無自覚だったくせにタチが悪い それは、ある日の帰り道だった。
最初は何人かいた集団からポツポツと人が抜けていき、最終的に俺と郁弥のふたりきりになった。他愛のない話をしながら人通りの少ない住宅街を抜け、公園へと向かう。ここをまっすぐ抜けると駅への近道になるからだ。
あと数歩で公園の出口に差しかかるというタイミングで、突然郁弥が立ち止まった。
三歩ほど先に進んでしまってから隣にいたはずの気配が消えていることに気がつき、俺も足を止めて郁弥の方を振り返る。
「好きだよ、旭のこと」
苦しそうに吐き出されたその言葉は、友達への好意を伝える言葉としてはあまりにも重々しい口調で、「俺もだぜ」なんて簡単に返事をしてはいけないと頭の片隅で警報が鳴り続けるような、そんな緊張感を孕んだ一言だった。
なにがきっかけだったのか分からない。でも、本当はずっと秘めておこうと思っていたものがふいにあふれだしてしまったかのような衝動的なことだったらしく、郁弥自身も狼狽えているようにみえた。
ゆっくりとその言葉を咀嚼しながら自分自身に問いかけてみる。
俺は郁弥のことが……
「好き、なのかもしれない」
「かもってなに?」
先ほどまでまとっていた悲痛な空気から一変、いつも通りの皮肉屋な様子で郁弥がそう返してくる。
「いや、わかんねぇけど。言われてみたらそうなのかもって思ったっていうか……」
本当にそうとしか言いようがなかった。
「じゃあ、僕のどんなところが好きなのか言ってみてよ」
「カワイイところ」
即答するとブンっとなんの前振りもなく持っていたスポーツバッグをぶつけようとしてくるから慌てて避ける。
「危ないだろうが!」
「旭が変なこと言うからでしょ!」
耳まで真っ赤に染まった郁弥がワナワナと震えながらそう叫び返してくる。
「聞かれたことに答えただけだろ?」
たしかにちょっと言葉が足りなかったかもしれない、と思い直してコホンとわざとらしく咳払いをして、改めて正面から郁弥と向かい合う。
「ジャレ方がわからなくてすぐ素直じゃない態度取るけど、俺なら許してくれるってわかっててやってくる辺りとか、カワイイなって」
郁弥は基本的に甘やかされ上手だ。つい世話を焼いてしまいたくような、どことなくフワフワとした隙がある。
でも、そうじゃなくて自分から甘えにくるということはあまりない。というか俺以外にそういうことをしているのをみたことがない。
俺なら大丈夫という信頼がくすぐったくて、不器用な郁弥の精一杯の振る舞いが愛おしくて、気づけばそれを独占したいという友情と呼ぶには少し重すぎる、仄暗い感情すら抱くようになっていた。
「言われるまで、気づかなくて悪かった」
今まで人に対して執着というものをあまり持ってこなかったから、こんなのは自分らしくないと無意識にその感情から目を逸らしていたのかもしれない。
「こっちから言ったのに、なんで僕の方が恥ずかしい思いをしないといけないわけ?」
ジトっと恨みがましく見上げてくる郁弥は相変わらず真っ赤な顔をしていて、どっちが告白したのか本当にわからない状態になっていた。
「じゃあ、恥ずかしいついでにもうちょっと付き合ってくれよ」
そういって郁弥の左手をとり、恭しく手の甲に口つげをする。
「今までひとりでいっぱい悩ませて悪かった。俺も郁弥のことが好きだ」
そのままグイッと強く手をひき、つんのめるようにして倒れ込んできた体をぎゅっと抱きしめる。
「カッコつけすぎ、バカ旭」
背中に腕を回されながらくぐもった声でそう言われる。
「告白されるまで気づかないなんてめちゃくちゃ間抜けなとこ先にみられてるんだから、ちょっとくらいカッコつけさせてくれよ」
これからはちゃんと自分の気持ちに向き合っていこう。もう二度と、大事な人にあんな苦しい声で思いを告げさせることがないように。