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    ogya_ru

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    ogya_ru

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    ドンパチバースデーになってしまったけども㊗️㊗️㊗️㊗️㊗️

    覚えてられっかそんなもん





     年の瀬が間近に迫った十一月。極道に繁忙期など……と思うかもしれないが、左馬刻はこの年で一番忙殺されていた。
    「テメェ芋引くんじゃねーよクソが」
     暗い寒空の下で腕を折った相手を蹴倒し、その頭を躊躇なく踏み潰した。周りには同じくぼろ雑巾のように男たちが伏している。今日は早朝から目が回るようだった。
    「ったく、ちまちま来んじゃねーよ。ガッとまとめて来いや」
     ジッポをカチンと鳴らして溜息と紫煙を同時に吐いた。

     午前四時、抗争相手の事務所へ二tトラックで、左馬刻直々にゴアイサツに伺うところから始まった。それからは互いのシマに乗り込んだ害虫駆除に汗を流し、昼時にはいつもの中華屋でチャーハンと餃子をかき込みながら突入してきたコバエを叩き潰した。片手にチャーハンもう片方にレンゲを握り締め、椅子を蹴飛ばし呆気に取られている舎弟に発破をかける。
    「テメェらこの野郎飯ぐれぇ静かに食わせろや!」
     米粒を飛ばして怒声を上げた。ラーメンを投げつけた舎弟に頭突きをお見舞いして「食いもん無駄にすんなドグソ」と乱闘の最中だろうが、教育は忘れていない。若頭然として掃除を終えると、店へのアフターケアも決して怠らない。
    「わりぃな親父、これで足りなかったら連絡くれよ。ごちそーさん」
     ヤクザはカードなど持てない。分厚い財布からごっそり札を抜き取って、冷や汗を垂らした店主へ渡し、コバエを担ぐ舎弟を引き連れ中華屋を出た。胸元の血を見て舌打ちした。
    「きったねぇな。すり身にして魚の餌にしちまうぞクソが」
     前をゆく舎弟の肩で項垂れる頭を思い切り殴った。中華屋につけていたフルスモークのハイエースにホイホイしたコバエを投げ入れているのを見るともなく眺め、ちょうど煙草に火をつけたとき「碧棺ィィィィイ!」と怒号が轟き目をやる。
    「ハッ、また湧きやがったか」
     煙草を銜えたままニヤリと片頬で笑みを浮かべ、ぐるんと首を回す。相手になってやろうじゃねぇか、と好戦的に眼光を光らせ足を向けると一匹だった害虫を囲むようにどこからともなく有象無象が集結した。
     しかし左馬刻は狼狽えず、平然とした顔で一歩出た。
    「駄目っすカシラ、あの数はさすがに無理ですって!」
    「アア? テメェそれでもタマァあんのか」
    「タマはありますけどいくつも無いんです」
    「日和ってっとテメェらからブチ殺すぞ」
    「頼みますってカシラァ!」
     雄たけびを上げて大きな群れが動き出した。左馬刻はかかってこいやと叫んだが、舎弟たちに羽交い絞めにされハイエースへ放り込まれた。獲物を目にした狂犬ほど手に負えないものはないだろう。左馬刻は発散し損ねた鬱憤を雪崩れ込んできた舎弟に拳でぶつけた。
    「ひっ、カシラァ! 勘弁してください!」
    「なにが勘弁だボケ! テメェら恥ずかしくねぇのか!」
     左馬刻からすれば気に食わない鬼ごっこで昼間のほとんどを費やした。それに付け加えて公僕からの小言まで耳にする羽目になる。電話相手くらい確認しておけば、と左馬刻は苦虫を噛んだ。
    『お前はなにをやっているんだ!』
    「っせーな銃兎! テメェの声量イカれてんのまだ分かんねぇのか!」
     同乗している舎弟が一斉に耳を塞いだ。
