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    th8n9s

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    th8n9s

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    ◇付き合ってない冬駿が二人で一緒に帰る話。
    大会前に色々あっただろうちょっとナイーブなしゅん君と、何か色々気持ちが溢れてくと〜い君。重い雰囲気ですが、ちゃんとハピエンです。

    ##冬駿

    多分、きっと、大丈夫「あー! もう今日は解散だ、解散! 片付けたらお前らとっとと帰れよ!」
     パンパンと手を叩く山田さんにせかされて、冬居たち下級生は一斉に立ち上がった。それに背を押されるように、まだ少し消化不良の顔をしたままの三年生たちは荷物を重そうに抱えると、順番に体育館をあとにする。
     週に一度の全体ミーテイングは、山田さんが大声を上げて中断してくれなければ、下校時刻を過ぎたことすら気が付かないほどに今日はいつもよりも白熱していた。
     何しろもうすぐ夏の大会が始まるのだ。三年生にとっては高校生活の集大成でもあるこの大会への想いの強さはひとしおなのだろう。普段は山田さんばっかりが一人で喋って終わるこの時間は、時には体育館に声が響き渡るほどに熱く盛り上がっていた。
     これからの練習の在り方や、今後の方針、それに先日行われた他校との練習試合が話題になれば、三年生たちはそれぞれに思いの丈をぶつけ合い、中にはまとまらない意見に歯がゆい表情を浮かべる先輩もいたほどだ。
    その熱い想いに、冬居を始めとする下級生までもがじわりと額に汗を滲ませ、その試合のような熱戦を静かに見守り続けていた。だがそれも今日は一旦持ち越しとなったわけだが、これでみんなの火が収まるとは到底思えない。
    「大丈夫? サンダー、元気ない」
     天井から湿った空気が重くのしかかってくるような熱さの中、ヴィハーンさんがこっそりと冬居に話しかけてきた。確かに、山田さんは答えを求められてもはっきりと明言せず、むしろぐっと唇を噛み締め黙っていることのほうが多かった。そうやって、ピリピリとしている部内の空気をからっと一掃するようなおふざけもせずに、山田さんがただ黙って耳を傾けるだなんて相当珍しいことだ。
     三年生にとってこれが最後の夏というのなら、山田さんだってそれは同じだ。きっとみんなの大会にかける気持ちが、痛いほどにわかるのだろう。だからこそ、何も言わずにみんなの声を受け止めていたのかもしれない。それに部員をまとめるのも部長の仕事みたいなものだから、立場上矢面に立ってしまうのは仕方のないことだ。
    「山田さんにも、何か考えがあるんですよ。いつもみたいに、僕たちには内緒にしてるだけで」
     だから、大丈夫ですよ、多分きっと、山田さんなら。そうヴィハーンさんに伝えた言葉は、どちらかというと自分に言い聞かせたようなものかもしれないな、と冬居は思う。
     つい先日、山田さんはこの大会でカバディを辞めるのだとみんなの前であっさり宣言した。あれだけ期待に胸躍らせ目指していたプロへの道を諦めるということを、山田さんは一人でこっそりと決めていたということらしい。
     けれど、山田さんは悔しさをひとかけらも見せることなくいつも通りに飄々と振る舞っているものだから、部内がいつもよりもひと際ざわつきやすいのは当たり前だ。その宣言が、その行動が山田さんを知る部員それぞれの胸の内に、ずっと引っかかったままでいるのだから。
     山田さんが勝手に決めたのならば、自分だって勝手にプロを目指す――。そう山田さんに告げた日のことを思い出すたびに、冬居は胸がぎゅっと締め付けられたような心地になる。怒りと悔しさでつい口に出た言葉が、その真意が、山田さんに届いているといいけれど、それがちゃんと成功しているかはまだわからない。
