。前を通った気がするけど、人だかりができていて遠かった上に、パフォーマーもといバーテンダーはカボチャのお面を被っていた。あれじゃあ気がつかないのも無理はない。
でも言われてみれば、あの体格は女性のものだったし、軽快な歌声もバーテンダーのものと似てると言われれば、そうだったよーな気もしてきた。お面のせいでくぐもってたけど。
「——虎杖くんはとっくに知ってると思ってた。私がそーゆーイベントごとに参加してたって」
朧げな記憶を手繰り寄せつつ黒猫のピックを回すと、なんとも意味深なお言葉を向けられる。身に覚えがなくて首を傾げれば「だって……」と、これまた意味深な微笑みをさらに一つ。
「そーゆー情報には強そうだからねえ。人たらしだし、マダムの井戸端会議とか混ざってそう」
「分かる。マダムキラーってやつよね、たらし込んでそう」
「オレってそんなイメージなん?」
同意する野薔薇に不満が声に出た。どちらかといえばマイナス寄りなイメージたち頬が膨らんだ。
確かに井戸端会議とかに混ざるのは得意で、そこから有益な情報を得たりはしてるのだけど。できれば今すぐそのイメージは変えて欲しかったが、訴えは微笑みに却下されてしまった。
「でもなんか残念。ちゃんと見とけば良かったなー」
お行儀悪く肘をついて、虎杖はお化けの目玉を突く。
カボチャのバーテンダーがいたことは覚えているのに、肝心のパフォーマンスの記憶がないのはすごく残念だ。ビアガーデンも素通りだったし、すれ違った店員の顔もろくに覚えていない。まあお目当ては限定スイーツとかだったので、当然といえばそうだけど。
「なんか、すごく盛り上がってたのは覚えてるんだけどな」
「珍しくはあるからねぇ」
そういって、カクテルを仕上げる指がくるりと長いスプーン——スターラーというらしい——を弄ぶ。あくまでこの店はお酒を提供する場でパフォーマンスを売りにしている訳じゃないらしいが、たまにこうして一片を見せてもらえるのは楽しい。
曰く“常連さんにはトクベツ”らしいのだが、そんな顔馴染みに対するさりげないサービスが、客層が広い理由だと虎杖は思っている。誰だって特別扱いは嬉しいものだ。
「また参加しないの?」
「無理ね。お店もあるし、ああいう催しは手を替え品を替えしないとマンネリになっちゃうでしょ?」
虎杖の疑問を微笑みで一蹴し、バーテンダーの背中がボックス席へと消える。気のせいでなければ、なんだか今日はちょっと意地悪な気がした。カクテルに色めくお客さんへの横顔はにこやかだけど、虎杖には言の葉に隠して棘を差し込まれてる気がしてならない。
そんな小さな疑惑を抱えていると、野薔薇に脇腹を小突かれた。
「伏黒、予定通り来れるって」
「マジ? 良かったー」
「あれ、二人はデートじゃなかったんだ」
首を傾げたバーテンダーに野薔薇がすかさず「ただの荷物持ち」と返事をする。虎杖としてはノリで返したい場面だったのに、隙がなかった。実際、伏黒の二人で荷物持ちの予定なわけだけど。
「これから忙しくなってくるから、ご褒美のクリプレ買って良いって言われたのよ」
毎年この時期になると、五条会——というよりは五条悟から従業員に宛てて「クリスマスプレゼント」が贈られている。といっても、自分で好きなものを買って領収書を渡すというなんとも味気のないものだが……度を越したものでなければ大抵オーケーが出るので従業員の間ではちょっとしたビッグイベントになっているのだ。
「ご褒美かぁ、それはいいね」
「ここからは行事ごとの連続だしマジで忙しくなるから、ちゃんと吟味しなきゃモチベなくなって大変なのよね」
クリスマスに忘年会、年が明ければ新年会と冬はイベントごとが盛りだくさんで、勤めている一般企業でも後者の二つは立場は違えど関係してくる。最初は怖くて辞退した“ご褒美”だったが、五条にも他の従業員にも止められて今に至る。実際この怒涛の期間を乗り越えてみると、褒美の一つや二つないとやってられないことがよく分かった。
世間体もあって、野薔薇は“誰から”とは言わなかったが、バーテンダーがプレゼントのことを先輩たちから聞いてるのは分かってる。それくらいこの店は贔屓度が高い。野薔薇が通い始めたのは助けてもらったことがきっかけだったけど、困った時に味方になってくれるバーテンダー“飴ちゃん”の噂は先輩たちから聞いていた。一見さん相手のアフターや緊急時の“駆込み寺”に使え、と。
もちろん、そういった彼女の厚意に甘えるばかりじゃなくアフターやプライベートで利用して売上に貢献しているわけだけど。
「ご褒美の候補は? それもこれから決める感じ?」
「今年はコフレ狙い! 良いやつでケアした後って、なんか超イイオンナになった気がして気分が上がるのよね。先輩は良い下着とか買って気合い入れるみたいだけど」
