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    にしはら

    @nshr_nk

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    にしはら

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    耀玲お花見話、『融けない淡いあまやかさ』https://poipiku.com/4976035/6519347.htmlの一年後。
    付き合ってから日が浅い二人。

    #耀玲
    yewLing
    #ドラッグ王子とマトリ姫
    princeDragAndPrincessMatri
    #スタンドマイヒーローズ
    standMyHeroes

    わたしたちの春がくる 二人きりの花見をしてから一年後、再来の機会は訪れる。都市圏近郊の某河川敷、その堤防沿いに百はくだらない本数の桜が立ち並んでいる。咲き誇った花々の下には屋台が出回り、休日なのもあって大変な賑わいを見せていた。

    「耀さん耀さん! すごいです! 満開の大盛況です!」
     玲の見えないしっぽがぶんぶんと振り回されている。目一杯に見開いた紫苑の瞳はきらきらと、薄淡の桜花と屋台の行列を忙しなく右往左往。繋いだ左手を離してしまえば、何処へなりとも駆け出してしまいそうで言わずもがなに苦笑がこぼれる。
    「前見てないと転ぶよ。随分と大はしゃぎしちゃってまあ」
    「だってわくわくしませんか? 去年は結局……わっ!」
     いきなり何もないところで玲がつんのめり、ぐらついた重心はリードを引っ張る要領でこちらに引き戻す。
    「ほれ、言わんこっちゃない」
    「す、すみません……」
     胸の内に抱き留めれば、玲は申し訳なさそうに眉尻を下げつつも、その頬をほのかに染め上げている。一年前とまるで変わらない無自覚の初な反応は、どうにもこの場に相応しくない嗜虐心を煽る。堪えきれずに薄い笑みを落とせば、敏感に危険察知した彼女はぴんと肩を跳ね上げた。
    「あ、あの」
    「――買っておいで」
    「へ?」
     目をきょとりと瞬かせる玲を、指で示して視界の外れへと向けさせる。
    「ワンコは花より団子でしょ?」
     道を挟んで反対側の暖簾に『やきそば』とあるのを捉えた玲は、こちらに振り返っておずおずと窺うような視線を向ける。
    「行っといで。ここで待ってるから」
     もう一度促せば、小首を傾げて訊ねてくる。
    「……耀さんもいりますか?」
    「お願いしようかね、よろしくどうぞ」
     命令を出せばぱっと顔を明るくさせて、「行ってきます!」と勇ましく駆け出していった。
     本当に、我ながら手懐けたもんだと自嘲の息をもらす。こうしてリードを外しても、戻ってくるのが分かっているから本当に世話がない。己が手の中に確固として収まっていることに、戸惑いと居心地悪ささえある。彼女との隔たりなき間合いを知ってからまだ日が浅く、慣れていないからだ。一般的にそれを、人は気恥ずかしさと呼ぶ。俺には無縁であろうと高を括ってきた感情を、十歳下の恋人は当然とばかりに呼び起こす。
     屋台の合間に植わる桜の幹に背もたれて上向き、薄墨の花びらを追いかける。清楚に花咲かせては儚く散りゆく様は、些末な感傷に耽るに丁度お誂え向きだった。詮無いことと切り捨てるに惜しい有象無象を、この一瞬だけはやわらかく慰撫しても構わないと己に許す。無意味でくだらなくて、でも知れず毎年重ねていく春の恒例行事は、一年前にふと風向きを変える。

    「お待たせしました!」
     笑顔で駆け戻ってきた玲の手には、数々の戦利品があった。オムそば、イカ焼き、ベビーカステラ、チョコバナナ。
    「おやま、この短時間で大収穫だこと」
    「空いてたのでラッキーでした」
     離れていた時間は十五分あったかどうかだ。本人も手際よく調達できたと、得意げにしている。よく出来ましたと頭を撫でれば、本当に嬉しそうに目を細める。
    「ちゃんとお使いできた良い子にはご褒美をあげようかねえ」
     玲が並んでいる隙間時間に調達したものを目の前に差し出せば、更に顔が輝く。
    「わあ、わたがし! 耀さん、ありがとうございます」
    「立ち食いもなんだし、座れるとこ探すよ」
     甘いモノに目を奪われている隙に、両手の戦利品がさっさと回収されていることにようやく気付いた玲は、照れながらもう一度「ありがとうございます」と呟いたのだった。

     人の喧噪から少し離れ、堤防のふもとの芝生に降り立った。川辺は花筏が出来上がるほどに花びらが散りばめられていて、堤上の距離からここまで運ぶ風の強さを窺い知る。
     浮かれた表情の玲は、持参してきたピクニックシートを意気揚々と広げた。強風で翻るのは鞄を重石にして防ぎ、さて座り込もうとしたところで途端に困り顔になる。
    「すみません、ちょっと狭すぎましたかね……」
     シートは存外面積が小さかったようで、二人横に並んで座るのが精一杯だった。気まずそうに身じろぎする玲の隣で、ごそごそと戦利品の入った袋を漁る。
    「別にいいんじゃない。来年また行く時までに、もっと大きいの買っておけばいいだけでしょ」
    「……また行ってくれるんですか?」
     信じられなさそうに瞬いてくる玲に、つい抑揚薄く問いかける。
    「なあに、だめなの」
    「だめでないです!」
     俺からオムそばを受け取りつつ、ぶんぶんと勢いよく首を横に振る様が、濡れた身体を震わせる犬みたいで自然と口が緩む。

