せいぎ「正義とはキミのことだ」
そう言われたのはいつだっただろう、もう覚えていないほど昔のことだ。
幼い頃から叩き込まれた言葉に、今では何の疑問すら抱かない。皆はそれを洗脳だと言うが、ボクはそうとは思わない。
「偽の正義とかさ…言うだけなら簡単だよね。己の信念すら無い人が何言ってるのか」
稀にボクを指さして『偽の正義だ』『偽善者』と呼ぶ者がいる。
偽、じゃあ何が本物なのか。
疑うことは簡単だ、ただ口に出すだけでいいのだから。なら、本物は?キミにとっての『本物の正義』とは何か、そう聞くと皆は黙る。
「ボクが手本にならなくちゃ、ボクが皆を、国民を正さなくては。
それが…ボクに望んだことなんですよね。父上、母上」
決められた道を歩くことは苦じゃなかった。むしろ、それが普通だと思っていたんだ。
一日中勉強、勉強、勉強の毎日。基本から応用、更には専門分野すら学ぶ事を強いられた。
己の在り方など…選ぶ権利すらなかった。
「正義に定義は存在しない。だからヴァイス、キミが決めるんだ。
キミが正義となるんだ」
「はい、父上」
両親は完璧主義者だった。全ての事柄において、白黒ハッキリつけたい人達だった。
そんな2人は定義されていない『正義』が嫌いだったようだ。
だから両親はボクに望んだ、キミが正義になれと。
それからボクは正義になった。
自信家の父上と慎重な母上に育てられたボクは、大人すら尊敬する『違わない正義をかざす』ヴァイスとなった。
ボクにとっての正義は悪を裁き、すべての悪を根絶させること。
「単純じゃないんだよ。悪を裁くのは。
皆、正義のラインが分からなくて悩んでしまう。でもそれは今までの話。
ボクが天王になってからはそんなことなくなった」
ボクという完璧で、揺るがない、絶対的な正義が出来たのだから。
「偽の正義でイキってんじゃねぇぞ」
でも、憎きあいつがボクを否定する。
幼い頃から築き上げてきた『ボクの正義』を否定し、それを崩そうとしてくる。
あいつだけは本物の正義とは何か、という質問に答えた。何故ボクという『完璧な正義』を前にして、そんな戯言を口に出来るのだろう。
「ボクは、ボクが、ボク自身が正義なんだ。ボクは求められたんだ、ボクが…ボクが正義であることを……最高の跡継ぎということ以外で………期待されたことなんだ」
皆はボクを跡継ぎとしてしか見ていなかった。
毎日向けられる期待の眼差しに、ボクは……ボクは?どう思っていたのだろう。きっと慣れていたのだろう。
でも…どこかでボクを見てくれることを期待していた。
「ボクはその時思ったんだ。
父上と母上の望んだ正義になれば、ボクを見てくれると」
その為の努力は惜しまなかった。
様々な人の考えに触れ、本を読み、今までの事を全て振り返った。
いつか、いつか一回も褒めてくれなかった父上と母上が跡継ぎのボクではなく、ボク自身を褒めてくれることを期待して。
「どちらも亡くなってしまいましたがね。
最期まで父上と母上はボクではなく、跡継ぎのボクを見ていた。
…何でここまで執着するのかって?もう死んだだろって?」
ここまで来たら戻れないでしょう。
ボクの正義を振りかざし、全ての悪を根絶する。これがボクの正義であり、皆の正義なんだ。
「今までも、これからも、ボクの正義は揺るぎません。
今が…昔憧れていたボクなんですから」
己の正義に疑問を持つなんて、そんなのボクじゃない