    『イカれてんのはテメェの頭だクソボケが。俺はまだ騒ぎを起こすなと言ったはずだ』
    「サツに待てっつわれて大人しく待ってる極道がいるかボケ。こっちは顔で商売してんだよ!」
     電話を切ってスマホを投げた。助手席の舎弟の側頭部にヒットして「ひいっ」と情けない悲鳴を耳にし舌打ちした。
     自分で言ったとおり顔で食っている商売なのだ、任侠は。
     年の瀬には連日の会合が控えている。系列の集まりばかりではなく、休戦協定を結んでいる組や組長の兄弟分が一堂に会する場にも顔を出す予定だ。どうも、皆さん本年もご苦労さん。来年もお互い気張りましょうや。なんて、どの酒の場ものほほんとしている訳がない。来るのは全員ヤクザだ、ヤクザ。
     同系だろうが休戦だろうが兄弟分だろうが、集まるものは皆黒い腹に一物も二物も抱えてつけ入る隙を見せようものならこっちの腹に風穴が開けられる。飲み会などと気安さを装って取って食うチャンスに目を光らせているのだ。今年の汚れは今年のうち、それも誰よりも早いうちに――
    「チンタラ走ってんじゃねぇ! さっさと見つけろや!」
     酒を飲むなら少しでも気分のいい方がいい。

     街中で見つけるのは下っ端の歩兵ばかりだった。片っ端からしばき上げ、今回の絵図を描いた舎弟頭の居所を問い詰めるがすべて空振りだった。空が赤くなったのは一瞬で、暗くなってからずいぶん経っている。
    「ったく、ちまちま来んじゃねーよ。ガッとまとめて来いや」
     冷たい潮風に紫煙が流された。左馬刻は白目を剥いて倒れている男の背に腰掛けて、後始末と情報収集に走る舎弟たちを見るともなく眺めた。さっきからポケットが騒がしい。尻を浮かせて液晶の割れたスマホを睨みつける。
    「なんの用だ。ウサちゃんと世間話してる暇ねーんだよ」
    『そんなこと言っていいんですか? 善良な一般市民――とはいえ元海軍ですが、あなたの喜ぶ情報を提供いただいたので連絡したんですけどねぇ』
     上がる言葉尻の調子で、どんな性格の悪い笑みを浮かべているのか容易に頭に浮かぶ。
    「姑みてぇにキレてんじゃねーよ。詫びに締め上げた奴ら全員署にウーバーしてやったぜ?」
     肩をすくめて笑う。
    『頼んでねぇよ』
     銃兎が不満そうに一蹴した。スッと吸い込む息遣いが聞こえて、左馬刻は鼓膜を守るためにすかさず口を挟んだ。
    「んで、俺様が喜ぶ情報ってのはなんだよ」
     その問いに答えたのは溜息をついた銃兎ではなかった。
    『小官から説明しよう』
    「よぉ、善良な一般市民の理鶯くん」
     そう言って笑ったが電話口の元海軍は鼻笑いさえしなかった。
    『今日の一件は傍受しているのですべて把握している』
     善良な一般市民が聞いて呆れるぜ、と思ったが口にはしない。ワッと前髪を逆立たせる風に舌打ちして髪を掻き上げた。
    『結論から言おう。左馬刻の探している男はまもなく、そうだな、二分十五秒後にそちらに到着する』
    「ア? マジか」
    『ああ。マジだ』
     左馬刻は眉を顰めた。こいつ今マジっつったか? さっきのジョークにはクスともしなかったくせに、低い声は楽しげだ。
    『戦闘において頭を叩くのは最優先事項だ。頭の在り処が不明のままでは戦闘は長引き、捜索へ人員を割かねばならない。だが貴殿は手足を潰すことに尽力し、躍起になった頭が自ら出てくるように仕向けたのだろう? よい作戦だ』
     ――やはり左馬刻はよい軍人になる。と理鶯はおもちゃを与えられた子供のように無邪気に言った。
    「あー……おう。まあそんなとこだわ」
     陰険な眼鏡の鼻笑いが聞こえて舌打ちした。しかし銃兎は追い打ちの手をゆるめない。
    『よかったですねぇ。手間が省けて。まあ情報によれば、組員のほかに金で雇った半グレ・チンピラも合せてザッと五十人程度で向かっているそうなので、せいぜい頑張ってください』
