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    Traveler_Bone

    骨。

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    Traveler_Bone

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    旅骨は時々、真っ黒な夢を見る。
    床だけが存在していて、そこには壁も天井も何もない世界。
    そこで、旅骨は何を想うのだろう。

    生きる意味意識が右に動き、左に押され、右に引かれ。そうして、ゆらりゆらりと揺れている。海の上の船にいるわけでもなく、遊園地の乗り物に乗っているわけでもない。ただ、揺れているという感覚だけが今、唯一感じられるものだった。

    「...はぁ」

    そんな中、旅骨はうんざりとした様子で目を開ける。そこには、ただ何もない、真っ暗な空間が広がっている。黒い地面があり、天井も壁もなく、奥に見えるは黒い霧のような何か。気づけば揺れている感覚もなくなり、そこにあるのは視覚と聴覚の情報のみだ。それも、単調な。
    旅骨は昔からこの夢が嫌いだった。身体の体力が回復するまでの間、精神の体力を削らなければならないのだ。ここには剣技を練習するための武器はない。ましてや、気を紛らわせる話し相手すらいない。虚無しかない空間だった。それが、暇で暇で仕方がなかった。せめて、小石一つでもあれば楽しめたのに、と苛立つ。願ったところで、何かが起きるわけでもない。旅骨はただ一人、その虚無の空間で一人体が起きるのを待つしかなかった。

    「本当に悪趣味な奴だ。誰がこんなものを生み出したんだか」

    ポケットに手を突っ込み、自分の左手を見る。そこには、あるはずの赤い指輪はなくなっている。その夢自体が謎でしかない以上、服はあって指輪がないということに驚きはない。そういうものなのだと、受け入れている。
    そうして数分だったか数時間だったかが経過した時。ふっと世界が変化した。夢から覚めたわけではない。そこは、旅骨がもともと住んでいた家の部屋だ。その真ん中で一人本をめくり続け、その内容に目を輝かせている子供がいた。その見た目からして、歳は中学の3年ぐらいだろうか。勉強もせず、ずっと趣味の読書に時間を浪費している。
    そんな時、下から声がした。それに気づいた子供は軽やかな足取りで階段を滑るように降りていく。それを追うように旅骨も下へと降りれば、その扉の向こうでは大人の男女が子供を迎えていた。

    『今日のご飯はXXXXXよ』

    『お前の大好きなXXXXXだ、いっぱい食べろよ』

    そうにこやかに笑う大人たち。料理の盛られた皿が大量に並ぶ食卓へと駆けていき、同じように嬉しそうな顔で手を合わせ、間もなくしてせわしなく料理を口に入れ始めた。その子供は口を少し汚しながらも笑顔を大人たちに向け、口の中にある食べ物を全て飲み込んで言う。

    『おいしい!』

    「...ああ、虫唾が走る」

    互いの声が交差する。しかし、旅骨の姿や声は無視され、にこにことしている大人はその食べている姿を見て笑顔になっている。何事もない、平和な家族。とても幸福で、温かい空気に包まれた世界だ。それを、旅骨は一切気に入らなかった。誰かが幸せであることが嫌いなわけではない。それを見ていること自体は特に何も思わない。"この家族"だから、嫌いなのだ。

    『ごちそうさまでした!』

    『いっぱい食べたねえ』

    『よく食った!お前も成長したんだなあ』

    そう笑う大人たち。それが、旅骨には吐き気がするほど気持ち悪いものだった。それだけではない。今すぐに、この光景を、この人たちを潰したいという衝動に駆られていた。しかし、そんなことなどできない。この世界に干渉することも、目を背けることも。何もできない。ただ、それをずっと見せ続けられる。それが、旅骨は大嫌いだった。
    子供が部屋へと駆け上がると、大人たちの表情は一変する。笑顔から、憎悪に。

    『...どうする。これ以上、あいつは飼いたかねえよ』

    『同感ね。私だってあんな使えない子を育てたくないわ。醜くて魔法が使えない子どもなんか生ゴミと同然よ。さっさと焼却場に投げ捨てたいくらい』

    『だがな...焼却場で処分するにも、金がかかるしな』

    『そうね...肉体労働として使い捨てるというのもあるけど、今の時代そんなもの必要ないものね。本当にこのままじゃニートになっちゃうわ』

    「...ははっ。そうか、そうかよ。本当に、本当に...クソッタレが」

    そうひそひそと会話を続ける大人を見て、旅骨はぼそりと殺意に満ちた一言を漏らす。大人たちが子供に向けたあの表情はあくまで仮面だ。本性は、一刻も早く捨てたいという気持ちのみだった。子供に気づかれないようにと、そう考えて仮面をつけ続けている。それが、大嫌いだった。

    『なんで魔法の一つも扱えねえ子供産んじまったかな...身体能力が良いだけじゃなんも意味ねえんだよ...』

    『あたしが言いたいわよ!こんな辛い思いして、できたのが生ごみだなんて!こんなのだったら、生まなきゃよかった!』

    「生ごみ、ねえ。今すぐにでもお前らをミンチにしてやりてえよ」

    その大人たちは徐々に苛立ちを高め、最終的には夫婦喧嘩へと変貌する。魔法をぶつけ合い、己の憎しみを吐き合い。憎悪が収まるまで、何度も、何度も。何度も、醜い争いを続ける。
    しかし、魔法が使えない人間は何もできないというのはまさしくそうであった。この国では魔法を持っていなければ何もできない。魔法の特異不得意は基本的に遺伝で決まるため、どちらもある属性が得意であるという大人同士で子供を産めば、必然的にその属性が大得意な子供が出来るはず、なのだ。
    しかし、あの子の場合はそうではなかった。時々、遺伝に失敗して全く別の属性が得意であるという子供が生まれることがあり、その子供は大変貴重として崇められる存在だ。ただ、属性の中でもやはり上下というのは存在する。その子は、無属性。分かりやすく言えば、魔法を何も扱えない存在だ。ただ、身体能力が高いというだけの、存在。だからこそ、忌み嫌われる。

