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    th8n9s

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    一線のその前すらも越えられなくて勝負に出たと~い君の冬駿

    ##冬駿

    その一線を越えていけ「山田さんの意気地無し」
    「うるせー」
     冬居のじっとりとした視線を無視して、駿はコップに入ったお茶をごくんと飲み込んだ。霞家に昔からあるガラスのコップに、幼い頃から飲んできたその味。少しぬるくても、その変わらなさにほっとしたのも束の間、冬居が音もなくすっと近づいて来る。
    「お、おい、ちょっと待てって冬居。俺たちにはまだ早いだろ。冷静になれ。話し合おうぜ、な?」
    「試合、全部終わったらいいって言ってたの、山田さんでしょ」
    「俺にも色々あんだよ! おい、コラ、こっち来んな!」
    「だ、大丈夫ですよ。何があった時のためにちゃんと準備してるし……ほら!」
    「救急箱が何の役に立つんだよ!」
     ぐい、と距離を詰めてくる冬居から、逃げるように足をもぞもぞと動かし続ける。後ろへ這いずるが、あっという間に追いつかれてしまった。無駄にリーチの長い腕に体を挟まれ、床にすこんと押し倒される。
    「あ! くそ! 何でだよ!」
     駿がいた世界組では二軍に甘んじていたとはいえ、冬居だって次の世代では中心メンバーの一人だ。試合にも勝っているし、十分なほど力があるのは知っている。けれどいつだって駿がその先を走っていたし、力も、速さも、機転の利き方だって、咄嗟の閃きでも必ず駿が上回っていた。冬居に負けるはずがないし、この先も冬居には絶対負けたくない。しかしこの状況はなんだ。冬居のほうが優勢をきわめているではないか。
    「大丈夫……今日、絶好調だし……」
     ぐっと唇を噛みしめ、冬居は自分に言い聞かせるように小さく唱える。ほら、山田駿よ。目の前にいるのはいつもの冬居だ。何動揺してんだよ。そう頭の中で声を上げて自分を奮い立たせる。今がチャンスだ、簡単だろ? 上を目指すって決めたのに、冬居なんかに負けててどうするんだ。目の前にいるのはひとつ年下で隣に住んでるただの幼馴染だ。そんな冬居に簡単に押し倒されてんなって。自信持てよ。ほんと意気地ねぇ。
     数々の自分からの激励によし、と脱出を決意したところで「駿君」と冬居の声が零れた。互いに成長してから聞くのも久しいその名を呼ばれ、トンと鼓動が跳ねる。さっきまで山田さんって呼んでたくせに、突然なんだよ。逃げられなくなったじゃねぇか。駿君、駿君と追いかけてくる幼いころの冬居の姿が目に浮かぶのに、熱に浮かされたような、うわ言みたいな声が耳に残る。
    「……駿君」
     冬居の手のひらが、脇腹をなぞりぴたりと服の上から重なった。体と同じく無駄にでかい、冬居の手のひらの形がはっきりと伝わってくる。試合中の壮絶な掴み合いとは全く違う、けれども体の外側を確かめるような慎重で優しい手つきに、うわ、と息さえ止まってしまう。
     まだ、そこまでは。まだ服一枚以上は一線を越えていないことを、手のひらが焦れるように訴える。時折、ズボンのゴムに引っかかり、ふいにめくれた裾の隙間から素肌をかすめる指先。冬居の指が、触れている。そう思うだけで、体がぶる、と小さく震えた。心臓がどくどくと鼓動を早めて、顔の真ん中が暑くなって、じわりと滲んでいく汗が止まらない。
     それを見逃さなかった冬居の手がぴたりと手が止まった。視線を上げると、冬居は唇をむずむずとさせながら困ったように駿のことを見下ろしている。
    「おい、その顔やめろよ」
    「だって、駿君が……」
     もじもじと続きを言わない冬居は、とろりと溶けたような目をして、耳の端まで赤くさせた。今にも破裂しそうだ。お前こんなんで続きできんのかよ。さっきの勢いはどこに行ったんだ。そう喉元まで出かかった言葉を直前で飲み込んだ。形勢逆転、今がチャンスじゃないか、と気づき、ははっと勝利の笑みを盛大に浴びせた。