    「――ふざけんな理鶯こっちに貸せ」
     風が吹きすさぶ埠頭は、泡を吹いた男か三人の舎弟しかいない。腰に差した銃を確かめたが弾は空だ。
     ダルい。
    『申し訳ない、誰かさんのおかげで理鶯の手を借りるほど忙しいんです。まぁ片づいた頃には骨くらい拾いに行きますよ』
    『すまない左馬刻。だが貴殿なら問題ないだろう、健闘を祈る』
     黙り込んだスマホを三秒見下ろし、すぐさまリダイヤルしたが銃兎は応答しなかった。潮風があらわにした額にくっきりとした青筋が浮かぶ。
    「あんのクソ兎」
     次に会ったら眼鏡ごと顔面を叩き割る。そう決意してプッと煙草を飛ばしたときだ。
    「よお碧棺、ずいぶん暴れてくれたみてぇだな」
     顔を上げると慌ててこっちへ走り込んでくる舎弟と、その向こうにでっぷりとした贅肉をベルトの上に乗せた男が立っている。へらりと笑みを浮かべてゆっくり歩み、大群を引き連れていた。金縁の眼鏡なんてクソほど趣味が悪い。小物のきつい臭いがする。
     左馬刻は怠そうに立ち上がり片頬で笑った。
    「身体が重くて出てこれねぇと思ってたけどなぁ」
     安い挑発に男は表情を消して足を止めた。
    「――んな口叩けんのも今の内だぞ」
     数の優位性に高を括っている馬鹿の群れも立ち止まり、思い思いのヤジを飛ばす。競輪場のジジイどものヤジの方がもっとマシだろう。どいつもこいつもまったくもって小物だ。
     舎弟の制止に耳を貸さず、左馬刻は前へ出た。劣勢であるこの状況でも涼しい顔をして、空のハジキをぶらぶらゆらして街中を闊歩するように群れへ近づく。目算五メートルほどで脚を止め、金縁眼鏡の奥の切り傷のような細い目をせせら笑う。
    「出荷の時間だぜ。ブタちゃん」
     顔を真っ赤に染め上げた男が怒号を上げたと同時に左馬刻は振り被った。弾のない銃が金縁眼鏡を割り、男の鼻から血が噴き出した。せいせいして思わず声を張り上げる。群れが湧く。向かってきたひとりの腹を踏みつけるように蹴飛ばし、次は拳を振るう。取り囲まれ、羽交い絞めにされたが遅れてきた舎弟が引き剥がした奴の顎を打ち上げた。
    「おっせぇんだよダボが!」
     すいませんと叫ぶ舎弟が殴り殴られるのを横目に、目の前に飛んできたナイフを避けて伸びきった腕を掴む。枝を折る要領で骨を折った。今日折った腕はこれで何本目だ? と余計な考えを頭でしつつ、半狂乱で叫んでバットを振り下ろそうとするクソガキの首に膝を入れた。力が入りすぎたのかガキが軽すぎたのか、大袈裟にすっ飛んで黒い海にどぼんと落ちる。左馬刻は大笑いした。殴られて鼻血が出たが笑い声が口を突き破って埠頭に響き渡る。男の塊に飛び込んだ。骨が軋み、皮膚が裂ける。けれどその感覚は麻痺している。
     どんなに殴っても蹴っても、舎弟が全員伏していても左馬刻の口角は固定されたように吊り上がっていた。群衆は次第にその狂気に飲まれ頬を強張らせる。
    「こんなもんで俺様のタマァ取れるとでも思ってんのか?」
     赫赫とした瞳が暗い海を背に浮かぶ。内臓が震えあがるほどの恐怖を煽る光を放ち、縦横無尽に暴れている。赤髪に向けられた銃口をそいつの太腿に捻じ曲げためらいもなく引き金を引き、長髪の男が振り回すドスを奪い足の甲に深く突き立てる。ひとりまたひとりと絶叫した。ちらほらと逃げ出す男もいて、雑魚が密集していた埠頭はずいぶん見晴らしがすっきりしてきた。
    「もっと遊んでけや」
     蒼白の面差しに微笑みを湛えて一歩踏み出す。
     血が上った左馬刻の脳味噌は肝心なことをふたつ忘れていた。ひとつ、金縁豚野郎がいない。ふたつ、窮鼠猫を嚙む。
     背後で雄叫びが聞こえた。ああん? といかにもガラの悪い声を響かせて振り返った――瞬間、ゴンと物騒な音が頭蓋で反響する。同時にどす黒い静かな海がぐらんぐらんと大きくゆれて、それを止めようと瞼を閉じ、かぶりを振ると膝が崩れた。最初に聞いた音がまだわんわんしている。左頬のすぐそばで火が上がっている、気がした。
