だけだよ みんなに優しくてみんな好き。僕もその中のひとり、なんてことはわかってた。
だから、思いがけない言葉にびっくりしてつい油断してしまった。
水泳に向けられたものなんだってわかってるけど、旭の中に僕を特別に思うなにかがあることが嬉しかったから。
ポロっとこぼれ落ちた本音のかけらには、たぶん気づかれてない。いつも素直じゃない態度をとっていることが功を奏したみたいだった。それもどうかと思うけど、今はバレずに済んだことの方が大事だから。
旭にだけだよ、ひねくれたような言い方をしちゃうのも。すぐからかうような態度を取っちゃうのも。許してくれるってわかってるから。
旭にだけだよ、友達じゃなくてもっと特別な、絶対に素直に言えない好きって気持ちを抱いてるのも。
再会して、話をして、色んなわだかまりが解けて。会えないことがあたり前だったのが一転して、急に手の届く距離にいつでもいるようになっちゃったから、なんだか意識する機会も増えて。気づけば思いを寄せるようになっていた。
でも、この気持ちをどうにかするつもりはなかった。どうにかの方法がよくわからなかった、が正しいかもしれない。
ただ、好きだなって思ってた。思ってただけだったのに、たまにどうしようもなく苦しくなって暴れ出しそうになるなにかを必死に抑えていた。なんとかそれをやり過ごした後はちょっとだけムカムカした。なんで僕ばっかりこんな気持ちにならなきゃいけないのかって。
そういうことを何度も何度もひとりでひそかに繰り返してたときに、特別なんて言われたら気が緩んでもしかたない。
大切なことを決意する後押しにもなったし、旭にはちゃんとお礼をして自分から進路について伝えたいと思ってた。
年末の実家への帰省。最寄り駅で旭と一緒に電車を降りて、閑散とした田舎道を少しだけゆっくりとした歩調で並んで歩く。
ぽつぽつと続いた会話が途切れた隙を狙って、なるべく今まで同じようなテンションで話し始める。
「僕、プロを目指すことにしたから」
さりげない会話を装ったつもりだけど、うまくできたかわからなくて旭の方をみれず視線は道の先に向けたままだった。
「すげーじゃねーか! がんばれよ!」
ほんの少しの嫌味も含まれていない、いつもの明るい声がすぐに返ってきたことにホッと胸を撫でおろす。
「うん、がんばる」
「ま、俺も負けねーけどな!」
プロかぁ、いいよなぁプロ、なんて本気でうらやましがりながらも祝福する気持ちは全く嘘じゃないなんて、旭ってバカなのかすごいのかよくわからない。
「ありがとう」
「突然なんだよ」
確かに唐突だったなって口にしてから自分でも思ったけど仕方なく続ける。
「旭っていつも希望にあふれてるから」
「んだよ、それ。能天気なバカって言いたいのか?」
「そうかも」
「おい」
ポンポンとテンポよく進んでいく会話が心地よくてつい、いつもに流れになりかけたけど思い直して小さく咳払いをして一拍おく。
「知らないところに飛び込むのは怖いけど、僕らしくやってみようと思って」
足を止めて、左隣にいる旭の顔をまっすぐにとらえる。
「いつもキラキラしてる旭が、そのお手本なのかも」
なんか、うまく言えないなって思ったけど目の前でじわじわと頬が赤く染まっていく様をみるに感謝の気持ちは伝わったみたいだった。
「照れてる?」
「からかうなよ!」
言いながら顔を背けた旭の前髪がふわっ揺れたとき、いつも堪えてるなにかが突然ブワッとせりあがってきた。
「好きだよ」
それは言葉という形になって、ついにあふれでてしまった。
旭はちょっと顔をしかめながら、不思議そうに首をかしげている。
「こんなに好きなの、旭だけだよ」
一言でたら、もうなんかいいかなって気分になって、どうせなら一緒に苦しんでもらおうみたいなちょっと投げやりな気持ちも混じりながら、伝わるかもわからない言葉を続けた。
「じゃあ、また来年」
固まっている旭を置きざりにして、本来の別れ道とは違う一番手前の曲がり角を進む。後ろから追ってくる気配はなかった。
やっちゃったな、という後悔はなく不思議とスッキリした気分だった。
きっと旭は一生懸命あの言葉の意味を考えてくれて、なんかしらの答えをだしてくる。
どんな結論になってもきっと友達でいてくれるし、応えられなくても好きでいることを許してくれる。
そうなるってなんとなくわかってたから今まで言えなかったんだな、とこれまでも頭の片隅にあっただろうことをはっきりと自覚した。
優しさに甘えてばっかりで自分勝手で、人を振り回す。たしかにそういう人間なんだな僕って。
「ごめんね」
誰もいない道端でのひっそりとしたつぶやきなんて当然相手には届かないけど、言わずにいられなかった。