Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    th8n9s

    @th8n9s

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🌼 🌼 🌼 🌼
    POIPOI 6

    th8n9s

    ☆quiet follow

    初夜への気持ちを固めるまで時間がかかる冬駿。あの公園の話。

    ##冬駿

    好きの次の一歩「なあ、冬居よ。どっちなんだ」
     何が? と雑誌を膝の上に置いて、冬居はゆっくりと駿に顔を向けた。冬居の背後では、オレンジ色に染まった冬居の部屋のカーテンがそよぐ風に小さく揺れている。久しぶりに部活がない休日の、穏やかなひとときだ。けれど、こうして何も話さずとも一緒にぼんやりと過ごす時間は悪くはない。というよりも、結構好きだな、と素直に駿は思う。それに、隣で床に寝転んでいる駿を見下ろすときの、冬居のその目元が少し緩む、その瞬間も。こっちが見ていて恥ずかしくなるぐらいにわかりやすくて、思わず気づかないふりをしてしまうくらいに。
     想いが通じ合うとか、そんなドラマみたいに小難しいことはまだ駿にはよくわからない。今だって冬居とはくだらない喧嘩もするし、部活では生意気にも意見だって言ってくる。お互い長い付き合いだから考え方だって違うことはもう知っている。それでもこうしてほんの小さなことにも胸の内をくすぐられるような心地になるのは、冬居のことがやっぱり特別だからなんだろう。
     こんな感じなんだな、好きっていうのは。
     それでもまだ他人事のように思ってしまうのは、まだそれが駿の中に馴染んだ感じがしないからだ。キスだって、ただ下手くそに唇を合わせるだけだ。緊張やら恥ずかしいやらで、自分が今どうなってるかなんてわかりもしない。
     けれど、ただそうすることが、相手を受け入れるという意思表示も兼ねてるんだろうとは思う。今はまだ、それだけしかわからない。いつかはわかるようになるのだろうか、ただの行為から、もう少し。もう少しだけ、その先が。
     だからこそ、聞いてみたくなった。駿は頭を預けていたクッションを調整すると、冬居へと体を横向ける。
    「その、どっちが、いわゆる……入れる側なんだよ」
     これはいつか明らかにせねばならない大事な問題だ。今はカバディに打ち込む駿だって、片や立派な男子高校生なのだ。ある程度仲が深まれば自ずとそういう行為になることは知っているし、もちろん興味だって人並みにはある。多分、それはきっと冬居だって。
     けれど、自分たちの場合はどうなのだろう。そして、どうやって決めるんだ。それに、冬居は自分とそういうことになるつもりが果たしてあるのだろうか。胸の奥底で抱えていた疑問をついに打ち明けてしまうと、冬居の様子をちらりと伺う。
     突然の問いかけに、もちろん冬居は面食らった顔をしてこちらを見ていた。そりゃそうだろう。駿だってこんなことを今このタイミングで聞くことになるとは思わなかったし、もしも冬居が聞いてきたら自分だって同じ顔をしていたに違いない。けれども今は、冬居がどんな風に考えているのかを知りたいと思うし、駿の方が年上なのだから一応は知っておかないといけないよな、とも思う。
    「どうなんだ、冬居」
    「……え、どう考えても僕ですよね。僕、痛いの嫌なんで。それに、駿君なら丈夫そうだし……」
    「おい! 俺を何だと思ってんだよ!」
     冬居は数秒の間黙っていたけれど、思いのほかあっさりと言ってのけた。駿が大きく吠えながら勢いよく起き上がると、うわぁっと冬居が大きく後ろへとしりぞく。部屋の隅まで逃げ切った冬居は、忍び寄る駿へとクッションを向けてその大きな体を縮こませていた。
    「いや、それだけじゃないですけど! でも、駿君のこと好きだし、ちゃんと痛くないように勉強だってしてるし、それに……駿君にもっと触りたいし、その……」
     クッション越しに、冬居はこちらを覗き見た。目尻を赤くさせ口ごもる冬居の周りに、ふわりと甘い空気が立ち込める。照れる冬居のせいで、駿にもそれが分かるほどに部屋の温度が上がった気がした。
    「そのって、な、何だよ!」
     未だ慣れないその空気をかき消すように駿が続きを促すと、頬をさらに赤らめた冬居はぎゅっとクッションを握りしめる。その、そのと小さく繰り返した冬居が、意を決したように駿を見た。
    「駿君を、気持ちよくしてあげたくて……」
    「き、きも……!」
    「えっ! 気持ち悪い⁉」
     目を見開きショックを受けた顔をする冬居に、少し心がきゅっと痛む。けれど、そんなことにかまけてられない程に、駿にとっても一大事なのだ。薄々気づいてはいたが、好きだという気持ち以上のものを冬居から向けられている、そんな状況になるだなんて思ってもみなかった。気持ちよくしたい、なんて、あの冬居が――。信じられないけれど、これが現実だ。甘く痺れる指先を、ぎゅっと握って抑え込む。
    「いや、違うけどよ! その、何つーか……」
     冬居への言葉を考えれば考えるほど、頭が沸騰しそうになる。耳たぶのその先までが、じんと疼くのがわかるほどに顔が熱い。落ち着け駿よ、と深く呼吸を促すが、逆効果だと言わんばかりに心臓がどくどくと鼓動を鳴らした。軽い気持ちで聞くんじゃなかった。見上げる冬居の視線がいつもと違うように感じる。想像を超えた答えに、立ってるだけで精一杯だった。
    「しゅ、駿君……?」
    「……くっそー! やっぱ、聞くんじゃなかった!」
    「あ、駿君! 待っ――」
     たまらず部屋の外へ飛び出すと、階段を駆け降りた。スニーカーを履くことすらもどかしい。そのまま足を突っ込むと玄関の扉を開けて外へ出た。空からカーテンが開く音がする。上から覗く冬居から逃げるように家とは反対方向へと駆け出した。