     ――錯覚だ。
     そう思って左馬刻はカッと目を見開いた。小刻みに震える二本の脚が見えた。曇ったレンズ越しに見ているみたいで、輪郭は曖昧だったが判別はできる。脚を這うように視線を上げると顎を落として唖然としている男に見下ろされていた。視線を落とす。手が握り締めているのは鉄パイプだ。
    「ひいっ」
     いやに静まったその場で、小さくて弱々しい悲鳴は際立った。けれど左馬刻の耳にそれは届かなかった。まるで空気が感触を持ったように手の運びを邪魔する。ナメクジのようにのろのろと腕を伸ばして、だが冷えた鉄を掴んだ力は途轍もなく強い。視線を上げた。テールランプのように赤い眼光が尾を引く。
    「……てぇな」
     ぼぞりと呟いて眉を顰めた。口をもごもごさせてプッと血を吐いたが、小さな白い塊がふたつ、一緒に飛び出して行った。冷たい目で絶句している男を見上げる。思い切り腕を引くと鉄パイプを簡単に奪った左馬刻は、それを支えに立ち上がった。嘘だろ、マジかよ、冗談じゃねぇ――と痩せた群れが囁いた。どれも左馬刻の耳を素通りする。
    「おうクソガキ」
     呼びかけたクソガキは、左馬刻の目には波のようにうねうねして見える。警鐘のように甲高い耳鳴りが止まない。手が痺れる。身体が熱い分、夜風が冷たく心地いい。感じ入るように目を閉じて軽く息を吐いた。
     スッと瞼を上げて縮こまる男を見る。
    「頭かち割るのはこうすんだよ」
     飛んできた白球を打ち返すように腰を入れて振り切った。卒倒して動かなくなった身体に、駄賃のつもりで二度蹴りを入れると固唾を飲む観客へ振り返る。
    「――次ぃ」
     出口の見えないトンネルの奥から響くエンジン音のように、低くかすれた声は身体を震わせる。自由に動くことができないほどに。
    「テメェらプロに喧嘩売ったんだ。気張ってこいやこの野郎!」
     ぶん投げた鉄パイプが左手前の坊主に直撃した。投げたと同時に走り込んだ左馬刻は立ちすくむ男を殴る。手近な奴から殴って蹴って、逃げる背中の首根っこを掴んで投げ、暴れた。
     そこに立っている姿が消えて、ようやく止まる。
     糸が突然切られたみたいに脚から力が失せ、座り込んだ。倒れていた男がちょうどクッションになり、ぐえ、と潰れたカエルと聞き間違える声を上げたが当然退いてやる気はない。パンツのポケットから潰れた箱を引っこ抜いてひしゃげた一本を銜える。
    「たいしてタマも張れねぇくせに吠えるんじゃねーよったく」
     火をつけて思い切り吸い込んだ。途端、口の中で煙草と血の味が混ざって思い切り顔を顰めた。慰めるように薫りの強い潮風が頬を撫で、紫煙を暗い空に溶かす。
     カチ――。覚えのある音が背中から聞こえた。左馬刻は深い溜息をついて顔を覗かせる。
    「まだいたのかブタちゃん」
     両手で構えた黒い銃身はまっすぐ左馬刻へ向いている。
    「テメェはここで終いだ」
     真っ赤になった鼻がふごふご鳴っている。まんまブタじゃねーかと左馬刻は蔑視を注いだ。そして視線を逸らす。
    「最後に言いてえことがあんなら聞いてやるぞ」
     それを目にして顔を白けさせる。一言口にした。
    「ブタ、後ろ」
     男は振り返った。

    「どうも萬屋ヤマダです」


     取ってつけた笑顔で、一郎が男を殴りつけた。いい角度で拳は入った。あれではブタは立ち上がれないだろう。姿勢を戻して左馬刻は煙草を喫った。転がった銃を海へ投げて、一郎が歩み寄ってくるのを音だけで悟る。音が止まった。
    「なんでお前がいんだよ」
     どうせすぐそばで見下ろしているんだろうと、声は張らなかった。
    「仕方ねぇだろ。依頼だ、依頼」
