めめんともりもり歩いているか、立ち止まっているか。
その程度の違いに過ぎない。
彼の友人達は、彼自身がそうであるように、一様に無口で、穏やかで、安らかであった。少なくとも、彼にとっては。
「一応、どういうつもりか聞いておこうか」
「……ここは騒々しすぎたので」
人の部屋に勝手に入り込んでコレクションをめちゃくちゃにした男は、悪びれる風もなくこちらに向き直ってそう言った。ジョゼフの手元で、キシ、とサーベルの鞘が軋む。
「前から思っていたんですが、貴方は趣味が悪すぎます」
「奇遇だね。私も君のことが大嫌いだ。この惨状について申し開きがないなら、さっさと出ていってくれないかな」
「何故こんなことを?」
「この状況で私が答えると思うかい」
「重要なのは生きているかよりも、彼らが永遠の安寧を得て、静かに隣人としてあることだと思うんです」
こちらに向けられた底の見えない灰色の瞳。イソップが生死観に言及する時のこの目が、ジョゼフは好きになれなかった。
「君のいう永遠の安寧とは死を指すのだろう。死ぬことが救いだとでも?」
「場合によりますが、大体においては」
「仮に死が安らかなものであったとしても、死んだ人間が永遠に失われることに変わりはない」
こう言った話はあまりしたくない。脳裏に焼き付いた顔を思い出してしまう。記憶の中の彼は確かに微笑んでいた。何も心配することはないとでもいうように優しく、ただ私を残して逝ってしまうのが心配だと、微笑って。
だが、長い時を経た今、その光景の正確さは如何程だろうか。記憶などという曖昧なものでは、流れゆく時間には抗えない。彼を永遠に留めておくことなど到底できないのだ。
「君とおしゃべりを続ける気はない。私は今、自分の懐のあまりの深さに驚いているんだ。勝手に私室に踏み入った上に私の私物をめちゃくちゃにしたことについて今回だけは咎めないから、早くここから出ていってくれ」
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「死は人生における一つの分岐に過ぎません。どんなに苦しい生涯を送っても、死を迎えて葬られればその人の生は救われる。その機会を奪う貴方を僕は許容できない」
「君が私のことを気に入らないのは勝手だが、私の邪魔をしないで貰えるかな?」
「邪魔をしているつもりはありませんよ。僕は僕の責務を果たそうとしているだけですので」
「それが邪魔だと言っているんだ。今君の首と胴体が繋がっている幸運に感謝してさっさとここから出ていけ」
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「時の流れを捻じ曲げてまで死を忌避することは、それまでの生を否定するようなものです。何故それほど“生きている”ことにこだわるんですか」
「どんなに華々しい生を送ろうと、死んでしまえば終わりだ。二度と言葉を交わすことも、その体温に触れることもできなくなる。記憶に深く刻んだつもりでも、やがて薄れ、元の色さえ思い出せなくなってしまう。その恐ろしさを君は知らない」
「だから無理矢理にでも生きたまま側に置きたいと?ーーそんなのは貴方のエゴだ」
「……君に何が分かる」
「分かりませんよ。分かりたくもない。貴方のやっていることは冒涜だ。旅路をゆく他者の足を捕え、悪戯に貴方の箱庭に縛り付けている」
「それならばーー」
怒りで上擦りそうになる声を、済んでのところで抑える。
「それならば君のやっていることはなんだ。知っているよ。君は君の裁量で他人に死を齎す。君の事情は知らないが、やっていることは殺人だ。それこそ生を踏み躙る行為だとは思わないのか」
「生を踏み躙っている……僕が?」
激昂するでもなく、誤解だと戸惑うようでもない。何を言っているのかわからないという様子に、背筋がひやりと震えた。怒りに煮える頭に冷水を落とされた心地がする。
「僕は納棺師としての役目を全うしているだけです。死化粧を施し、適切な手順に則り送ることで、彼らは安寧を手にすることができる」
なんの後ろめたさもない、真っ直ぐで澱みのない口調と、それに反してそこ知れない昏い色を湛えた瞳。そこでジョゼフは理解した。ああ、この男は。
「この世界で。人の営みの中で。死の静寂が何よりも優しい。そこに憎しみはなく、苦しみもない」
どこまでも素直に、真っ直ぐに。
「安寧を手に入れた彼らこそが、僕の本当の隣人達なんです」
ーー歪んでいる。
「カール君……君の方が余程“狩人”に相応しい」