旭郁ワンドロライ:お題「ひまわり」 旭が花束を持って部屋に遊びに来た。
「今日ってなんかあったっけ?」
花瓶の代わりになりそうなグラスを探しながら聞いてみると、別になんもねぇよ、とそっぽを向きながら小さな声で返される。
流し台にそっと置かれた小ぶりな花束は赤や黄色が目を引き、夏らしさを感じる。
兄貴がお土産でくれたビールジョッキが出てきたので、半分くらい水を注ぎラッピング用紙や輪ゴムを外した花束を突っ込む。
ちょっと深すぎたな、と思ったけどそのままローテーブルの真ん中にドンと置く。
「やましいことでもあるの?」
ソファーに座って僕を待っている間もなんとなくソワソワした様子だし、今日はまだ一度も目が合ってない。
隣には座らずに敢えて膝の上にまだがり無理やり向き合う体勢になると、ソロソロと旭がこちらを見上げてくる。
「ちょっとある。でも、郁弥が想像してるようなことじゃない」
困ったようなゆるい笑顔を向けながらそう言われてムゥっと自然と口が尖る。
頬に触れようと伸ばされた手を払い落として続きを促す。
「中学のとき、大会で負けてた後にひまわり畑で反省会みたいなやつしただろ?」
全力を出しても結果につながらなかったメドレーリレー。悔しくて泣かずにはいられなかったけど、そんな姿は人にみられたくない。だから背の高いひまわりの影に隠れるようにしながらみんなで気持ちを吐き出し合った。
「あの後、俺は転校しちまって。もう一度いっしょに夏を迎えられなかったから……」
「それは、旭が悪いわけじゃないでしょ」
幼い僕が何気なく放った一言がずっと旭の中で心残りになってしまっていたことは、再会してすぐに聞いた。そのときも同じことを言ったけど、今だってもちろん気持ちは変わらない。
「でも、俺の中の郁弥とひまわりの思い出ってあれが最後だろ? だから……」
花屋の前を通りかかったとき、小さなブーケの中で咲き誇るひまわりをみてそんなことを思い出したらしい。そして衝動的にそれを買ってしまったのだという。
「つまり?」
やましい部分がよく見えてこなくて首をかしげると、急に引き寄せられギュッと抱きしめられる。
「その思い出を、上書きしたい」
「無理でしょ」
「だよな。だからやっちまったなって思って」
こういうちょっとカワイイ旭は最近では珍しい。昔の短絡的でキーキーうるさかった頃の迂闊さを久しぶりにみれて、ついニヤけてしまう。
「上書きじゃなくて、新しい思い出でいいんじゃない?」
今年の夏はまだ始まったばっかりだし、来年だってある。もう大人の事情に振り回されるだけの子供じゃないから、一緒にいたい人も場所も自分で選べる。
「そうだな!」
郁弥はやっぱスゲーな、と言いながら更にギュウギュウと抱きしめられたので、同じくらい強く抱きしめ返してあげた。