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    Warren79768

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    わりと初期に書いた爪がテーマの以晋(つきあってない)

    #以晋
    withJin

    ネイルケア 桜貝のような爪とはよく言ったものだ。以蔵は高杉にシミュレーターの使い方を教えながら、彼の手元を見て驚いた。
    「なんじゃ高杉、おなごみたいな爪しちょるの」
     以蔵はダイヤルを調節している高杉の手をとって、まじまじと見た。
     小指の小さな爪に至るまで、十ある爪はみな均一な山を描いている。表面はつるつると滑らかで、血色のよい淡い桃色だった。健全かつ綺麗だが、およそ武士とは言えない手だ。
    「ああ、これか」と高杉は大したことではないという風に言った。「ちょっとな」
     しかし以蔵には、見れば見るほど不思議であった。「はー、わしの爪とはまったく違うが」以蔵は自分の爪を横に並べて見比べた。血色の良さでは負けていないが、端々が欠けて、表面もでこぼこ、手の大きさがそう違うわけでもないから、よくもまあここまで差が出たものだ。石ころとビー玉くらい訳が違う。
     以蔵は鈴鹿御前たちがなにやら爪を装飾するのに夢中になっていたことを思い出しだ。「こりゃ、ネイルちゅうやつか」
     高杉は目を丸くして以蔵を見た。以蔵の口からネイルと言う言葉が出てきたことが驚きであると、顔にでかでかと書いてある。
    「ネイルくらいわしも知っとる。かるであに来たんはわしのが早いき」以蔵はむっつりと言った。
    「なるほどな、そういうこともあるのか。まあ僕のはそんな大したものじゃない、磨いてオイル塗ってるだけだし」
     しかし高杉とて以蔵と同じ時代の幕末志士だ。刀を持つ以上、よほどしようと思って手入れをしなければこうはいかない。
    「それにしたってどいてまた」
     高杉は以蔵が爪に夢中になっているのがよっぽどおもしろいようで、クスリと笑った。
    「会社を起こしてから色々あったのさ。刀を握ることもなくなったし、何もしていないよりかはこっちの方がウケがいいからな」
     以蔵は高杉の言葉を聞いて悶々とした。刀を持つことがなくなったといのは百歩譲って理解できる。維新都市SAITAMAの様子を思い出せば明白だ。けれど、ウケがいいとはどういうことか。以蔵は自覚している限りけして嫉妬深いたちではないが、一体何に対してのウケだろうか。考えだしたら止まらなかった。
     その様子を見ていた高杉が知らぬ顔でしれっと付け加えた。「だらしないよりも、きっちりしていた方がいいだろう? できるやつだと思われるのも作戦のうちだ」
    「…………」
     本人がそう言うのなら、そうなのだろう。気になるところはあるが、以蔵はひとまずその問題は隅に置いておくことにした。というのも何かあればそのうち高杉から話すだろうと考えたからだ。
     以蔵は爪の表面を撫でてみた。自分の爪のようなザラザラした感触でないのが、なんだか新鮮だった。「こりゃわしにもできるんか?」
    「えっ?」と高杉。高杉は笑いと驚きの混ざった顔で以蔵を見た。「やってみたいのか? 君が?」
     以蔵はこくりと頷いた。頷きながら、高杉の爪を親指から撫でくっていた。返事もままならないほど、以蔵はこの桜貝の観察に夢中になっていた。
    「簡単だしできるだろうけど……君が?」高杉がもう一度聞いた。
    「なんじゃ、簡単ちゅうなら、磨いたり塗ったりするくらいわしにもできろう。それとも、爪預けるだけでもそがぁ信用ならんか」以蔵はムッとして高杉を睨みつけた。なにも難しいことをしようというわけではないのに、たかが爪のことでそんなふうに馬鹿にされるのは我慢ならない。それは相手が高杉だとしても……いや、彼だからこそなおさらだ。
     けれどそういうことではなかったらしい。高杉は「なんだ、そういうことか」とケロッとして言った。それから気前よく「それなら今夜オイルを塗りにきてくれよ」と以蔵に言った。
     以蔵は顔を輝かせた。「磨くんはええんか」
    「うん、最近磨いたばかりだから、そっちは別の機会にな」高杉はモニターの時計を見た。「それよりも今はシミュレーターの方を頼む。そろそろ次の奴らの時間がくるぞ」高杉は桃色の爪でモニターを指さした。

