『愚痴と告白』------------------------------
日が傾き、夕方に差し掛かろうという頃。
畑の野菜の収穫を無事に終えた悟空は、自宅に戻ってシャワー浴び、濡れた髪を拭いていた。
家の中は珍しく悟空一人だ。チチと悟天はCCのブルマの元に行っている。
悟天には一緒に行こうと言われたし、ブルマにも絶対に来なさいよ!と念を押されている。
だが悟空は、どうにも億劫だった。
ブルマはパーティー好きなのと、仲間内の生存確認の意味も含めて、よくこうした集まりを企画する。どちらかというと後者の方が理由としては大きいらしい。ブルマ曰く「そうでもしなけりゃ、孫くんみたいに何年も仲間に会わないでケロッとしてるヤツとかいるでしょ」とか。
さすが付き合いの長い幼馴染、まったくもってその通りである。だが最近はCCに頻繁に行っているからブルマには会ってるじゃないかとも思う。だってCCには。
「ベジータがいるからなあ……」
いつも隣にいる彼の姿が、記憶の中にある甘い匂いと共に脳内をフワリと過ぎる。
とにかく、悟空はパーティーがあまり得意ではなかった。メシはうまい。皆に会えるのもすごく嬉しい。でも腹が膨れると同時にすぐに飽きてしまう。そんな時間があれば修業できたら、とさえ思う。
皆が元気かどうか知りたい気持ちはある。でもそれだって。
「えーと」
悟空は目を閉じ、クリリンの気を探る。クリリンもCCにいる。気の流れに淀みはなく、穏やかだ。いつものクリリンで、元気そうだ。よかった。こうやって少し気を探れば、機嫌や体調すらもわかってしまうのだ。遠くから見守れればそれでいい。
これは最早、神に近い思考と等しい能力であるのだけれど、悟空にその自覚はない。
まあ何にしてもとにかく、面倒だった。
でもCCには。
「ベジータがいるんだよなあ……」
やっぱり今から行くかな。ベジータがいるし。メシ食って皆と話したら、ベジータを誘って二人でパーテイーを抜け出して……
そう思った、その時だった。
ズンッッ
腹の奥底に重く伸し掛かるような巨大な気の塊の出現に、悟空の身体の芯はビリビリと痺れた。
なんだこれは……!? すげえ気だ!!
「敵……いや違う……、悟飯の気か……!」
この気は間違いなく悟飯だ。だが尋常では考えられぬ巨大さと鋭さを感じる。凶暴性さえ秘めている。まるで獣のような…………
「あ! これがビーストってヤツか!」
そう。悟空とベジータが留守の間に陥った地球のピンチ。その末に、悟飯が辿り着いた驚異の変身形態──それが“ビースト”だ。超化とも違う。神の気とも違う。悟飯の内側、心の奥底に秘められていた凶暴なる獣性が、強大なパワーとなって顕現した気の形とその姿。
こんな遠くにいる悟空の肌をビリビリと痺れさせる程の強さだ。悟空の目はキラキラと輝いた。
「前に悟飯に頼んだ時にはなってくれなかったのに……、あんにゃろ~! 悟飯はやっぱりすげえヤツだ!」
額に指を当て、今すぐ悟飯の元へ瞬間移動しようとする。だが悟空はふと思う。
なんで悟飯のヤツ、CCでビーストになってるんだ……? 何かがあったのだろうか。
その時だった。またひとつ、巨大な気の変化に悟空はピクッと反応する。この気は。
「……ベジータ?」
誰よりもよく知るベジータの気だ。超化、神化とも違う。乱高下するかのように激しく乱れ始めたのだ。
「何が……どうしたんだ!?」
悟空は神経を研ぎ澄ます。
敵の気は近くに感じられないが、ベジータの気の乱れ方は尋常ではない。そして悟飯のビーストとベジータが一緒にいる。つまりCCで、何某かの事件が起きている。
もしかしてまたみんな小さくなっちまったとか……!? いや今度は逆に年とっちまったかもしれねえ! 『ドラゴンボールGGE (ジジイ)』が始まっちまったらどうすんだ!!