「……確かに、そーゆーのは必要だよね」
気合いのこもった野薔薇の返答に、バーテンダーは曖昧に頷く。多分その先輩は仕事とは別の方面に気合いをいてれるような気がするけど、あえて野暮なことは口には出さないでおいた。
まあ、赤褌という文化もあるし、女子にもそーゆーのがあったって言い訳で。それに良い下着は胸に確かなボリュームと自信を授けてくれるわけだし……なんちゃって。
「飴ちゃんも年末に向けて買っちゃう?」
「そーしようかな。繁忙期といえばそうだし、少し気合い入れたほうが良いのかも。それに最近こっわ〜いお客さんも増えてきてて……ねぇ虎杖くん?」
「あーもー!ほら、行こう釘崎!」
急に怪しくなり出した雲行きに、虎杖はいそいそと身支度を整える。女性二人に責められたら勝ち目はないし、できれば下着がどうこうといった話は男のいない場所でして欲しい話題だ。カンパリのほろ苦さを唇に感じながらそそくさと会計を済ませたが、それをバーテンダーに呼び止められた。
まだ何か……なんてドキドキしながら振り返る虎杖だが、彼女が差し出したのは追撃などではなく小ぶりなギフトバックだった。
「これ、良かったら伏黒くんに。ケーキはなるべく早く食べてね」
「ん、渡しとく」
ハロウィンモチーフなそれを受け取って頷く。虎杖が初めてこの店に来た時から、伏黒とも一緒にこの店に訪れたいと思っていた。
だけど、彼の“仕事柄”なかなか予定が噛み合わず、それは叶っていない。伏黒もコーヒーをよく飲むし、絶対気にいるはずなのに。
でもひょっとしたら、そんな日は来ないのかもしれないとも思っている。大家を見つけ次第交渉して、いずれこの店は、五条会が抑えることが決まっているからだ。
今は時間をかけて“穏便に”ことを済ませる方向で進めているが、期限もあるし相手の組織の出方によっては力尽くで動かなければいけないこともあるのだ。虎杖は店もバーテンダーも気に入っているからそんなことはしたくないが、五条会には返しきれないほどの恩があるのでどちら側に着くかは考えるまでもない。
苦々しい気持ちを飲み込んでいると、それを見計らったかのようにバーテンダーの声が虎杖を送り出すので苦味は増すばかりだ。ドアベルの音共に戻ってきたハロウィンの喧騒を感じながら耽っていたが、野薔薇の声がそれを引き戻す。
「ねえ。何もらったのよ」
「コーヒーと、こっちはさっきのカップケー……あっこら!」
答えを聞くなり袋に手を突っ込んだ野薔薇に、虎杖は慌てて飛び退くが間に合わなかった。掲げられた戦利品を前にしょんぼりと袋に目を落としたが、何故かお化けが並んで虎杖に微笑んでいる。底を見つめたまま固まる虎杖を野薔薇は「ばーか」と一蹴すると、お化けをくるりと弄んだ。
「オレらの分あったんだ」
「当たり前じゃないの」
まじまじと底を覗き込む虎杖に、だからモテないのよと野薔薇は鼻を鳴らす。あのバーテンダーが、“三人いるうちの一人”にだけお土産を託すわけがないのに。
「ゆうちゃん!」
すると、虎杖を呼び止める声がする。鈴の音のような愛らしい声に驚いて振り返れば、ランドセルを背負った少女が手を振っている。
——“悠ちゃん”?
固まる野薔薇をよそに、虎杖はその声に和かに応じて彼女を迎えている。リボンで髪をまとめたその子はまだ少しランドセルの方が大きいし、小学校低学年くらい……なんで虎杖と知り合いなのかは分からないけど。
「今帰りなん? この道通るの珍しいね」
「あめちゃんに会いに来たの。おねーちゃんたちと今ど“おばあちゃんのたん生会”するんだよ」
「へー! いいね」
野薔薇を置いてきぼりにして、虎杖と少女はきゃいきゃい盛り上がっている。さっきアレは殆どノリだったけど、冗談抜きで交友の幅が広く色んな意味で恐ろしいやつだ。きっとその“おばあちゃん”とも顔馴染みに違いない。
おかしいな、こっちが先に常連になったはずなのに全然そんな感じがしなかった。つまり、面白くない。
今すぐ殴り飛ばしてやりたい気持ちを抑え込んで、和やかな二人を見守る。そんで、伏黒には「虎杖が幼女をたぶらかしてて遅れる」と連絡した。何故なら野薔薇は“気遣いのできるレディ”だからだ——などと、静かに見守っていた野薔薇だが、少女が店の中に入った瞬間に後頭部を叩いてやった。
「いって!」
「なぁ。未成年淫行って言葉は知ってるよな、タラシの悠ちゃん」
「は?」
不意打ちに驚く虎杖に、すかさず詰め寄る。全っ然イケメンじゃないくせに、妙にヒトに好かれてる面を捻ってやった。すぐに引き剥がされてしまったが、少しだけ気持ちが晴れた気がする。
「待たせたら伏黒のやつ怒るわよ、タラシの悠ちゃん」
「……まさか今日ずっとそーやって呼ぶ気なん?」
「文句あんのか、タラシの悠ちゃん」
