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    にしはら

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    にしはら

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    耀玲小話。玲ちゃんと喧嘩しちゃった耀さん目線。

    #耀玲
    yewLing
    #ドラマト
    dramatist
    #スタマイ
    stamae

    キッチンシンク・エゴイスト


     玲と喧嘩した。当初の原因は些細な理由だったように思うが、話がこじれにこじれて論点の行き場は消えてしまった。
     これまでにも小さなきっかけで他愛のない応酬を繰り返してきたものだが、今回ばかりは風向きが少し違った。プライベートにおいての、食事中の穏やかなひと時には一層あどけなさをたたえる玲の純な丸い瞳が、スッと色味を失くして俺をねめつけた。そして、「そもそも耀さんは、」「大体本当は耀さんが、」と過去の不満を突如列挙し始め、怒涛の勢いで噛み付いてきた。
     日々の溜まりに溜まったものが、臨界点を超えて爆発したというお決まりの流れではある。言いたいことがあるなら溜め込まずに、その時その場できちんと言えば良いものを。まるで他人事のような冷めた心境をあちらは敏感に感じ取ったようで、「もういいです」という言葉と共に席を立ち、ダイニングテーブルから離れていった。

     そうして今、玲はキッチンシンクで一言も口を利かずに洗い物をしている。テーブルに取り残された自分の分の食器を、持ち運んでシンクの傍に置く気まずさったらない。放っておかれたらどうしようかと思ったが、やがて俺の分の皿にも手を付け始めたので何だかやたらと安堵する。
     根深い喧嘩を好んでしているつもりはないが、どちらも主張を譲らないとたまにこうして不毛な斬り付け合いを行ってしまう。玲だって血が昇りやすいのは仕事の必死さによる割合が多いし、年上で上司でもある俺につっかかるのは勇気がいるだろう。慮りもせず、年下の恋人相手に大人げない真似かと己の冷静な一部分が皮肉ってくる。むしろ恋人であるからこそ、内に潜んだ感情の重さを余すことなく押し付けてやりたいのだと、己の身勝手な一部分が抗弁する。
     食器を全て置き終え、テーブルもきっちり拭き終えて、とうとうキッチン周りで居所をなくしてしまう。仕方なしに玲の真後ろにある食器棚へ寄り掛かると、煙草を取り出してライターで火を着ける。肺に旨味と苦みの含んだ気休めを染み渡らせつつ、ゆっくりと陰鬱な息を押し出した。
     蛇口からひたひた滴る飛沫と、水切りラックに食器を伏せる細かな音に紛れ、玲のじろりとした視線を細い背中からでも感じ取る。
    「煙たいのですが?」
     ひんやりとした薄い抑揚で告げられる。いつもは傍で吸っても不満は言わない。かえって耀さんの匂いの一部だから安心するとか、いじらしいことをのたまうくせに。
     俺は黙したまま、凭れ掛かった身体を斜め左に一歩進め、コンロの上にある換気扇のスイッチを押す。小さな火種より立ち昇る紫煙は、そこにすうっと吸い込まれていく。
     隣に並ぶ玲も同じく沈黙を決め込んで唇をすぼめているが、『違うそうじゃない』と横目で語りかけてくる。
     斜めになったご機嫌の取り方を知らないわけではない。仲直りの決め手である譲り合いを、『俺が悪かった』と両手を上げて降伏をすれば良いだけだ。けれど、気持ちを誤魔化されることなく真っ直ぐ感じ取る玲に、嘘偽りは通用しない。(つまりは、俺は悪くないと思っている気持ちを見透かされるのだ、恐ろしいことに)
     この状態のまま何か口開けば、玲はもっと頑なになるだろう。だったら何も言わないでここにいるしかない。
     不貞腐れているとしても、冷ややかでかわいくない眼差しを向けられたとしても、そんな玲の傍にどうしてもいたいだけで――要は、俺はさみしいのだ。

    「ああもう……!」
     最後の一枚を濯ぎ終わると同時に、玲はいきなり呻いた。びしょ濡れの両手をエプロンで手早く拭うと、突進して俺の腰に腕を巻き付けてきた。そして腹立たしそうに唇を曲げ、上目で睨んでくる。
    「耀さんの甘え方はずるい……!」
     怒るに怒れないじゃないですかと愚痴っぽく囁く声が、気まずさも俺のややこしいぐずりも泡のように溶かしていく。不要となった手すさびはすぐに灰皿へ押し潰し、しかめ面するまろい肌に手を伸ばす。髪梳いて覗かせる真っ赤な耳元に、してやったりと唇を寄せる。
    「そんな男がいいんでしょうよ、玲は」
     俺だって、そんな君でもいいのだから。これはお互い様で、おあいこなのだから。
     悔しそうな彼女に、悔しくて言えない理由はせめてキスと綯い交ぜにして、密かに手向けるのだった。

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    にしはら

    DONE【耀玲】いつまでもずぶ濡れになる玲ちゃんの話。ツイに上げてるものと一緒です。
    深水の残り香深水みずの残り香』



     ついてない、と感じる時はとことんついてないことばかりが雪崩れを打って押し寄せてくる。
     全身の沼に浸かり込んだような倦怠感があるのは、水気をたっぷり吸い込んだスーツのせいだろう。
     退庁時を襲ったのは突発的な土砂降りだった。夜更けにもかかわらず、一人きりで黒く濁った低天の下を力なく歩き進めていく。不用心なのは勿論承知だったが、課内は上長会議や代休取得も相まって人気もなかった。お気に入りの折り畳み傘は先日壊れたばかり。ロッカーの置き傘はビニール製故か誰かが持ち去ってしまった。
     絶対にずぶ濡れると分かってしまったら不思議と走る気にはならなくて、九段下駅へ真っ直ぐ進める筈の脚は反対方向のお堀沿いの道を選ぶ。広大な堀の中で気持ち良さそうに泳ぐ鯉も、この雨嵐の中では気配を見せない。状況としては、私も水の中を泳ぐ魚と一緒かも知れないなと雨に打たれる頭が取り留めのないことを考える。パンプスも膝下ストッキングもパンツスーツの腰周りも全部ぐしょぐしょで、浸水していないところなんかありはしない。必要最低限の荷物だけを入れたオフィスバッグだけは腕の中で死守しているが、恐らく徒労に終わるだろう。
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