we've gotta find a way back to what? 声が、音が、熱気があふれ返る。いくら踠いたところでこの渦から浮上することはできない。一郎は渦の中心になった男を遠巻きに見ていた。ライブハウスのステージの上で、入間と毒島を侍らせ怠そうにライミングする。他人を熱狂させておいて、自分はフラットで、けれども客のノリに満足しないと「声出せや」「足んねーよ」「聞こえねー」と煽る。海でよく見る、子供が海水をぶっかけてくる光景が過ぎった。
勝手で、高慢な男だ。
不快だと思うのに、一郎は目を離すことができなかった。バトルじゃないからといってやる気なさすぎだろ――と心中悪態づいて腕を組んだ。振動が寄りかかった壁から伝わってくる。腹の中まで小さく揺れる。慣れ親しんだ感触は昔から変わることはない。
ただ、目にすることは変化ばかりだ。昔の自分が見たら、なんて言うか。無意識に考え瞬間ヤバイと思った。引き返さないと。けれど思考というのは脳味噌の中を自由に動き回る生物で、意思をもってしても止めることはできない。誰かに回路を切ってもらわない限り、動き続ける。
走り出した思考を俯瞰して、一郎は強く手を握った。
たとえば――。
昔はもっと荒々しかった。声の出し方とか、音の乗り方とか。今はどちらかというと静かで、アンニュイな眼差しが目立つ。
昔はもっと笑っていた。誰よりも音を楽しんで、顔の真ん中をぐしゃぐしゃにして、ことあるごとにこっちを見て、声をかけきて、笑顔を見せた。憧れの大人の男という認識がぶれる瞬間だった。そうしようと思わなくても、同じように顔をしわくちゃにして答えた。そうすると肩を組んできて、ステージを暴れ回った。
対比するように網膜が透かすスクリーンを見た。
胸を満たすのは優越感だ。柔らかくて心地いいそれがくすぐったくて、つい油断したことさえ見逃した。
今は。
今はムカつくくらい美しい顔がしわくちゃになることはない。誰かと目を合わせても表情は変わらないけれど、説明のできない呼吸を感じた。肩の力を抜いて、ある程度のことはチームメイトに託している。そう気づかされる。
今は肩を組んだりしない。けれど火を分ける。入間の煙草から火をもらって細い煙をふうっと流す。相変わらず距離感のイカれた男だ。
二重に重なる映像にいつの間にか奥歯を噛んでいた。
いつまで固執するのだろう。
対比を止めない自分に呆れて、恥じた。いつまで昔を羨んで、縛られて、戻ってこないものに焦がれているのか。嫌気がさす。戻らないと知っているものを欲しがるなんて馬鹿馬鹿しい。
姿のダブる男を見据える表情が曇った。しかし、奥の方の双眸が動きを止めていることに気がついた。じ、とこっちを見る赤い視線が記憶の層を貫いて、一郎を刺す。心のある場所を的確に刺して、痛みではなく戸惑いを置いていく。
一郎は左馬刻から目が離せなかった。
全身を血ではなく微弱な電流が流れる。痺れると痒いの間が身体を張って回る。――やっぱり、勝手で、高慢な男だ。
ムッと口をひん曲げると、左馬刻は分かりにくい微笑を浮かべた。人の腹の底を盗み見るのがうまい奴だ。顔を背けたいのに、一郎は睨みつけるのをやめない。
「いち兄、そろそろ僕らも準備しましょう」
呼びかけられて顔を向けると三郎が浮足立った様子で見上げていた。
「おう、分かった。すぐ行くから先行っててくれ」
笑って頷く三郎を見送って、視線をステージへ戻したときにはもう左馬刻はこっちを見ていなかった。当然か、と失笑する。
ステージの照明は落ちて、暗闇に煙草の火がふたつ浮遊した。左馬刻の、誰の姿も見えなくなる。
さて、これからどうなってやろうか。上手に消える火を目で追って、一郎の思考はまた走り出した。