ああ、最初からベジータの元に行っていればよかった。ベジータの隣にいるべきだった。
「くそ……! ベジータ……っ、無事でいてくれ……!!」
薄く血管の浮かぶ額に指を当てる。捉えたのは悟飯の巨大なビーストの気……ではない、隣にいるベジータの気だ。そして空気を震わせ、シュンッと悟空は消えた。
そして次の瞬間、悟空はCCの庭に降り立つ。ガーデンパーティーをしていたのだ。
そこで悟空が目にしたものは────
「ベジータ!!」
ベジータは確かにそこにいた。しかしその姿は。
「ご~~は~~ん~♡」
ベロベロに酔っ払い、頰も耳も肩も真っ赤にして悟飯の膝の上に跨り、真正面から抱きついている姿だった。確かに気は激しく乱れている。ついでに赤く染まった肩からタンクトップの紐は落ち、服装まで乱れている。
ベジータを膝の上に乗せている悟飯はほんのり頰を赤くしたビースト姿で、目の前に現れた悟空を見てヒュッと息を飲み顔色を変えた。
「あっ!!」
「……」
「お父さん違うんです違うんですお父さん!!」
悟飯は慌てて弁明をしようとしたが、悟空は「落ち着け」と手で遮りながら低い声で告げた。
「ベジータのヤツ、酔っ払ってるだろ」
「え、あ、はい」
「何があったのか説明してくれ」
「え、えーと」
CCでパーテイーが始まって、悟飯はたまたま同じテーブルにいたベジータと話していた。そこで“ビースト”の話になって、「変身してみろ」とベジータに言われたけれど「無理ですよ〜」と笑って断って。
最近、学会で発表したアリの研究についてベジータに熱心に話しながら、運ばれてきたワインに二人で口をつけて。
「それで気がついたら、こんなことに」
「……」
なんだか説明がすっぽ抜けている気がする。二人で酒を飲んでいたら悟飯はビーストになってベジータを抱っこするのだろうか。大方、酔っ払ったベジータにビーストになれとねだられて、同じく酔っ払った悟飯も気を良くしてビーストになった……そんなところだろう。これだけの気の爆発をさせているのに、誰もなんとも思わないのだろうか。
悟空は周囲を見渡す。ブルマはチチや18号やビーデルと楽しく女子会中。クリリンはヤムチャや亀仙人と話していて、悟空の姿を見つけて「お〜! 悟空〜!」とビールジョッキを片手に手を振っている。トランクスと悟天は顔を付き合わせて互いのスマホの画面を見てケラケラと笑っている。パンはマーロンやブラと遊んでいて、その側に付き添っているピッコロだけが心配そうに悟飯を見ていた。
悟空は悟飯を指差しながらピッコロとアイコンタクトをとる。ピッコロはやれやれといった様子で肩を竦めて首を横に振り、それはつまり悟空の予想は概ね当たっているだろう、ということを示していた。
しかし、誰も悟飯とべジータの様子を気にしていない。いいのだろうか。
まあでも、これもまた今の地球が平和で穏やかな証拠か。
悟空はコリコリと頰を掻いて「はあ」と小さく溜息をつく。そして悟飯の上に跨ったままのベジータの真っ赤な頰を人差し指の背でスリスリと撫でながら、少し笑って悟飯に告げた。
「こいつさ、酒弱えんだよ」
「へえ、そうなんですか……知らなかったです」
「前にビルス様の星でさ、ビルス様がふざけて神酒ってヤツをベジータに飲ませちまったことがあって」
「……」
「その時もベジータのヤツ酔っ払って、ビルス様に抱きついて離れなくなっちゃってさ。ビルス様も満更でもなさそうで、鼻の下伸ばしちまってさ」
「……」
「おめえも鼻の下伸びてんぞ」
「えっ」
悟飯は慌てて手で自身の口元を隠した。そして上目遣いでチラと悟空を見遣る。
……こんなによく喋るお父さん、珍しいな。そしてなんてわかりやすいのだろう、と悟飯は思った。
「オラの方がベジータのことをよく知っている」というマウント。そして「ベジータが抱きつくのは酔っ払っているせいであり、お前に限ったことではない」という好意の否定。
これは牽制だ。わかりやすすぎるほどの。
悟飯はビーストの赤い瞳を瞬き、悟空を見上げた。悟空の視線は悟飯ではなく、その上に跨り抱きついたままのベジータの背に注がれている。