     日が暮れだすといっきに気温が下がり始めた。薄着のままだと少し寒くて、ぶる、と震える腕をさする。けれどこのまま引き返す気にもならなくて、駿はそのまま足を進めた。
     ぶらぶらと適当に歩いていたその先に、見慣れた景色が見えてふと立ち止まる。中山公園だ。懐かしいな、と思うと自然に足を踏み入れていた。
     子供たちはもう帰ってしまったのか、公園には人気はなく静けさが広がっている。しばらくうろついていると、見覚えのある滑り台が目に入った。沈む夕日に照らされ、ポツンと佇む姿が少し寂しそうに見えて、手を引かれるようにそこから伸びた影を追って小さな階段を昇っていく。カンカンカン、とスチールの乾いた音が、誰もいない公園に響き渡った。
     少し錆びたてっぺんの輪っかをくぐり、踊り場に潜り込むとそこは駿の体だけで簡単に収まってしまうほどに小さかった。こんなにも狭いところで遊んでたのか、と驚くと同時に、色んな思い出が色鮮やかに頭に浮かんでいく。
    「俺たちって、子供だったんだよな……」
     駿が呟いた声は、静寂に流されていく。周囲を見渡せば誰もいない。少しの間だけ占領させてくれよ、と誰が返事してくれるわけでもないのに問いかけると、その場に腰を下ろした。
     滑り台の上から見える景色は、昔と変わらないままここにある。変わっていったのは、自分と冬居との関係だった。
    「マジで冬居とするのか、俺……」
     踊り場を囲む柱にもたれ、空を仰ぎ見た。山の背に吸い込まれていく太陽が、最後の際に赤く燃えているのをじっと見つめる。気づけばぽつりぽつりと街の明かりが灯り始めていた。ちょうど頭の上から後ろはもう、夜の空だ。
    「絶対気にしてるよな、あいつ」
     興味本位で聞くんじゃなかった。いや、興味というか、ただ知りたかっただけで、その後のことは何も考えていなかった。冬居の想いを、日和った自分がただ受け止めきれなかっただけのことだ。冬居はもっと、駿のことを考えていたというのに。
    好きって言葉は難しい。それだけじゃ、わからないことが沢山ある。
    「この俺にこんなに考えさせるなんて、カバディ以外だったら、お前だけだわ、全くよぉ」
     冬居のことを、傷つけたくない。でも、もう遅かったかもしれない。こんな風に逃げて来たのだ。駿のことを嫌になっても仕方ない。
     軽々しく言うんじゃなかった、と後悔した。
    けれども、冬居がしたいと言うのなら、それを叶えてやりたいとも、今なら思う。
    「今更何言ったって、遅ぇんだけどよ……」
     はぁ、とひとつため息をつく。息も冷たい。体を小さく丸めてみても、夜の公園はまだまだ肌寒い。帰る機会を逃してしまうともう、立ち上がる気にもならなかった。
     ブブ、と滑り台が鈍い音を立てる。体を捻って見てみると、尻のポケットに入れていた携帯が震えていた。着信は冬居からだ。出たくねぇな、と少し緊張しながら、数秒待って画面に触れる。
    「よお」
    「よおじゃないですよ! 今どこにいるんですか!」
     少し怒ったように早口でまくし上げる冬居に、何と言おうか迷う。迷って、それから遮るように「冬居」と名前を呼んだ。
    「――だから、今どこにいるのかって聞いてるんですよ!」
    「なあ、ちょっと聞けよ。いいか、今から三分以内にここに来い。そしたらいいもんやるよ。場所は中山公園だ。お前ならわかんだろ。じゃあな」
    「え! ちょっと、駿く――!」
     一方的に電話を切った。今度こそ冬居は怒るかな。ダセェことしてんじゃねーよな、ほんと。携帯の時間を見ながら、変わり続ける数字を見続ける。
    もうすぐ三分。子供のころ、ここには自転車で来るような場所だった。部活で少々鍛えているからと言って、そんな早くに来れるはずもない。それに、冬居が必ず来るという保証だって。
    「――いた……!」
     パタパタと足音が聞こえて、暗闇から人が現れた。はっとして、画面から顔を上げる。辺りを見渡すと、いつもの服を着た冬居が滑り台の階段を掴んで膝に手をついていた。大きく肩で息をしながら「しんどい……!」と掠れた息を零す。
    「おう。来たか、冬居よ」
    「駿君が来いって言ったんでしょ……! はぁ、はぁ……来るに決まってるじゃないですか!」
    「……まさか本当に来るなんて思わなかったんだよ」
    「……そんな、信用ないですか? 僕」