     左後ろから声がする。
    「はあ? 銃兎の野郎ふざけた真似しやがって」
     ムカつくすまし顔が頭に浮かんで目を眇めた。しかし視界の端になにかがチラッと映り込み、左馬刻の表情から険しさが消える。横目をやると新しい煙草の箱が顔のすぐ横にあった。顔を上げて訝しみつつ訊く。
    「んだよこれ」
    「入間さんからだ」
     愛想のない顔で差し出されたので乱暴に取って舌打ちした。たかが煙草ひとつを届けさせるなんてどういうつもりかと銃兎にも苛立ちが募る。
    「んでこっちは毒島さん」
     だが見たことのある水筒を目にするとその感情はすべて消えた。中身はアレだ、不味すぎて卒倒するヤクよりヤバいやつ。
    「……お前にやるよ」
    「ハァ? 左馬刻にって預かってんだぞ。ふざけたこと抜かしてんじゃねえ」
     なかば殴る勢いで押しつけられ、左馬刻は渋々受け取った。平凡なライトブルーの水筒を見下ろして神妙な面持ちで、さてこの劇薬はどうしたらいいかと考え込むが邪魔が入る。
    「で、これは合歓ちゃんからだ」
     思いもよらない名前が出てガバッと一郎を見上げた。
    「んで合歓とお前が会ってんだよアァ?」
     ぐらんと目眩を起こした。めんどくせぇという顔の中に少しだけ心配も入り混ざるけれど、一郎は表情のまま「めんどくせぇ野郎だぜ」と呟く。辟易とした態度を醸し出してブルーの包装紙に丁寧に飾られた手のひらくらいの小箱を差し出す。
    「マジで合歓からか?」
    「お前マジで気づいてねぇの?」
     眉を顰めて左馬刻は一郎から箱をぶん取った。海へ目をやる男を気にしながら包装紙をそっと剥がす。本当に合歓からの物だったらと思うと、無碍には扱えない。
    「嘘だったら殺すぞ」
    「いーからさっさと開けろよ馬鹿」
     舌打ちしながら一郎を海に突き落とすのを想像していたが、白箱の上のメッセージカードを手にして頭の光景は打ち消される。
     ――お誕生日おめでとう。身体を大事にしてね。
     合歓、と書かれていなかったとしても慎ましくて丸っぽい字は妹のものだとすぐに分かって、冷めない熱をもつ身体が静かになる。
    「ああ、そうか」
     柔らかな声音が頬までゆるませた。
    「お前がマジで忘れてたのか。アホだな」
    「うるせーわ」
     不愛想に言い捨てて蓋を開けた。眉根をきゅっと絞って思わず思わずマジか……と口から出た。指に挟んだ煙草からポロリと灰が落ちる。
     鼻から抜ける笑声が上から聞こえた。
    「笑ってんじゃねーよダボが」
    「お前に禁煙させようなんて、合歓ちゃんは只者じゃねぇな」
     忌々しそうに目を歪めて、左馬刻は手元に目をやる。爽やかなパッケージの禁煙ガムが、微かなプレッシャーを滲ませている気がしてならない。
     気まずそうに元通り包装紙にくるんで、短くなった煙草を深く喫ってゆっくりゆっくり吐き出した。煙と一緒に身体からなにかが消えていった気がする。
    「どうすんだよそれ」
    「ほっとけクソガキ」
     脱力した声で答えた。
    「お前は手ぶらかよ」
     うまく話を逸らせたらしく、見上げた顔は眉を顰め、それから少し考え込むようにあたりに視線をやった。ふいに後ろへ向いて、一郎は指をさす。
    「あれで充分だろ」
    指の先を見ようと左馬刻は身体をねじった。錆びついた歯車みたいに動きが悪い。
     築いた屍の中で一際目に留まる肥え太った身体が見えた。あれはまるでチャーシューだ。
     舌打ちして、火種の尽きた煙草をピンと弾き飛ばす。
    「……あんなもんいるかよダボ」
     うっ血して痛々しく腫れた頬は穏やかに微笑みを浮かべた。
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