俺のダメなところ「もう一緒に寝たくない」
ベッドの上であぐらをかいて、自分用の枕をぎゅっと抱きしめながらプゥと頬を膨らませた郁弥がいかにも不満です、という空気をまといながらそう言ってきた。
昨日の夜、初めて郁弥とひとつのベッドで寝た。
今まではじゃんけんで勝った方がベッド、負けた方はリビングのソファーで寝ていた。
でも、昨日は違った。
『こっちで一緒に寝ようぜ』
じゃんけんに負けた郁弥がリビングに向かおうとするのを引き留めた。友達じゃなくて恋人だから。
『……うん』
耳まで真っ赤になりながら、ちいさくうなずくとあらかじめ空けておいた隣のスペースにササッともぐりこんでくる。
『なんもしないから、そんなに緊張するなよ』
向かい合うような体勢になっているのに、ギュッと全身に力をこめてうつむいているせいで、ちっとも視線が合わない。落ち着かせるように丸い頭を軽く撫でる。
『旭相手に緊張なんかするわけないでしょ』
そう返す声はいつもよりずっと固くて、眠る前のリラックスした雰囲気からは程遠い。
『俺はけっこう緊張してるけど』
頭を撫でていた手を今度は布団の中に入れ、郁弥の左手を取り自分の胸に手のひらを当てさせる。
顔にはなるべく出さないようにしてたけど本当は声を掛ける前から全身にバクバクと響くくらい心臓の音がうるさく鳴っている。
『バカ。かっこつけちゃって』
フッと軽く息を吐くような気配がして、郁弥がようやく顔をあげた。
コツンと軽く額を合わせると自然とお互いの緊張がゆるみ、そこからしばらく他愛のない話をしているうちに寝てしまっていた。
休日だから、と思い目覚ましはかけていなかったのにいつもの時間に目が覚めた。
隣で眠る郁弥の寝顔をしばらく眺めた後、そっとベッドを降りてキッチンに向かう。
目覚めの一杯とはいえ朝飯前だしな、と思い電気ケトルのお湯をカップに注ぐ。その場で冷めるのをボーっと待つ気にもなれず、一旦寝室に戻ることにした。
そんな俺を待っていたのは、さっきまで穏やかな寝顔を浮かべていたとは思えない、不満げな様子の郁弥だった。
「どうしたんだよ、急に」
隣に座って首をかしげるとさらにプゥゥと頬を膨らませる。怒っているというよりは不機嫌といった方がしっくりくる。
「旭、寝相悪すぎ」
「へ?」
「夜中に何回も腕がバシバシ当たるし、蹴り落されそうになるし」
全然安眠できなかったんだけど、ジトッとした目で睨んでくる郁弥から逃れるように目をそらす。
心当たりはある。別に昨日に限ったことじゃなく、俺の寝相の悪さは中高時代も部活の合宿で何度か周りに指摘されたことがある。
「その……ごめん、な?」
ごまかすように頭を撫でようとした手をバシッと容赦なく振り落とされる。
「寝相だって自己管理のうち!」
体が資本! とへの字に曲がった口から出た言葉は恋人への不満ではなくライバルに向けたアスリートとしての言葉だった。
「そうだな」
寝相が悪いということは夜中に動き回って余分な体力を消耗しているということだ。きちんと休息できていないとなれば、日中にパフォーマンスにも当然影響が出てくる。
「まぁ、そこが改善できれば伸びしろがあるってことだし」
いま気づけてよかったんじゃない? と真剣に考え込み始めた俺を慰めるようにいつもより柔らかい声で言いながら顔を覗き込んでくる。
「そうだな」
「本当はこれからも一緒に寝たいし」
「そうだな」
「ちゃんときいてる?」
「きいてる。解決策を考えながら」
寝相を直す体操とかあったような、と昔ちょっと調べたことを思いだしていると郁弥が抱えていた枕を手放して俺の腕に軽くぶつけてくる。
「はい」
空いた両腕を俺の方に向けて広げてここ空いてますよ、といわんばかりに待っている。
「ん?」
「最初の状態をキープできればいいんだから、簡単でしょ」
予行演習、といってさらに腕を伸ばしてくるからおとなしくその胸の中に飛び込み、ついでに押し倒す。
「抱き枕にしてはちょっと固くないか?」
俺と比べるとやや華奢な印象があるものの、それなりに立派な体格の持ち主ではあるので柔らかさは正直いってない。
「触感は我慢してよ」
よしよし、と後ろ頭を撫でられて幸福度だけはピカ一だな、なんて思いながらあんなことを二度と言われないようにするために寝相を直す方法を本格的に考えようと改めて決意した。