    「そんなんじゃしばらくかかりそうだな。諦めろ、冬居」
    「え、ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 今日は絶対いける日なんです! 占いも、準備も、体調だって万全なのに……!」
    「お前、俺とするのにそんなに準備がいるのかよ」
    「そんなこと言って、駿君だっていっつも心の準備が何だって逃げるじゃないですか! こんな、こんな……! キスするだけで、何週間も……!」
    「うっせぇ〜! 俺にとったら大問題なんだよ! キスだってよ!」
     ついこの間まで弟分のようだった冬居とお互い気持ちを明かしたからといって、まるっと全てが変わるわけではないし、突然恋人のように振る舞えるなんて方がおかしいのだ。急にキスなんかできるか――なんてことを言ってきたが、本当は、今更冬居と面と向かってキスするなんて、顔から火が吹きそうなぐらい恥ずかしくて仕方ない。それに、キスしたら、この先どうなってしまうのか怖かった。ただそれだけだった。ただそれだけのことを、ずっと言えずに誤魔化してきた。
    「でも、僕は……僕は、駿君としたい。駿君は、そうじゃないの……?」
     冬居の手が、駿の頬を指の先で恐々と触れる。駿の顔を伺いながら親指が焦れったそうに唇をふに、と押した。冬居にしては、かなり思いきった行動だ。駿とキスしたい。指先から伝わってくるその想いの強さに、冬居のまとう空気の甘さに、くらくらと頭の中が茹るように熱くなる。
     わかっている、それぐらい。自分だって同じ気持ちなのに。そうじゃないの、なんて言わせるんじゃねぇよ、山田駿よ。
     ごちゃごちゃ言ってる場合じゃないのは自分の方だ。息を吸って、ゆっくりと吐き出す。そうだよな、いつまでも冬居から逃げる方が格好悪いよな。「ああ! クソ、わかったよ」と髪をかきむしり、腕を上げて冬居の肩をぐっと強く掴んだ。
    「悪かった。俺だって、初めてだからわかんなくて怖いんだよ。お前と一緒でさ」
    「駿君……え、ちょっと待って!」
     腕でぐいっと引き寄せる。はわわ、と狼狽える冬居を、ははっと笑って受け止めた。
    「だからさ、一緒に越えていこうぜ。初めてすんだからな、力抜いたら承知しねぇぜ」
    「わ、わかってますよ……駿君って、本当勝手なんだから」
     深呼吸した冬居が、目を閉じる。唇に吐息がかかるのを感じて駿も瞼を伏せた。うわ、今冬居とキスしてる。そう実感するだけで、好きだという想いごと強く押し付ける、そんな拙いキスなのに体の奥からじんわりと温かいものが湧き上がる。
    「駿君……もう一回……」
     一度顔を離した冬居が、駿の顔を今でもうかがうように聞いてくる。駿が嫌がるとでも思っているのだろうか。冬居はずっと駿のことを大事にしてきたのだ、同じように大事にしたい。それ以上に返してやりたい。与えてやりたい。留めていた冬居への想いがどんどんと膨らんでいく。
    「もう聞かなくていいんだって」
     いいに決まってんだろ、と頭を掴んだ指先に力を入れると、冬居の表情がふわりと綻んだ。もう一度。今度はもう少しだけ。先へ進んで唇を柔く含んで離した。吸ったり、舐めたり、二人で息を合わせて何度も繰り返す。その行為はまるで、好きという気持ちをぴったりと合わせるみたいだ。だからなのか、そのたびにパチリと火花が散るような、甘い痺れが走っていく。
     かぎなれたはずの冬居の匂いが、いつも以上に近くて濃くなる。ここにいるのは、冬居だ。霞冬居。わかっているのに、何度も確かめたくなる。ずっと昔からそうだった。そしてこれからも、駿のそばにいて、そして背中を追いかけてこいよ。想えば想うほど、ツンと目の奥が熱くなる。
     冬居も同じように思ってるのかな。そうだといいな、そうしてくれよ。
    伝えたくて、叫びたくて仕方ない思いがどんどん湧き出てくる。だからかな。たくさんの言葉を、思いを、いっぺんには伝えられないからキスすんのかな。それなら沢山しなきゃな。唇を合わせながら、駿は思った。



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