悟空はもう一度ベジータの頰を指先でスリと撫で、身を屈めて顔を覗き込んで告げた。
「おーいベジータ、オラ来たぞ」
自分が一言そう声を掛ければ、ベジータはすぐに我に返って悟飯の上から降りるだろう。そしてオラの元に来るだろう。悟空は当然のようにそう思っていた。だが。
「……カカ……?」
「うん。オラ来たぞ。ほら、悟飯から離れろ。オラと行こうぜ」
「……。……やだ」
「え」
「悟飯の方がいい。悟飯の方が強いから」
「んな」
ベジータはプイと顔を逸らすと、再び悟飯にギュウウウと抱きついてしまった。
呆気にとられている悟空の前、フワリと漂うベジータの匂いが悟飯の鼻腔を擽る。
いい匂いだな、ベジータさん。それにすごく軽い。こんなに小さい人だったかな。ちょっとだけ抱きしめ返しちゃったりして……
そっと背に回そうとした手を、甲に血管が浮いた手にガシリと掴まれる。ハッとして顔を上げると、そこには自分と同じく銀髪になった悟空が悟飯を見下ろしていた。
「な、なに身勝手の極意になってるんですかお父さん!」
「ビーストのおめえとは一回闘ってみたかったんだ。……そろそろオラとやろうぜ、悟飯」
「ダ、ダメですよ! たぶん僕の方が強いですから!!」
思わず口走ってしまったその言葉。ピシリと音を立てて二人の周囲の空気が凍る。
「……おめえ、案外言うよな」
「え?」
悟飯の潜在能力の高さは悟空も認めるところだし、確かにセルゲームやブウ戦では悟飯のそれに頼ったこともあった。そして師匠であるピッコロを除けば、誰よりも悟飯の能力を高く評価しているのは他ならぬベジータだ。そのベジータが「悟飯の方が強いから悟飯がいい」などと言ったのだ。悟空の額にピクリと血管が浮き上がる。
悟飯のことは認めてる。ならばベジータも譲れるかというと、それは大違いだ。
「立て悟飯。やろうぜ」
「……。だそうですよ、ベジータさん。どうします?」
悟飯は悟空をチラリと見遣りながらベジータを抱きしめ、その耳元に唇を触れさせて低い声で告げた。その吐息と声にベジータの肩がピクンと揺れ、それを見ていた悟空の目元がピクと震える。こめかみに血管を浮かばせる悟空を見て、悟飯はニヤリと笑う。これもまた、わかりやすすぎる程の挑発。ビーストの獣たる凶暴性が、わざと悟空を煽っているのだ。
「……悟飯、おめえ」
「いつまでも子供だと思ってもらっちゃ困りますよ、お父さん」
「思ってねえよ。おめえはライバルだ。やろうぜ」
そうして二人がバチバチと火花を散らして睨み合っていた、その時だった。
ズシンズシンと地を揺らす足音が近づいてきたかと思うと、悟飯に抱きついていたベジータの首根っこが大きな手に掴まれる。そしてベリッと引き剥がされ、ポイッと放り投げられる。
それを慌てて悟空が受け止めた直後、ゴンッ!! と強烈な音を立てて悟空の頭にゲンコツが落とされた。その次には悟飯がゴンッ!! と同じく頭にゲンコツを喰らう。
「いっってえぇぇぇ〜!!」
思わず頭を抱えながら涙目で見上げると、目の前に立っていたのはオレンジ色の巨大な壁──ピッコロだった。
ズウウゥゥゥンという効果音がふさわしい威厳と風体である。その威圧感にタラリと汗を垂らす悟空と悟飯の前、ピッコロはスウと息を深く吸い込んだ。そして。
「何をやってるんだお前たちは!!!! いい加減にしろ!! ここは西の都のど真ん中だぞ!!」
あまりの剣幕と迫力に、悟空と悟飯はヒュッと息を飲んで一瞬で変身を解き、元の黒髪に戻る。
ピッコロは悟飯をギロリと睨み、指を差して言った。
「お前は飲みすぎだ悟飯!!」
「す、すみませんっ」
「悟空、お前は……」
「オラは一滴も飲んでねえよ。ていうかオラ酒飲んでも酔わねえし」
「お前はその酔っ払いを連れて、早くどっか行け!」
ピッコロは悟空に向かって水の入ったペットボトルを投げつけた後、腕の中のベジータを指差して怒鳴った。悟空は目を瞬く。
