楽の日記 1日目 今日はめでたい日のはずだった。
文使として5歳で弟子入りして10年。とうとう独り立ちする日が来た。先輩方はどうせまたすぐ会えると笑いながら送り出してはくれたけど、住処を替えるという意味では僕は生まれて初めて東土を離れる。世話役の睿様は別れの印に筆を下さったし、同期たちも道中困らないようにと干した肉やら果物やらを山のように馬に積んでくれた。お前は人より小さいのだから落馬するなよという、いつもなら腹の立つ揶揄でさえ今日は耳に心地よかった。先輩方にとっては15歳になって任地へ配属されていく僕のような後輩を送り出すことは日常茶飯事だろうし、僕だってこれまでたくさんの仲間を気軽に送り出してきた。本当に気軽に。しかし送り出される側になるのは初めてだ。見習いとはいえ一人前として任地へ赴くことへの期待は、慣れ親しんだ東土を離れ睿様や仲間たちと別れることへの心細さに勝りはしない。勝るわけがない。共に生活し共に学び喜怒哀楽でさえ共にした10年。僕たちには家族以上の絆が縁があった。家族というものは知らないけれど。
僕は油断すると溢れ出しそうな涙に耐えながら「お世話になりました」というありがちな言葉を絞り出す。最後に先輩方は1人づつ励ましの言葉と共に僕を抱擁し、これで本当の別れとなった。
寂しかったらいつでも文を出しなさい。
西火で可愛がってもらいなさい。
励みなさい。
またすぐ会えるから。
みんなに背を向けた瞬間、涙が流れて止まらなくなった。僕は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった汚い顔のまま東土の地を後にした。ちっともめでたくなんかない。僕は東土にいたかったんだから。