     二人の間に沈黙が流れる。冬居とは昔からの仲だ。気まずい空気なんて屁でもないと思っていたが、正直きつい。あんな風に飛び出して、今度は全力で走って来いなんて絶対怒ってるよな。何から話そう、やっぱり少しふざけた方がいいのだろうか、それともまずはすまんと謝るべきか。普段の饒舌さが嘘のように、何度も口の中で言葉を弄ぶ。
    「駿君」
     下から冬居の声がする。意志のある、はっきりとした声だ。何を言われるのかと緊張が走る。
    「僕、別に、怒ってませんから」
    「え、おい、冬居?」
     次いで、カンカンカン! と早足で冬居が駆け上がってきた。そのまま駿のいる踊り場へと滑り込んでくる。
    「お、おい! 入ってくんなよ、狭いだろ!」
    「駿君こそ、こんな薄着で何やってるんですか。ほら、早く降りてくださいよ」
     有無を言わさぬ冬居の物言いに比べて、背中にそっと触れるその手のひらは優しかった。けれど、それはすぐに離れていってしまう。こんな狭い踊り場の中で、ほんのわずかだが距離を取られている気がする。やっぱり気にしてるんだろうか。そのくせいつも通りに応じる冬居の態度に、今は後ろめたさを感じてしまう。駿は踊り場から滑り台へ足を投げ出したまま、後ろへ振り返った。
    「な、なあ……本当に怒ってねぇのかよ? こんな風に呼び出されてよ」
    「そんなの今さらですよ。僕、慣れてますし」
    「嘘つけ。こんなの……怒って当然だろうが」
     そうやって怒って欲しかったのは駿の方だ。いっそなじってくれたら、駿だって楽だった。けれど、気まずいまま視線を外す駿とは反対に、冬居はしっかりと駿の顔から目を離さない。
    「たしかに、いつも自分勝手な駿君には殴りたくなるほどムカつきますけど……でも、駿君のことどうでもよかったら、こんなに本気で走って来ないし」
     そうなんだよな、と駿は頭の中で冬居の言葉に答えた。そんなことは駿だってわかってる。
    「なあ、冬居。お前、俺のこと好きか?」
    「何ですか、突然……好きだって、言ったじゃないですか」
    「だよな。俺だって、お前のことは好きだぜ」
     手すりを持って、体ごと冬居へと向けた。狭い踊り場で、体のほとんどがくっつき合う。
    「冬居、お前にやるよ」
    「何のことですか?」
    「さっき言っただろ。早く来たらいいもんやるってよ」
    「いや、走って来るのに夢中で覚えてないですけど。ああ、もしかして昔よくしてた遊びのことですか? またくだらないものだったら要りませんから……駿君?」
     冬居は首を傾げたまま、ふざける様子のない駿を見つめている。駿は冬居の手を取った。まだ熱が引いていないのか、ほのかに暖かい。
    「冬居、お前がしたいこと、何でもいいからしてくれよ。俺にも応えさせてくれたっていいだろ。なんたって、俺は体だけは丈夫だからな」
     そう言って、冬居へと首を伸ばす。湿った息が冷えた夜の中で一段と際立つ。唇の感触がいつもと違う気がする。ただ重ねるだけじゃない、心臓がキュッとなるようなキスをするのは、これが初めてな気がした。
     こんな感じなんだな、好きっていうのは。少しだけ、それに近づいた気がする。
    「え、駿君、何言って……! はっ、まさか! てことは⁉ え、え!」
     唇を離し、駿は一気に踊り場から滑り降りる。その勢いで大きく一歩飛び出した。てっぺんではまだ、冬居が慌てふためいている。
    「おい冬居! さっきまで冷静だったのにお前が照れるなよ! 俺にだって照れさせろ!」
    「だって、駿君が……!」
    「ほら、早く降りて来いって! さみぃんだよ! 帰るぞ!」
     緊張しながら滑り台を降りてくる細長い体は、大きさは違えど昔と変わらない。着地してふらつく冬居を捕まえて、体ごと抱き寄せた。
    「あー寒かった」
    「あ、上着、貸しましょうか?」
    「はあ、冬居、お前はこれだから俺に振り回されるんだよ。空気読めって」
     冬居の腕を持って体に巻きつける。ちらっと隣を見上げると、冬居は目元を緩めるどころか、むずむずとしている。
     この瞬間が好きだな、と思う。そんなことがこれからもずっと、たくさんあればいいなと願いながら。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭😭😭🙏🙏🙏💘💘💘💘😭😭💕💞💞💞💘💘🙏🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator