無題。 そういえばね、と彼女が話し始めた話に琉夏が耳を傾けている。
「コウが?」
「うん、怖い時は大きい声出せって」
「……」
突然、琉夏が黙り込み、彼女は彼に視線を向け不思議そうな顔をする。
「……ルカ?」
「……俺も、昔言われたよ、コウに」
彼女の視線を向けて、琉夏も彼女を見やりうっすら笑む。
「そうなの?」
「コウは……、……。コウはさ、父さんから聞いたんだ。その事、俺には言わないけど」
向けた視線を逸らして少し俯く琉夏を、彼女はじっと見やる。
時々するこの表情を見る度に、琉夏の心の内が少しだけ外に出ているようで、彼女はほんの少しだけ胸が痛くなる。どうして痛くなるのかはわからないけれど。
そんな気持ちを出さないで彼女は問う。
「どうして?」
「プライドじゃない?お兄ちゃんとしての」
「プライド?」
「……それ、言われたって事は、怖いものがあったって事だろ?」
「……あっ」
「それに、ヒーローには怖いもんなんてあるわけないからな」
「確かに、そうかも」
それから、再び話さなくなった琉夏の隣で彼女も黙り込む。
そうやって時々何も言わなくなる琉夏。琉夏が何かを考えて何かを思っているのは伝わってくるのだけれど、彼女は何考えているの?とは聞かない。
そうして、少し経ってから琉夏がぼそっと口を開く。
「……コウはバカだからさ、こうと決めたら、……こうと思い込んだら貫こうとするんだ、コウだけに」
「……」
「あれ、ウケない?」
「うん、そんなに面白くはないかな」
彼女が手厳しく、でも、少し笑いながら頷くのに琉夏が少し笑む。
「ま、コウの怖いもの、俺は知ってるけどね」
「え、なに?」
「……さぁ、何でしょ」
「えー、わたしも知りたいよ」
抗議する彼女を見て笑みを深める琉夏。
いつもの琉夏の微笑みだった。
「行こう。時間、間に合わなくなる。遅れるとコウがウルセーから」
「えっ、ルカ、待って!」
歩き出す琉夏についていく彼女。
まだ残暑が残る季節、でも、空はもう限りなく秋めいていた。