独りの少女と猫その日、私は一匹の黒猫と出会った。
少し暑くなり始めた頃。
その日は午後から雨が降った。
高校生である私は数年前に両親を亡くし、大学までは困らないほどの遺産を遺してくれてはいたけれどもアルバイトをしていた。
学業との両立は忙しかったけれども、そのほうがいろいろと気が紛れていたから。
アルバイトが休みの日だった。
雨足が強くなり始めたから学校からの帰り道を急いでいた。
もうすぐ家に着くというとき、ふと視界に見慣れないものが写った。
何かと思いきや1つのダンボール箱。
おそるおそる近付いてみると、中から物音がする。
(今朝まではこんなのなかったはずなのに…)
そぉっと開けてみると…そこには寒くて凍えてしまったのか、震える一匹の黒猫。
その猫と眼があったとき、すぐにわかった。
独りぼっちの眼……。
私は迷うことなく猫を抱き上げ、抱き締めてから家へと向かった。
その猫は抵抗することなく、私の腕の中でジッとしていた。
帰宅してからすぐに猫を連れてお風呂場へ向かい、暖かいお湯で軽く猫の全身を洗ってからお気に入りのふかふかタオルで体を拭いていく。
猫はシャワーが苦手というイメージがあったけれど、その子はずっと大人しいままだった。
「あ、まだ自己紹介してなかったね。私は立香だよ。よろしくね!君の名前は…何がいいかなぁ」
家の中で声を出すのは久しぶりだった。
答えが返ってこないとわかっていても、聞いてくれる存在がいるということが嬉しかったから。
それまでじっとしていた猫がタオルからそろりと抜け出す。
「…?どうしたの?」
それまで全く抵抗しなかった猫が自ら動いたということは、何か理由があるのだとなんとなくわかった。
猫は部屋の隅にいくつか置きっぱなしになっていた本のうちの一冊の上にちょこんと座る。
母が趣味だった海外の妖精に関する本。
いろんな妖精の話を私が幼いときから聞かせてくれていた。
猫の下敷きになっている本。
「妖精オベロン……」
その妖精も、母から聞いたことがあった。
「…オベロン?オベロンっていう名前がいいの?」
そう声に出すと、猫は出会ってから初めて『ニャア』と一言だけ鳴いたのだった。
その日の夜。
立香が寝具に入り寝付いた頃。
独りぼっちの立香の新しい家族になった一匹の猫が、眠る立香に音もなく近付く。
その猫の姿が歪み、数秒後に人の形となる。
灰色に近い黒髪の青年となったその一匹はじっと立香を眺め、そして……。
「立香……」
愛おしそうにその名を呼び、そして立香の唇に自分のそれを重ねるのだった。