🔲の昔の話ある天使の話をしよう。
彼は幸せな家庭で育ち、母方父方、そして愛らしい妹に恵まれた。
純潔を象徴する光のように美しい白髪に翼は、彼の由緒正しい家系を示す誇り高きシンボルであった。
彼は己の名にも誇りを持っていた。
ラテン語で『白』を表すアルブス、同じくラテン語で『天』を表すアイテール。
アルブス・アイテール
それが彼の名だった。
己の名の意味を知った彼は大いに喜び、名前に合う存在になると決め、順調だった歯車を更に加速させ素晴らしき人生を歩んだ。
「流石です!ヴァイス様の相方と言えばもうアルブス様に決まりですね!」
「そうかな?僕なんかが気高きヴァイス様の相方だなんて…おこがましいよ」
なんと彼は天王直々に指名された特別な天使となっていた。
勉学やスポーツが実を結び、その実力が認められ歴史に名を残すほどの存在となれたのだ。
「アルブス、早く行きましょう。天界の秩序を乱す不届き者に制裁を与えに」
「そうですね。それでは」
天使と言えば気高き天王様、その気高き天王様の息子、ヴァイス様のパートナーはアルブスだった。それほどにまで彼の存在は大きいものとなっていた。
順風満帆、障害が何一つとて無い光に照らされたレールが彼の人生だった。程よい刺激に頼りになる仲間、名誉ある地位など彼は人生の成功者だった。
ーーーーーーー成功者だった、はずなのだ
ある日、天界に留まらず世界にまで震撼させた天使大虐殺事件が起きた。
五臓六腑はぶちまけられ、天使を表す白い翼は千切られ修復不可能なほど無残な状態となっていた。
極めつけは、辛うじて誰かが分かる程度に傷つけられた頭部が全員分綺麗に陳列されていたことだ。
その誰もが異常だと言う光景に当然のように天王は黙ってはいなかった。
「この事件を起こした腐れ外道に正義の鉄槌を!!」
人間の救いの場所と言われる天界で起きたこの事件の解決は、天界の名誉がかかった大捜索と言っても過言ではない。
これほどまでの大虐殺を起こした犯人は手強いに違いない、長期捜査と見られたこの事件は意外にも呆気なく終わりを告げた。
「僕じゃない!!!」
そう、アルブス・アイテールが犯人だったのだ。
現場に散らばった天使達の羽の中にアルブスの羽が混ざっていたのだ。
高い地位に行くごとに魔力は強まり、アルブスほどまでいくと離れていても、羽からでも魔力を感じられるのだ。
「天王様!僕は彼らを殺してなんかいません!!あの中には僕の部下もいたのですよ!?それで手をかけるなど…有り得ないにもほどがあります!!」
「………」
「羽など取ろうと思えば簡単に取れる!羽のみが決定打なんて証拠にすらなり得ない!!」
「静粛に」
裁く立場から裁かれる立場に転落した彼はなんて哀れなのだろう。
ついこの前まで親しみが込められていた瞳はそこにはなく、敵意や殺意が込められた恐ろしい瞳が向けられていた。
「ヴァイス様……」
正義を体現した彼の目には天王様と同じように、天界の秩序を乱した不届き者と映っていた。
「父上、判決を」
「…被告人、アルブス・アイテールを死刑に処する」
彼は絶望した。
彼は失望した。
彼は…………
「どうして、ですか…?どうしてっ……天王様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
彼の悲痛な声に神は答えなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「う"っぁ……」
朧んだ視界に黒のカーテンと、無意識に伸びてしまっていた色の無い腕が映った。
天井のカーテンを掴むように握り拳を作るが、それは虚しくも失敗し空気を握るだけとなっていた。
天蓋ベッドのカーテンを乱暴に引っ張り、一糸纏わぬ姿でモノクロに彩られたドレッサーの前に立つ。
「俺は……俺だ…レベリオ・アーテルなんだよ…アルブス・アイテールじゃない………俺は…俺は…っ!!」
自分と全く同じ姿をした者に怒鳴りつける。鏡は己の姿を全く同じように見せてくれる。でも今のレベリオには、忌々しい天使時代の姿が鮮明に映って見えた。
惨めにも泣き続け憎き天王の名前を呼び続けるアルブスが、パートナーだった憎きヴァイスの名前を呼び続けるアルブスが。
「気色悪ぃんだよ!!!」
整えられた爪が肉に食い込み漆黒の血が滴り落ちる。落ちた皿のように割れて戻らなくなった己を映すモノを「俺とお前はもう違う」とでも言うように睨みつけていると、音を聞きつけたホロロギウムが扉を開けた。
「レベリオ様、先程の音は……レベリオ様血が…!」
「いい、下がれ。全て自分でする」
「……仰せの通りに」
傷のことに何か言いたげそうなホロロギウムを下げ、溢れる血を適当にティッシュで拭う。収まるはずもないが。
「アルブスは死んだ。これからを生きるのはレベリオだ…
堕天王のレベリオ・アーテルだ」
洗脳にも近い言の葉を淡々と繰り返しアルブスを殺す。ひき千切られた片翼の傷が疼くの感じ衝動的に背中に爪を立てた。
そうだ、今日はあの面倒臭くて堪らない皇帝会議の日だ。場所は…
「仕方ねぇ、ゴミの掃き溜めに行ってやるか」
いずれ憎き天王の最期の壇上となる天国へと堕天使は一歩踏み出した。