ピッコロはきっとわざと言っている。自分がそう怒鳴ることで、オラがベジータを連れてこの場を離れやすくなるように、と。
「……わかった。ピッコロ、サンキューな」
手を振る代わりにシッシッと追い払う仕草をするピッコロに、悟空はクスと笑って額に指を当てる。
そしてベジータと共に、空気に溶けるようにシュンッと消えてしまった。
それを見たピッコロは安堵の息をフウとつくと、元の姿へと戻り「やれやれ」と呟いた。そして悟飯をジロリと睨む。
「まったく。お前も安い牽制と挑発に乗っかりやがって」
「アハハ……、お父さんがムキになるものだから、つい」
「……」
「ベジータさんも可愛かったし」
「相変わらず迷惑なやつらだ、純粋なサイヤ人というのは」
「そうですねえ」
「いないと静かなのはいいが……少し物足りないか」
「……そうですねえ」
こうしてヤツらを見送ることが出来る回数は、あとどれくらい残されているだろうか。
ピッコロはそう思いながら、悟空とベジータが溶けた夜空を見上げた。
++++++
トンッ、と石の上に降り立つ音が夜の中に響く。
ふと上を見上げる。満天の星空が広がるここは、原生の自然に囲まれた地域。空気が澄んでおりどこか厳かでさえあるのは、ここが神に守られた神聖なる土地で、その遥か上空だからだ。
その中心に建つのは天へと続く白く細い塔────カリン塔。その丸い屋根の上に、悟空はベジータを抱きかかえ、降り立ったのだ。
もう少し上空に行けば神殿があるのだけど……
こんな夜に行くとミスター・ポポに怒られそうだし、デンデに迷惑をかけるのもナンだし。今日はなんとなくもう少し空から下の場所でベジータと星が見たかったので、やめた。
そういやコイツ、仙豆はよく食ってるくせにカリン様に会ったことはないんじゃないか。猫の神様だって知ったら驚くぞ。酔いが覚めたら会わせてやろう。
そんなことを思いつつ、カリン塔の屋根の上に腰を下ろし、自身の隣にベジータを下ろして座らせる。アルコールで溶けた身体には力が入っていなくて、すぐにふにゃりと崩れて悟空の肩へと凭れかかった。
「ヘヘ」
こんな風に、星空の下二人で並んで座って、素直に肩に寄りかかるベジータというのは珍しいじゃないか。悪くない。
悟空はベジータの髪の毛やら額やらに鼻先を寄せ、クンクンと匂いをかぐ。いつものベジータの甘い匂いの中に混じるのは、酒の匂いと、
「……悟飯の匂いがする」
こんなに匂いが移るほど身体をくっつけていたということだ。悟空は「ちぇ」と小さく舌打ちをすると、手にしていたペットボトルの蓋を開ける。そしてベジータの顎を掴んで上を向かせた。
「ベジータ、少し口開けろ」
悟空はグイとペットボトルの水を口に含むと、そのままベジータの口に自身の口を重ねる。つまり、口移し──キスをして水を飲ませる。ポタポタと互いの顎を水が伝って零しながらも、ベジータの喉がコクコクと水を飲むのを確認して、悟空は唇を離した。
ベジータはトロンと潤んだ瞳で悟空を見上げている。濡れた長い睫毛が艶かしい。酒のせいだろう、あまりに無防備な顔と姿。唇を親指でクイと拭った後、悟空はガシリとベジータの両肩を掴み、ジロリと睨んで告げた。
「……こら! おめえってヤツは! オラがちょっと目ぇ離した隙になにしてんだ!」
「……」
「悟飯の方がいいってなんだよ! おめえ、強え男なら誰だっていいんじゃねえか……!?」
「……強い男……」
「そうだぞ! ったく、おめえにはオラがいるだろ……! オラちょっと怒ってるぞ!」
目を三角にしてプンプンと怒る悟空の顔をジッと見つめたベジータは、気怠そうな声で「うるさい」と言ってグイと腕を押し退けた。
そしてその肩にふにゃりと寄りかかりながら、潤んだ瞳で星空を見上げる。
「……理不尽だと思わないか……」
「へ?」
掠れた小さな声で問われて、悟空は眉を寄せて聞き返す。
急になんだ、なんの話だ。
隣に座るベジータの顔を覗き込んだが、ベジータの視線は星空に向けられたままだった。その視線の先を追うようにして、悟空もまた星空を見上げる。
無言のまま、ベジータにその言葉の先を促す。