     プラスチックトレイの蓋を開ければ、ソースの香ばしい匂いが広がった。一度手を合わせた玲は、割り箸で麺と薄焼き卵をつついて嬉しそうに頬張った。川を挟んだ向こう側に咲く桜並木を、陶然と眺めて言いこぼす。
    「はあ……夢にまで見たお花見しながらの焼きそば、しかもオムそば……。最高です……」
     悲願が叶ったと言わんばかりに、玲の頬の緩みは留まることを知らない。これも一年前とまるで変わりない無防備な笑顔。それを肩先の触れ合うこんな間近で、見ることを許されている。
     あの時は自覚はありつつも、彼女に何処まで許されているのかを量りかねていて、藪をつついては引っ込めるという手段を用いていた。臆病で姑息な心などおくびにも出さず、しれっとした顔で彼女の意識を俺に向けさせ擦り込ませていく。目論見通りに首輪は労せずしてつけられ、やわらかな身体はこの腕の中でも甘えを覚え始めた。
     厄介な男に引っかかったことなどつゆ知らず、玲はオムそばをきちんと平らげた。そしてそわそわと身体を揺らし始める。その落ち着かない視線は、背後に佇む堤上の桜並木へと定めている。
    「近くで見たいんだったら行っといで」
    「……いいんですか?」
     構わないと手をひらひら振れば、玲は少し逡巡してから立ち上がった。可愛く編み込まれた頭上に被る花びらが、その拍子にひとつふたつと舞い落ちる。
    「すぐ戻りますから!」
     堤防を駆け上がっていくその後ろ姿に、また見えないしっぽが嬉しそうに揺れ動いて見える気がした。
     花盛りを迎えた木々の下をくるくると、顔の向きを変えながら歩き進んでいく。舞い散る花びらを丁度手の中で迎え、うっとりと微笑む。伏せがちになっている瞼を縁取る睫毛がふるえる様まで、遠目に捉えてしまっている。
     その何てことのない仕草や表情から、片時も目が離せない。
     瞼がふっと上がり、凜とした紫苑がこちらに真っ直ぐ向けられる。否応なく手向けられるのは、満開の桜花に引けを取らぬ、愛らしい咲き笑いだ。
    「……は、どうしようもない」
     観念して腰を上げ、芝生の坂をゆっくり上がっていく。「耀さん、こっち!」と玲が嬉しげに手招く声が、たまらなく甘美に響く。
     傍まで近寄れば、玲は桜を見上げて、墨色の幹にそっと手を当てたまま問うてくる。
    「――去年、耀さんと公園でお花見したこと、覚えてますか」
     忘れるわけないでしょと、静かに呟く。隣で桜を愛でる横顔は、これ以上なく俺にとってのきれいなものだった。
    「桜の花びらがひとつずつ舞い落ちて、寝転んだ耀さんの上に雪みたいに積もってて、……あの時の耀さん、とても綺麗だなって思ったんです」
     一度恥ずかしげに俯いたと思えば、そのひたむきな眼差しが、熱っぽく俺を射抜いてくる。
    「綺麗だって、今度のお花見では、耀さんの近くでそう言えたらいいなって思ってたんです。だから――わっ⁉」
     いつになく強い大荒れの風が吹き抜けて、桜花がざっと音を立てて一斉に散った。絢爛の桜吹雪が周りを覆い尽くす――目と鼻の先の玲さえも。
    「う、わわぁっ……っぷ」
     玲が素っ頓狂な悲鳴を上げたのは、狂い舞う花びらに対してではない。俺が突如腕を引っ張って、懐に閉じ込めたからだ。
    「……あの、耀さん?」
     困惑の混じる吐息が首回りに触れる。確かな温もりが内側にある。何てことのないその事実に、眩暈がするほど安堵する。
    「玲が桜に攫われないかと心配でねえ」
     冗談半分、本気半分――いや八、九割ぐらい本気で漏らした文句を、玲はころころと笑った。
    「あはは、耀さんが言うととてもお似合いですね」
     こちらの心情など知る由もない恋人にそっと苦笑し、掻き抱いた腕を緩めて彼女の温い頬に触れる。あどけなさすら覚える口元に、意図をもって指でなぞる。玲は全てを受け入れるように、ふわりと唇を綻ばせた。

     どうかかげりを帯びることのないまま、眩しくきれいにいてくれるよう願う。気高く誇り咲く笑顔を、誰よりも傍らで焼き付けられるようにと、重々思いを定めて。
    「来年も、また絶対に行きましょうね」
     揺るぎない約束は、口付けを交わすことでそっと結ばれた。



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