    ***

     高杉はテーブルと向かい合うようにベッドに座って以蔵を待っていた。テーブルには爪用のオイルの小瓶が二つちょこんとのっている。
     すっかり準備は整っていた。とはいえ準備する物といったらオイルくらいだ。甘皮用と爪先用。両方、鈴鹿御前や清少納言におすすめを聞いて購入したものだ。社長業をはじめてからの習慣とはいえ、サーヴァントとなった今でもすっかり身に沁みついていた。
     あとの準備は自分自身といったところか。高杉はベッドに座ったまま身体中をチェックした。座っているのが何故椅子ではないのかと問われると、資材の都合で椅子が一脚しかないからである。その一脚は今夜は以蔵用だ。
     風呂はすっかり済ませてあった。ポカポカにぬくもった身体に、大自然に広がる夕日の柔らかなグラデーションを起想させるあの香りをまとった髪。なにも不自然なところはない。風呂を済ませたばかりなのだから。
     一時間ほど前、備え付けの風呂で高杉は、爪とはいえオイルを塗るのだから当然だ、洗い流してしまうのに風呂に入る前に塗ってどうする、断じてやましい気持ちはないと、念仏を唱えるように繰り返しながら、身体の隅々まで念入りに洗いまくっていた。
    「高杉、おるがか」
     ノックもチャイムも無しに呼びかける声。そんなことをするのは以蔵くらいだ。高杉は扉を開けた。
     以蔵は部屋に入ると早々酒瓶と二つのグラスをテーブルのオイルの隣に置いた。
    「なんだ、気が利くじゃないか」
    「おう、あとで付き合え。そいで、わしゃどうすりゃえい」
     高杉は二つの小瓶を以蔵に手渡した。「これは甘皮用、爪の付け根に塗ってくれ。それでこっちは爪先用、爪と肉の間、というよりは皮膚に塗る感じだな」
     以蔵は二つの小瓶を見比べた。「こっちが先か」
    「どっちでもいいけどな。それじゃ、頼むよ」高杉はベッドに座って、塗りやすいようテーブルに向けて手を伸ばした。
     以蔵は、椅子には座らなかった。椅子を通り過ぎてテーブルをぐるっと迂回し、どこに行くかと思いきや、以蔵がまっすぐ向かってきたのは高杉が座っているベッドだった。
     以蔵は草履を脱ぎ捨てるとベッドに上がった。そして高杉を背後から抱きかかえるようにして座った。
    「……うん?」高杉は振り返って以蔵を見た。以蔵は高杉を抱えたまま手を伸ばしてオイルの小瓶を取ろうとしている。以蔵が動くたびに、大浴場に置いてある誰でもご自由にお使いくださいの石鹸の香りが漂った。
    「なんじゃ」以蔵はモゾモゾと動きながら、安定する位置を探り、結局壁に背をもたれることで解決した。高杉も当然、そちらに合わせることとなった。
    「いや……うん、まあいいや」
     全然よくない。高杉は不整脈でメロンゼリーだかレモンゼリーだかになるかと思った。
     そうして爪にオイルを塗りはじめた以蔵の顔は真剣そのものだった。むしろ高杉の方が緊張のあまり邪魔をするのではなかろうかと思ったほどだ。
     その後オイルを塗るだけというにはそれはもうじっくり丁寧に手入れされ、あとは酒を飲んだだけで特別何事もなかったのは言うまでもない。そういう男なのだ。

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