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    さざれゆき1班
    ツイートしてたネタのやつ

    #さざれゆき又鬼奇譚

    ベランダのセイレーン ●

     その日はとても霧深くて。
     東京でここまで濃霧になるなんて珍しいことだな、と奉一はアスファルトを踏み締める。UGNの若者達に生き延びる為の術を教え、支部で諸々の用事を済ませた帰り道、ガンケースを背負い直す。
     それにしても右も左も真っ白で――少し異世界じみている。
     こいつは交通網にいろいろ支障が出てそうだ。徒歩で良かった。どれだけ白に閉ざされても、歩き慣れた道は、奉一にとって一つ目を閉じても迷わず歩くことができる。そろそろ自宅付近だった。
    「――…… ン」
     ふと、そんな時だった。声のような――歌だ。歌声が、霧の向こうから聞こえてくる。
     不思議な……日本語のようで日本語ではない、聞き取れぬ歌詞の旋律は静かに朗々と……『神秘的』と『未知への忌避感』の境界線をなぞりながら……それは二度と帰れぬ場所への切ないほどの憧憬、静かな静かな寂寥を滲ませ……――この白い世界も相俟って、異界より響いているかの如く。
     だが奉一は、この歌の正体を知っている。同居人、伊緒の歌声だ。彼は時偶……気晴らしか気まぐれなのか、ベランダで歌っていることがある、超人にしか聞こえない異能の歌声で。「聞こえる人なんかいないし近所迷惑じゃないからいいでしょ」、とか言って。
     しかしながら――
     この霧の中でこうも不思議な歌が聞こえると、ともすればこの濃霧は奴のせいかとすら思ってしまう。違うことはわかっているが。
     そして同時に、奉一は前に伊緒が話していた『伝承』を思い出していた。

    「――西欧にはセイレーンっていう人魚がいてね」
    「その歌声で船乗りを惑わせて、溺死させたり、船を座礁させたりするんだって」

     ふ、と奉一は笑った。
     何も知らない超人が、この霧の中であの歌声を聞いたら、ともすれば混乱するかもな。まさにセイレーンの標的にされた哀れな船乗りのように。……となれば念の為、せめて今日は歌うのをやめさせておくか。
     階段を登って、奉一は施錠されていないドアを開けた――「帰ったぞ」と呼びかければ、歌声がピタリと止んで。
    「あ。奉一おかえりー」
     そんな平和な声と共に、鱗も鰭もなければ伝説のセイレーンのような美貌もない普通の男が顔を出す。「霧ヤバいね〜」なんてへんにゃり暢気に笑いながら。


    『了』
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