     けれど今の冬居には、そうなるといいなとただ信じて願うしかなかった。いつか山田さんが、そんなダセェこと言ったときもあったっけ、と笑って振り返ることができるような、少し苦いだけの思い出になるようにと。
    「そうだといいね」
     ヴィハーンさんが、冬居の肩をポンと優しく叩く。
    「オレたちが、サンダーを信じてあげなきゃね」
     冬居の心中を言い当てたように、ヴィハーンさんはにっこりと笑った。つられて冬居も小さく笑顔を作る。唇の端が上手く上がらなかったけれど、よっぽどこの空気に緊張していたのか、笑ったことで少し肩の力が緩んだ気がする。
     周りを見渡すとすっかりと落ち着きを取り戻したらしく、談笑しながら帰り自宅をする部員もいた。冬居も「そうですね」と返事をしながら、自分の荷物を片づけ始める。日常に戻りつつある雰囲気にほっとしながらスポーツバックを肩にかけると、「おい、冬居!」と遠くから呼び止められた。
     振り返ると、少し硬い表情をした山田さんが仁王立ちしている。何か問題でもあったのだろうか。何だろうと不安になりながら、「はい」とだけ返事をする。
    「お前はちょっと俺と残れ」
     山田さんは用件だけを告げると体育館の出口に向かっていった。理由も言わない山田さんのその一声で、その場に緊張感がぴりりと走る。
    「……わかりました」
     返事なんか聞いてないな、と思いつつも冬居は持っていたスポーツバックを床に下ろした。山田さんはおそらく部室の鍵を事務室に返しに行ったのだろう。体育館は最後に事務員さんが施錠してくれるから、後はこのまま帰るだけだ。
     今の内に、ということだろうか、他に残っていた部員たちが申し訳なさそうな顔を見せながら、「お疲れ様です」と言って帰っていった。その逃げるように去っていく背中を見ながら、山田さんが戻ってくるのを冬居はしばしの間一人で待つ。
     今から何を言われるんだろう。自分にだけ話したいことって何だろう。ぼんやりと頭の中で理由を探してみたが皆目見当がつかない。山田さんの思い付きには随分と付き合わされてきたけれど、こんな微妙な空気の中で二人で話す、なんて久しぶりのことに段々と緊張が高まっていく。
     もしかして、ミーティング中に黙ってたこと怒られるのかな。二年の分際でレギュラーに選ばれているくせによ、とか? 仕方ないよ、二年が口出せる雰囲気じゃなかったし。それだったら自分にだけ言わずに全員に言って欲しい……。
     でも、その話じゃなくて普段の練習態度とか、そもそもお前は向いてないとか、そんな話だったらどうしよう。まさか、戦力外通告……⁉︎
     考えを巡らす内に、さあっと頭が真っ白になっていく。「僕がプロになる」なんて口を滑らすんじゃなかった。分不相応なことなんかして、ああ、どうしよう。ドクドクと心臓の音が重く打ち始めると、さっきの熱いミーティングの時よりも大量の汗が吹き出してきた。今すぐ山田さんを置いてみんなと一緒に帰りたい。けれど、そんなことしたら絶対に怒られる――。
    「待たせたな、冬居」
    「へぁ!」
     考え事に夢中になっていると山田さんの声がして体がびくりと大きく震えた。名前を呼ばれてるのに、どうにも恐怖が勝ってしまい、山田さんへ顔を向けられずにいる。一思いに言って欲しい、いや、でも本当にそうだったらどうしよう。不安に駆られ、考えるだけで胃がキリキリと痛みだす。
    「おい! 聞いてんのか! 冬居!」
    「ひい! すみません、すみません……!」
    「なっ、おい! 何で謝るんだよ! 何もしてねえだろ!」
    「え! 僕、何かしたから居残りで叱られるんじゃないの?」
    「何言ってんだよ、違えよ! ほら、荷物持てよ。帰んぞ」
     混乱しながらも、スポーツバックを急いで背負うと先に行く山田さんを追いかける。体育館の外へで出てみても、熱気をそのまま引き連れて来たように体にまとわりついたままだ。怒られるんじゃないのなら、何のために自分を残したのだろう。滴る汗をぬぐいながら、冬居は山田さんの背中に問いかけた。
