デクの香水にまつわる話2「あっ! デクくんやん」
朗らかな声に呼び止められて、僕は振り返った。
「麗日さん!」
雄英高校の元同級生でヒーロー仲間の彼女は、今日は見慣れたヒーローコスチュームではなく私服姿だ。
「オフの日に会うの、珍しいね。麗日さんは買い物?」
「そうなんよー。デクくんは……オセオン行っとったん?」
「えっ! なんで!?」
麗日さんの口から突然予想もしてなかった単語が飛び出してきて、思わず大声を出してしまった。周りの人がチラリチラリとこちらを見る視線が刺さる。声を落として四ヶ月前くらいに行ったきりだと付け加えると、麗日さんが不思議そうな顔をした。
「そうなん? 今日のデクくん、オセオンから帰ってきた時と同じ……」
言いながらもう一度確かめるように鼻をひくりと動かしかけた麗日さんが突然ハッと動きを止め、見る間に頬を赤く染めた。
「や、ごめん…! ちょっとデリカシーなかった!」
わたわたと腕を振り回す麗日さんの鞄から、タイミングよく電子音が鳴る。
「梅雨ちゃんと待ち合わせしとるんやった…! ごめん、デクくんまたね」
ややオーバーアクション気味にそう言うと、麗日さんは駆け出して行ってしまった。僕は颯爽と走り去る後ろ姿をポカンと見送りながら、彼女の口からオセオンという国名が飛び出してきたことの意味を考えていた。
今日の僕はいつものTシャツ姿で、特別にオセオンを想起させる要素はないと思う。普段と違うとすれば昨日貰った僕のコラボ香水のサンプルを、せっかくだからと出かける前に一振りしたこと、くらいで。
「……そ、そそそそんなつもりじゃ!?!?」
この香りが何なのか漸く思い至って、僕は思わず声を上げた。耳まで赤くなってあわあわと頭を抱える様子は不審だったらしく、通行人がまた訝しげに見ていく。ちょっと遠くから、あれデクじゃない? なんて声とシャッター音が聞こえて、おそらくSNSに写真がアップされたがそれどころではない。
ロディが航空会社に就職する以前、洗濯にも食器を洗うのにもお風呂で身体を洗うのにも使っていた、オセオンに昔からある石鹸だ。あの頃のソウル家はこの香りで満ちていたし、僕もお邪魔したときにはお風呂を借りて、服を一緒に洗濯したりもしていた。
『オセオンから帰って来た時と同じ──』
ふわりと、花のような優しい香りがする。つい何週間か前、調香師さんが僕の反応を何度も確かめながら作った香りだ。
「デクさんが安らげる香りになったと思います」
完成した香りを手にして、調香師さんは誇らしげにそう言っていた。