貴方は俺の俺は自分の目が嫌いだ。特異で視線を引くこの不可思議な目を持つ俺自身も…全てが嫌いだった。
白黒の廊下に響く俺の足跡、美しい装飾が施された廊下は全てレベリオ様の趣味だ。流石はレベリオ様、素敵なご趣味だ。
頼まれたコーヒーとビスケットを持ってレベリオ様の部屋へ向かう途中、目線の端に映ったのは共に働く召使い達だった。
(仕事中に話すのか、いい加減な態度だな)
あいつらがどうなろうと俺には関係ない。
気づかれる前にさっさと行こうとしたが、俺は聞こえた言葉に思わず足を止めてしまった。
「ホロロギウムの目ってキモくね?ずっと時計の針みたいに動いてんだよ」
「あ!めっちゃ分かる。俺あれ無理だわ」
…あぁ、クソ。なんで足なんか止めたんだよ。聞きたくもない陰口に耳を傾けるなど馬鹿がすることというのに。
「でさ、俺思ったんだけどよ…あの目って売れば高いんじゃねぇの?」
「お前マジで言ってんのか?あの人、レベリオ様のお気に入りだぜ?無理だろ」
「ばーか、あいつ気に入られて調子乗ってんだろ?それの憂さ晴らしもあるっての。
ちょっと目にかけて貰ってるだけでイキるとかヤバイだろ」
「それなー!」
下品な笑い声と共に侮辱する言葉が数々と聞こえてくる。
俺の目は言っていた通り売れば高い。希少性が高く、俺が望めば世界各地の時刻が丸分かりだ。そんな能力に目を付ける輩もいる訳で。
(レベリオ様が待っている)
自身の責務を忘れるところだった。今の事など忘れて歩こうとした時、耳にある人の声が入ってきた。
「俺の使い魔のことを随分と貶してるじゃねぇか」
「え………レ、レベリオ様?」
「なぜこのような場所に…」
先程まで部屋におられたレベリオ様だ。
陰口を言っていた者共の前に現れ、なにやら話しているようだ。
「胸糞悪ぃ話しやがって。文句を面に向かって言えねぇ臆病者が、何で俺の使い魔を侮辱してんだ?あ?答えろよクソ共が」
怒涛の汚い言葉で攻めていくレベリオ様。
話していた奴は分が悪くなったのか、謝って逃げるようにその場を去っていった。
「……盗み聞きとは感心しないな、ホロロギウム」
「この度は大変失礼いたしました、レベリオ様。…つい、耳にレベリオ様のお声が入ったもので」
「ふん、お前も意気地無しだな。どうせ陰口を聞いていたのだろう、なのに何故何も言わなかった」
「……一理あると思ったからです」
「は?」
流石にこの歳になって皆から好かれようとは思わなかった。陰口が聞こえてもその人とは合わなかっただけ、それだけだと認識していた。
でも昔の癖なのかなんなのか、他人の意見には人一倍敏感だった。自身の評価が気になって仕方がない、その欲求は成長した今も無くなっていなかった。
「私の目は特異なものです。他の人とは違った変わった目で、それに嫌悪を示す人もいれば価値を見出す人もいます。
…今回は嫌悪を示す方だった、それだけです」
「…………」
レベリオ様は分かりやすく顔を顰めた。
不快な話をしてしまった、そう思い嫌な汗が垂れる。レベリオ様に見放されたら俺は…遅いかもしれない言葉を撤回しようとした時、レベリオ様は口を開いた。
「ならば俺はどれだ?」
「………え?」
「こんなくだらねぇ事で一喜一憂してんじゃねぇぞ。聞きたくもない他人の評価がお前と何の関係がある。聞くべきなのは良い評価だろ。
嫌悪とか憎悪とか…くだらない。
お前はお前だろ」
「…………」
世界が明るくなった気がした。
見えなかった黒い壁が壊れ、その先から一筋の光が俺を照らした。目線の先には…レベリオ様が立っていた。いつもの顰めっ面で腕を組み、澄んだ黒の目が俺を射抜いた。
「木に縁りて魚を求む、クソの意見で自我を見失うな。そんな奴の言葉を聞くくらいなら俺に尽くせ、俺に全てを捧げろ。
ホロロギウム、お前は俺を見ていろ」
「レベリオ様…」
レベリオ様は本当に俺を夢中にさせるのが上手だ。レベリオ様はいつも俺の光の先に立っている、いつも俺の方を向いている。
「…俺の心にはいつもレベリオ様がいました。いつも俺の光の先にいて、いつも立っていて……これじゃ、いつまで経っても駄目なままですね…」
「俺は駄目で使えねぇ奴は傍に置かない主義だ。そういう奴を見てると腹が立ってくる」
「!…………期待しても、よろしいのですか?」
「勝手にしろ」
少し調子に乗った発言をしてしまった。が、レベリオ様は何でもないという態度だ。
レベリオ様は気に入らないものを傍には置きたがらない。つまり………そういうことだろう。
こんなの、期待してしまうじゃないか。
「おい、モタモタするな。さっさと戻るぞ、ホロロギウム」
「はい。ただいま」
レベリオ様、やはり貴方は俺の救いだ。
「…私じゃなくて俺になってたな」
「あっ」
「ふん、別にどうでもいいけどな」
「…はい」