    「ど、どういうことですか? 僕だけ残しておいて、それで何にもないって……」
    「そんなこと言われてもよ、何でもねえんだから仕方ないだろ」
     いつもよりスタスタと足早に歩く山田さんの隣に何とか追い付いて、ちらりと顔を伺った。何だかムスッとしているように振舞っているけれど、決して機嫌が悪いわけはなさそうだ。本当に怒ってはいなさそうな表情に少しほっとしていると、山田さんは頭の後ろで腕を組み唇を尖らせた。
    「まあ、たまには二人で帰ってやってもいいかなっていう俺の気遣いだ。お前もまだ二年だし、大会の前で緊張してるだろうからな」
    「でも、みんなと一緒に帰ったって、結局最後は二人になるじゃないですか。僕たち、そもそも家が隣なんだし」
    「ぐ……それだとほんの一瞬だろ。すぐ家に帰ったら飯食って寝ちまうし……だから、何つーかよ……」
     さっきは偉そうに言っていたのに、今度はもごもごと唇を動かし、山田さんは黙り込んでしまった。
     もしかして、山田さんは自分と二人きりで帰りたかったのだろうか。まさか、今日みたいな日に、そんなことあるはずないな、と冬居は考えをそっと隅に置く。
     山田さんは何が言いたかったのかな、とぼんやりと考えてみるがやっぱりわからない。いつもそうだ。いつだって、山田さんのことはわからない。わからないまま、冬居は山田さんのくだらない計画に振り回されて、はや十年ほどの付き合いになってしまった。
     けれど、山田さんの振る舞いは普段子供っぽく見えたとしても、頭の中ではいつも先の先まで考えを巡らせているといういうことだけは、冬居もよく知っている。山田さんが一人で実行してしまう時は、冬居がそれをきっと良く思わないだろうと勝手に考えているということも。
     そして、それが何とも寂しく感じるものなのだということを、冬居はあの日、初めて知ったのだ。
    人を振り回すその前に、ちょっとぐらい言ってくれたっていいのになと冬居は思う。何か不都合がない限り、今までだって山田さんのやりたいことを、決して嫌だと突き返したことはなかったのだから。
     山田さんが何か話し出すまでしばらく、電灯や、標識に、何年もあまり大きく変わることのない街並みを見ながらゆっくりと歩いた。スニーカーがコンクリートを踏む音が、重なり合う虫の声に混ざり合って、空気に馴染んでいく。
    「はあ、ったくよお、今日は流石の俺でも参ったわ」
     仕切り直したように山田さんが独り言のようにつぶやいた。「大変でしたね」と軽く相槌を打つが、続きの話はなかった。山田さんはまた色々と考え込んでいるのだろう、前を向くその表情はどこか朧げに見える。
     一つ目の角を曲がる。そのあと大きな交差点に差し掛かり、そこで長い時間信号が変わるのを待った。渡った先の三叉路を抜けて、しばらく歩くと暗くて怪しい高架下をくぐり抜ける。いつも大勢で帰る時には賑やかで、こんなに静かな場所だったということすら忘れていた。
     前方で強い光が瞬いて、きゅっと目を細めた。上下に揺れるライトを浴びながら、車が通り抜けていくのを待つ。過ぎ去った車のエンジン音が遠く聞こえなくなったころ、それを合図にするように山田さんは口を開いた。
    「なあ、冬居。……俺だってさ、たまには思うんだよ」
     冬居は黙ったまま続きを待つ。何か言葉を選んでいるのだろうか。ゆっくりと、山田さんは息を吸う。
    「俺ってちゃんとやれてんのかなとかさ」
     それは部長としてということを言っているのだろうか、それとも、選手としてのことを言っているのだろうか――。色々な憶測が頭をよぎるけれど、冬居なんかにこうしてわざわざ話すのだ、きっと答えなんかが欲しいわけじゃない。それに、何と言うのが正しいかもわからなくて、冬居は「うん」とだけ返事をした。
    「このやり方でいいのか、とかな。あとは……」
