友達と恋人になる100の方/『朝昼幾夜重ねても♡DR2023』新刊サンプル 合同練習終わりの帰り道、珍しく郁弥と二人きりになった。他愛のない話をしながらいつもより少しゆっくりと歩いて最寄り駅まで向かう。帰宅ラッシュの時間ではないものの、それなりに人通りの多い道だからわざとペースを落としていても気づきにくいはずだ。
普段通りに歩けばちょうど電車の到着時刻に間に合い、すぐに別れることになる。その前に話がしたかった。
(中略)
意味が分からないんだけど? とでも言いたげな不信感のにじむ視線をまっすぐに捉えてから口を開く。
「郁弥のことが好きだ。俺と付き合ってほしい」
ポカンと軽く口を開けた間抜け面すら、可愛いと思えてしまうから重症だ。
ずっと友達だと思ってた。いまも表面上はそうしてるけど本当は違う感情を抱いてしまっている。
恋人と友達、どっちが大事かなんて比べるものじゃないけど、恋人にしかできないことがあるなら、俺はそっちを選びたいと思った。
「ありがとう。僕も、旭のこと好きだよ」
薄暗い中ではっきりとはみええないけど、きっと耳まで赤くなっていることはうつむきながらポソポソと喋る様子から想像がつく。
郁弥が俺に対してそういう感情を持っているだろうということはなんとなく気づいていた。だからはっきりさせたくなった、というのが今回の告白の本音だ。
これからよろしくな、と言おうとしたところで郁弥がパッと顔をあげたので言葉を飲み込む。
「でも、恋人にはなれない」
一拍遅れている間にとんでもない返事をされて、ヒュンと一瞬で心臓が凍り付いた。
「なん、でだよ……」
なんとか絞り出した声は情けないくらいかすれていた。
「僕、友達が少ないんだよ」
「そうだな」
自分で言い出したくせに肯定されるのは不満らしく、少し口をとがらせてムッとした表情を浮かべながら話が続く。
「だから、困る」
「なにが?」
「だって、恋人になったら友達の旭はいなくなっちゃうでしょ?」
そんなの困る、と大真面目に言われてさっきまで感じていた心臓への負担が急激に和らいでいく。
「いなくならねぇよ。急に態度が変わったらおかしいだろ?」
「少しずつ変わるってこと?」
「そりゃあ、まぁ……なにもかもいままでどおりだったら恋人になる意味ないだろ?」
「つまりそれって、友達成分が減るってことでしょ?」
ああいえばこういう。こいつだって俺のことが好きなくせにこの強情さはどこから来るのか、とイライラしかけたものの照れ隠しで言っているわけじゃなさそうなところが厄介だ。
「減らない。恋人成分が増えるだけ」
そんなわけない、と思わず心の中でつっこみを入れてしまったが、早くうなずいて欲しくて無理やり自分を納得させた。ただ、ここまで意固地になっている郁弥を言葉だけで丸め込むのはなかなか厳しい。
「じゃあ、証明してやる」
俺の言葉への疑問は口にせず、コテンと首を軽くかしげることで先をうながされる。
「友達と恋人、どっちにもなれるってことを」
「どうやって?」
「とりあえず、俺と付き合う」
「話が既に違うけど?」
「最後まで聞けって。これはあくまでもお試し期間。とりあえず三ヶ月、両立できるか試してみようぜ」
指を三本たててズイっと郁弥の目の前に突き付ける。
「三ヶ月後、もし郁弥が納得出来なかったら、一旦この話はなかったことにする」
「なしに出来るの?」
「一旦な」
さすがにあきらめるとは言えないけど、そこまで時間を費やしても気持ちを動かせないようなら、冷却期間を取って立て直す必要がある。
「……わかった」
今日からよろしくね、と言いながら握手を求めるように手を差し出してくる。これを掴んで勢いよく引き寄せたらどうなるかな、という悪戯心がよぎったものの、さすがに初日にやることじゃないよな、と考え直して握り返すだけにとどめた。