【3/25 朝日のあわいに幾夜を想う2】旭郁新刊サンプル どうしてこんなことで悩まないといけないんだろう。
せっかく好きな人と両想いになれたのに。心だけじゃなくて体も通じ合えたのに。
頭の片隅をよぎる初めての夜のことを打ち消すように、ハァァとわざとらしく大きなため息をついてみる。
自室だし、ひとりだし、別にいいんだけど。どうしてもだらしなくポーっとした表情を浮かべてしまう自分が嫌でブンブンと大きく頭を振ったところでもう遅かった。だって、すごくうれしくて幸せだったから。ここに至るまでの苦労とか、ギリギリのところで我慢し続けた日々とか、いろんなことを思い出して感極まって繋がってからはほとんどずっと泣いてた気がする。
『わかったから、もう泣くなって』
最初で最後じゃないんだから、と言いながらやさしく目元を親指で拭ってくれた旭の瞳は潤んでなかったけど、同じ気持ちでいてくれることが表情だけじゃなくて体中から伝わってきて、さらに涙があふれてきてしまった。
だから、なのに、どうして……
「したいって言えばいいだけ、なのかなぁ」
二回目の誘い方で、こんなに悩まないといけないんだろう。
(中略)
椎名旭は悩んでいた。恋人があまりにも可愛すぎて。
「面食いだったんだな、俺って……」
顔で郁弥を選んだわけじゃない。でも、ぐずぐずに蕩けた表情で涙を浮かべながらうわごとのように自分の名前を呼び続けられて、もうどうしようもなく愛おしくなって……いや、そんな生易しいものじゃなかった。ブチっと頭の中で何かが切れる音がした。怒りにも似たそれは目の前の恋人を食らいつくしたいという獰猛な欲が解き放たれた合図だった。
これまでの我慢の積み重ねがその欲をさらに加速させ、本能の赴くままに体を重ねた。終わったときにはお互い、精も根も尽きてボロボロのありさまだった。絶対に傷つけないし、どんなに理性を失っても乱暴に扱わない、と強く強く念じていたもののちゃんと出来た自信はなかった。うつ伏せ状態で枕に伏せていた顔を上げ隣に目を向けると、今にも瞼が落ちてしまいそうなトロンとした目をしながら、ヘラリと笑う郁弥と目が合った。フニャフニャとした力の抜けた表情は間抜けだったけど可愛かった。それと同時に大切にできたんだなという実感がやっと湧いてきて安心した。
いわゆる初夜は成功したといって問題ないはずだ。それは確かだ。
ただ、そのあとが問題だった。
「今まで以上に可愛くみえる」
元より好みの顔なのに、自分にだけみせる表情を知ってしまってから一層歯止めがきかなくなっている。そういうことを彷彿とさせない日常の場面ですら、可愛いなぁとぼんやりと遠くから眺めることが多くなった。間近にいるときにそんなそぶりをみせようものなら、からかわれるか、恥ずかしがって目も合わせてくれなくなりそうなので悟られないように必死に今まで通りの振る舞いを心掛けている。
(中略)
『今週の土曜、うちに来ない?』
悩みに悩んで、今日メールで連絡しようと決めたものの、なかなか決心がつかない。学校から帰ってきて夕飯を食べてお風呂に入って、とだらだらと引き延ばした結果、もう寝る時間になってしまった。ベッドでゴロゴロしながら文面はどうしようと書いては消しを三十分近く繰り返し、やっとの思いで送信ボタンを押した。
『その日は練習終わりに先輩の送別会があるんだよ』
すぐにきた返事をみてちょっと焦ったけど、まだ断られたわけじゃないから大丈夫なはずだ。
『遅くなってもいいよ。泊まりに来てよ』
いつもはこっちから話題を振っても放置しがちなのに、即返信な上にこの内容はちょっと必死すぎたかな、と思ったけどもう遅い。
『わかった。行く前に連絡する』
いつも通りの素早い返信にホッと胸をなでおろしてスマホをベッドサイドに置く。まずは無事に第一段階をクリアできた。
土曜は休養日にする予定だったけど、夜まで待つとなると割と時間を持て余す。旭が来てからのことを考えながら部屋で一日を過ごすのはなんかいやだな、と思い軽いトレーニングの日に変更することにした。適度な疲労感がある方がリラックスできるだろうし、ちょうどよかったのかもしれない。