     山田さんがぽつりぽつりと話す言葉に、うん、うんと、冬居は繰り返し頷いた。こんな風に山田さんが弱音を吐くなんて滅多にないことだ。今までもこうしてずっと一人で考えていたのかと、冬居は驚くと同時にまたあの時と同じように胸が締め付けられる。
     近いのに、すごく遠い。いつも背中を追いかけていたけれど、まだまだ距離は縮まらない一方だ。手を差し伸べても、いつも一人でどこかへ行ってしまう。
    「あんな真剣な顔見てたらさ、あいつら全員の想いをちゃんと背負うなんてできんのか……なんてこともよ」
    「――できますよ」
     冬居はスポーツバックのベルトをぎゅっと握る。
    「山田さんなら、できますよ」
     駿君は、そんな簡単に折れる人じゃないはずだ。喉の奥から、体の底から、ぐっと何かが湧き出てくる。
    「それに、試合は一人じゃないし、みんなで一緒に戦うんだから。だから、山田さんだけが一人で背負うものなんかありませんよ。みんなでやれば、できるんじゃないですか」
    「……そうかよ」
     一息おいて、ふっ、と山田さんは息だけで笑う。
    「ま、お前が言うなら、そうなのかもな」
     まだ確信まで得てはいないようだけれど、山田さんは出てきた弱音を少し引っ込めたみたいだ。少し空気が緩んだのが冬居にもわかる。
    「ははっ、さすが冬居、我が僕だぜ」と山田さんが肩に腕を回してきた。ぐいっと引き寄せられ、突然のことに「へ⁉︎」と山田さんへ顔を向けると、気にも留めずににっこりと笑顔を浮かべている。
    「やっぱ話すならお前が一番だと思ったけどよ、さすが俺の予想は外さなかったわ。はー、長年俺が手塩にかけて育ててきてやった甲斐があったというものよ」
     うんうんと感慨深げに頷く山田さんの言葉に、冬居は何か引っかかる。しばらくの間、言われた言葉を反芻する。はっと気づいた瞬間、顔に血が上るのがわかった。
    「――え、もしかして、山田さん、僕に話を聞いて欲しかったんですか?」
    「はあ? だから違えって! たまたまだ! ちょっとそんな気分になったってことだよ!」
     パッと腕を引っ込めて、ポケットに手を突っ込んだ山田さんは照れたように明後日の方向を向いた。それ以上言い返してこないところを見ると、冬居の予想も当たっていたらしい。何だかそれが、途方もなく嬉しいと思うのはどうしてだろう。
    「おい、何でお前が笑ってんだよ」
    「別に、何でもないですよ。僕だってピンとくることだってあるんだなって」
    「はあ? 馬鹿言ってんなよ。俺はいつだって閃きの天才だからな。俺が引退したって譲らねえよ」
     いつもの調子に戻ってきた山田さんの足取りはふわりと軽い。けれど、だからといって、冬居を置いていくことはない。
     見慣れた曲がり角。そこを曲がれば、あと少し。この電柱の三つ先に、明るく灯る自分たちの家が見えてくるはずだ。
    「あー腹減った。お前ん家、今日の晩飯なんだよ。俺ん家はまさかの焼きそばだぜ。昼飯かっての」
    「僕の家は今日はグラタンにするって」
    「は〜なんだよ、お前ん家はいつも豪華で羨ましいぜ! ま、そんなこと言いながら、うちの焼きそばが絶品なのは間違いねぇんだよなぁ」
    「うん、そうだね。僕も好き」
    「だろ」
     門扉を開けて、玄関へ向かう。
    「じゃあな」
    「はい、また明日」
     扉に手をかけたけど、山田さんの背中が見えなくなるまでじっと隣を見続けた。
     夏の大会はすぐそこまで迫っている。まずは決勝リーグに、それから、駿くんが目指している頂上まで。
     そして、そのあとも道が続いているのだということを知ってほしい。
     大丈夫、多分きっと、駿くんなら。冬居の心の中で、ほんの僅かの自信が芽生える。
    「ただいま」と告げる自分の声が、今日は一段と誇らしい。
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