「悟飯と色々話をしてたんだが……最近のあいつは学者の仕事を頑張っていて……」
「うん」
「ここ数年、修業などほとんどしていないようだった」
「ああ、うん。そうだな」
「なのに……感情が爆発した、たったそれだけであのパワーに目覚めたんだぞ」
「ああ、ビーストのことか」
ベジータはただ酒に酔って悟飯にビーストにならせたのではなく、その力を直接目の前で感じたかったのか。
「それから、ピッコロも」
「ピッコロ?」
「ドラゴンボールに潜在能力を引き出してもらったらしいが……あれ程の力を今まで隠し持っていたなんて」
「ああ、オレンジ色のピッコロな。身体もでかくなってすげえよなあ」
「あんな凄まじい力があるのに、二人とも闘うことは好きじゃないときてる」
「あー」
「そんなのアリか」
「あー……そういうことか。ハハ」
なるほど。
悟空はやっと理解する。
これは愚痴だ。ベジータの愚痴。高潔でプライドが高く、恐ろしく自分に厳しいベジータにとっては、おそらく初めてではないかと思うような、ただの愚痴。
酒でも飲まなければやってられなかった、そういうヤツだ。
「……ずるいだろ……」
「うん?」
「オレたちがここまでくるのに、どれだけの努力をしたと思ってるんだ」
「……あー」
確かに。言われてみれば、それはそうかもしれない。
自分たちは神の領域たる強さを得るのに、それこそ血を吐くほどの努力をした。誰よりも様々な強敵と実戦を重ねてきた。強くなることへの渇望に重きを置き、地球に帰る日々が少なくなった。そこまでして漸く掴むことが出来た、神の極意の入口。
だが悟飯とピッコロは、そうした年月や努力など吹き飛ばすほどの力を一瞬で見せつけてきたのだ。
二人が努力をしていなかったとは言わない。ピッコロは日々の厳しい鍛錬を続けているし、悟飯だって学者の夢を叶えて頑張っている。それはもちろん理解している。
でも。
「くやしい……」
「ハハ、そうだなあ。言われてみればオラもくやしいや」
「……おまえはよくがんばってるな、カカロット」
「え」
「えらいぞ」
そう言って伸びてきた手は、悟空の髪の毛の中に優しくくしゃりと差し込まれると、ナデナデとその頭を撫でた。まるで親が子供にやるような仕草。それとも王子様が下級戦士を褒めてつかわす、それだろうか。
なんだか気恥ずかしくもあるし、でも嬉しくもある。追いつ追われつの関係であるベジータが、こんな風に素直に悟空を認めてくれるなんて、普段は絶対にないから。
「おめえに褒められるとは思わなかった」
「……」
「嬉しいな。ありがとな」
悟空はベジータを見つめてニコリと笑う。そしてもう一度星空を見上げ、静かな低い声で言った。
「まあでも……悟飯とピッコロのおかげで、地球は無事だったしな」
「……」
「オラたちはその間、好き勝手やってたワケだし」
「……」
「それにさ、くやしいけどちょっとワクワクしねえ? 悟飯とピッコロの強さ」
「する。だからくやしいんだ」
「ハハハ」
ムウと口を尖らせてまた怒り始めたベジータに、悟空は吹き出して笑う。
なんだか嬉しいな。こんな風にベジータと並んで、星を見上げながら、穏やかに語り合うような日が来るなんて。
「また頑張るしかねえさ。オラたちは」
「……」
「オラ、おめえと修業するの好きだしさ」
「……」
「頑張るのも、頑張っても全然うまくいかねえ時も。それはそれで、結構悪くねえと思ってるよ」
「……」
「おめえがいてくれるから」
そう、ベジータがいつもオラの隣にいてくれるから。
だから、どれだけ悔しいことがあっても、修業が苦しくても、先に続く道は長くても、果てないほどに遠くても。オラはワクワク出来るし頑張れるんだ。
共に生きてくれる相手がいる。どれだけオラが強さの先を目指しても、ベジータは決してオラを孤独にしない。そのために努力してくれる。
それは涙が出そうになるほど幸せなことなのだと、悟空は近頃、よく思う。
「……最近はさ……なんだか」
「……」