「アリマセーン」
肩をすくめながら、虎杖の指が野薔薇の髪に落ちた枯葉を掬い取る。さりげない振る舞いに野薔薇が「タラシの悠ちゃんめ」などと再び唸るのが聞こえてきたが、勿論虎杖にはそういった意図も自覚もない。
——人たらしだし。
ウインドウに飾られたカボチャにつられて、言い出しっぺの声が蘇る。苦笑いする虎杖の横を飾りつけられたイベントスペースが通り過ぎていく。立ち並ぶテントたちのなかに、あのカボチャのバーテンダーがいたのだ。
それにしても、イベント主催に頼まれたとはいえ、パーティングをしたりスタッフとして参加したりとなかなかのフットワークだ。いうことは、外国でもそーゆー繋がりで大家と出会った可能性もありそうだ。
新たに得た情報を整理して、次の動きを考える。そもそも日本のビルを所有してるならお金持ちは確定なわけで、イベントとかパーティとかを主催して彼女を招待してるかもしれない。あっちのお金持ちって色々桁が違うらしいし。
「……」
急に顔つきが変わった虎杖を、野薔薇は複雑な思いで見ていた。この顔は、“仕事”をしているときのものだ。
最近の彼の仕事はもっぱら“あの店があるビル”を買い取るための情報収集。正体不明の外国人大家のことを探るため熱心に通い詰め、バーテンダーとも世間話をできるくらいの関係を構築している。
地上げの噂を聞いて真っ先に虎杖にあの店を紹介したのは、彼ならことを穏便に運んでくれると信じてたからだ。五条悟にははぐらかされてしまったが、伏黒だってこの件に何かしらで絡んでいることには気づいている。野薔薇の友達二人が動いてるなら、店も移転ですむだろうし、すんなり応じてくれる思っていたのだ。
だけどまさか、ここまで長引くなんて。虎杖の人柄をバーテンダーも気にいると思っていたので、意外だった。こうなると少しだけ、郷を煮やして強引な手に出てしまったらと心配になる。五条会には恩を感じてるし、虎杖のことも伏黒のことも野薔薇は信じている。
でも、それと同時にあの店も野薔薇にとって特別だから乙女心はフクザツだ。
「ごめん。そんな顔せんでよ」
「……それが仕事でしょ、謝んな」
そんな思いが顔に出てしまったのか、野薔薇を見た虎杖が慌てたようにスマホをしまった。気にしてるのかペラペラと言い訳じみた御託を並べられるとこっちも気まずくなるわけで……つまりちょっとウザい。どうしたものかと考えていると、手にしたままだったスマホが震えた。
「ほら伏黒着いたって言ってるわよ」
メッセージを表示したまま顔に押し付けてやると、しけたツラがみるみる焦り出すから面白い。よく働く表情筋だと思う。
「さっさと行きましょ」
明るい声を意識すると、少しだけ胸の奥が軽くなるから不思議だ。今はとりあえず、プレゼント購入に集中しなくては。
アフターっぽく腕を絡めてやると、虎杖も苦笑いしてそれに応じる。
「言っとくけど、夕飯はアンタの奢りね」
「えぇー! マックとかで譲ってくれん?」
「無理よ」
「ですよねー!」
——無理ね。
棘の正体に気づいた。わざわざこの場にいない“常連の友人”にお土産を用意する彼女が、検討もなく“無理だ”と一蹴したことが胸に引っかかっていたのだ。
「——ちょっと意地悪だったかなあ」
グラスを磨きながら、バーテンダーは先ほどまでの態度を少し反省していた。つい、八つ当たりのようなことをしてしまったと独り言ちる。
——また参加しないの?
もちろん、オファーは受けていたしスタッフとして参加するはずだったのだ——数ヶ月前までは。
そちらと揉めていることがそういった付き合いにどういう影響を招くかなんて、考えなくても分かるような気がするが……虎杖は変なところで純粋だ。まあ、そういう汚れ仕事は“上司”が請け負ってるってこともありそうだけども。息を吐いたら、思っていたよりも“溜め込んでいた”ようで、随分と力が抜け出ていった。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
カウンター越しの大きな瞳が瞬いて、苦笑い。ちょっと大音量すぎたと反省する。
「けんかしちゃったの?」
「うーん……そうかも」
行いを反省して肩をすくめて見せた。先ほどまではクレヨンに集中していたが、少し飽きてしまったらしい。陰鬱な気分を誤魔化すようにクッキーを出してみれば、愛らしい唇がにっこりと微笑んだ。
「けんかしちゃったら、ごめんなさいっていえばいいんだよ」
「そーだよね」
許してくれるかなぁ……とうわ言のように零せば、「ゆるしてくれるよ」と背中を押される。
「“赤褌”が必要なのは、私も同じかぁ……」
自分へのクリスマスプレゼントは下着にしよう。よれよれになってきたいくつかを思い浮かべて、苦笑いがこぼれた。
終
スプモーニ 愛嬌