「おめえがオラの隣で生きてくれていたら、それで十分って気もしてる」
「……」
「この先も、オラとずっと一緒にいてくれな」
「……」
「好きだよ、ベジータ」
重ねた年月、築いてきた絆。その先に辿り着いた想い。
満天の星空の下、万感の想いを込めて深い声色で、悟空はベジータに告げた。
それは告白であり求愛だった。プロポーズにも近い、言葉。
するとベジータの手が再び悟空に伸ばされる。そしてその手は────ムンズと悟空の前髪を鷲掴み、グイと引き寄せる。そしてゴンッ!! と強烈な頭突きをかましてきたのだ。
「いっ……っ」
「……」
「いってぇぇ! な、なにすんだおめえ! オ、オラ、今すげえ重要なこと言ったと思うけど!?」
「なにがじゅうぶんだ! オレは全然じゅうぶんじゃないぞ!」
「え」
「オレは全然カカロットが足りない! もっとオレとたたかえかかろっと!」
ベジータはそう怒鳴ると、悟空の肩と背に腕を回してガバリと抱きついてくる。真正面からギュウギュウと抱きしめられて、悟空は眉を下げてタハハと笑いつつ、ハアと溜息をついた。
「なんだよも〜〜…、おめえ、結構面倒くせえ酔っ払いだよなあ」
「かかろっと」
「……でも可愛いや」
「かかろっと」
「うん」
舌ったらずな声で何度も名前を呼ばれて、悟空の胸はキュンキュンと鳴る。寄せられた頰にチュとキスをすると、抱きついていたベジータは少し身体を離し、悟空をジッと見つめる。二人は見つめ合う。
そして、どちらからともなく、キスをした。
悟空は唇を触れ合わせるだけのキスのつもりだった。だがそれで終わらせなかったのはベジータだった。ヌルリと舌が悟空の口の中に入り込んでくる。酒のせいだろうか、高まった想いのせいだろうか。いつもよりずっとベジータの舌が甘く感じる。そのままヌチヌチと絡ませていると、二人の混じり合った唾液が飲みきれずに顎を伝って垂れ、その感触に悟空の肌はザワザワと粟立つ。ベジータから漂う甘い匂いは、暴力的なまでに強烈になる。そうして呼び起こされるのは、明らかなる性欲。欲情だ。
(やべ)
キスをしながら、悟空の手はいつの間にかベジータの胸に触れていた。薄いタンクトップの上から揉みしだくと、すぐにその下の乳首は芯を持って尖り始め、その存在を悟空の指に主張する。服の上からカリカリと引っ掻いたり摘んだりしてやると、ベジータは唇を合わせながらも「んっ」「んぅっ」と甘く喘ぎ始めた。
(いつもよりすげえ素直だ。……やべえ)
このままじゃ、お互い止まらなくなる。カリン塔の屋根の上でさすがにそれはやべえ。
悟空はキスをしていた唇を離すと、「あ、あのさ」とベジータに声を掛けた。するとベジータはドロリと溶けた瞳でギロリと悟空を睨む。そして悟空が口を開くよりも先に、ベジータは告げる。
「したい」
「え」
「したい、カカロット」
「え、ちょっ」
「はやく、……めちゃくちゃにしてほしい」
普段のベジータからは絶対に聞けないような台詞。なんて面倒くさくて可愛い酔っ払いだコイツ!!
悟空の瞳はギラリと光ると、ベジータを横抱きにしてガバリとカリン塔の屋根の上で立ち上がった。ごめんカリン様、今のベジータはさすがに会わせられねえや、また今度な!
額に指を当てる。
「ええとええと……何処に行こうか」
神殿が一番近いけど、さすがに目的が明け透けすぎてポポに怒られるだろう。
CCに戻るのもナンだし……カメハウスは亀仙人のじっちゃんが留守だし……
ええとええと。
そうして考えているうちに、悟空はクスと笑ってしまった。
何処だっていいや。ベジータと一緒なら、オラは何処へでも行けるから。
「な、ベジータ。今からちょっと遠いところに行くけど、いいか?」
「遠いところ……?」
「うん」
頷くベジータに悟空は笑って、もう一度額に指を当てる。
この先もオラはずっとこうやって、ベジータを連れ去っていくのだろう。
そうして最後にオラたちが辿り着く場所は何処だろうか。
ああ、ワクワクする!
悟空は高鳴る鼓動を感じながら、ベジータを抱きしめて溶けるように消えたのだった。
end.