    『...』

    「...お前も、大変だよな」

    旅骨がふわりとその天井を槓子して上がれば、その喧嘩を聞いて、笑顔を消す子供の姿があった。そう、この会話など耳にタコができるくらい聞いている。無属性というのは、魔法が使えないという代わりに身体の魔力の循環がとてつもなく早く、そのおかげで身体能力が高く、回復速度も他と比べて圧倒的だ。所詮、その効果などただ案山子にされるか実験体にされるぐらいなのだが。

    『...はぁ』

    「その本も、これで七回目だったか」

    その子供はため息をついて、自分の大好きな本を開く。この会話は耳を塞ぎたいと思うくらいに嫌になる。だからこそ、聞かないように読書をして周りの音を遮断し、目の前の何度も読んだ本の文字に集中する。
    自分は無属性になりたくてなったという訳ではない。それに、この体が嫌いという訳でもなかった。それなのに、周りからは嫌われ、隔離され、嘲笑われる。だから、学校に行っても周りからは距離を取られることとなった。そして、辿り着いた先が読書。自分をさらに孤立させる道しかなかった。
    一度は魔法を練習しようとしてみた。しかし、すぐに体がえぐれるような感覚がしてすぐに詠唱をやめたのを子供は覚えている。腕が、脚が、腹がすべて塵になって風化していく感覚。痛みすら感じず、自身が喪失していく感覚。それが怖くて、怖くて、それ以来は二度と使っていない。自分が消えていく感覚というのは、何事にも代えられぬほどに恐ろしいものだったのだ。

    『...サバイバル生活、か』

    「過酷だけどな、良いぜ」

    子供は一人呟く。唯一自分の利点を生かせる方法、それはサバイバル。つまり、身体を使ったものだった。サバイバルについて書いてある本というのは、ほとんど魔法が出てくることはない。誰にでも使えなければ、それは知識として役に立たない。水魔法の知識を持っていても、自分が扱えるのが光の魔法だったらなにも使えない。

    『なんで、僕って生まれちゃったんだろう』

    「さあな。俺にも、わからねえ」

    自分自身を見つめ、自己嫌悪に陥る。何も罪はないのに、己に罪がある錯覚し、自分自身を殺そうとする。しかし、そんなことは一切許されない。体を切ろうにもすぐに回復し、ただ痛みを感じるだけだ。刹那の懺悔にしかならない。いや、懺悔にすらならない。ただの、自己満足だった。
    子供はいつか探検に行くと言って色々と詰め込んでいるリュックから、幾度となく別の利用方法がされてきたサバイバルナイフを取り出す。そしてそのカバーを外し...ためらいもなく、自分の左腕に一直線に刺す。流れ続けていた血が外だと弾け、部屋の床がまた朱色の水玉模様に塗られ、真っすぐな赤い糸を作り出す。しかし、その銀色を引き抜けば、その傷は少しずつ穴を埋めていき...まるで、何事もなかったかのように振る舞う。痕すら付かず、その懺悔など無意味なのだと嘲笑うように。

    『ダメか』

    「...ああ、無理だな」

    子供はそう失望した声を漏らし、床をウェットティッシュで拭いて綺麗にする。サバイバルナイフも、錆びつかないように丁寧に。それに対し、旅骨は苦笑いした。ナイフで何度も体を刺すことには慣れているし、痛みも少しずつ薄れている。それなのに、あの魔法の喪失感は未だに鮮明に残っている。いや、むしろ消えないように、生きている、存在していると認識していたかったのかもしれない。撒き散らされる血が、痛みが、自覚させてくれるから。

    『...この生活も、いつまで続くかな』

    「...あと少しで、解放されるさ。お前は知らないだろうけどな」

    子供はナイフをカバーに入れてリュックの中へと仕舞うと、ベッドに寝転んだ。寝れるわけがないけど、少しぐらいは何も考えなくていい時間が欲しい。もうあの大人たちのことはうんざりだから。だから、何も考えずに、何も知覚せずに、ただ静寂と暗闇に支配されたい。独りでいたい。そう考えて、自分で布団という殻を被って、ただ虚無の時間を過ごす。

    「...ああ、そろそろか?」

    そんな時、どんどんという階段を雑に上る音が聞こえてくる。それに気づいて、心を落ち着かせることもできずに子供は布団をはがし、外の世界を無理やりにでも知覚する。扉が開けられると、その奥には笑顔の仮面をかぶる大人がいた。

    『ちょっと、お話があるの』

    そう言う大人は子供を下へと連れ出し、これ以上はちょっとお金がなくて育てられないんだ、と如何にも悲しそうな表情をして伝える。だから、どこかに旅にでも行ってくれないか、とも。

    「...ははっ。旅、かぁ」

    旅骨の乾いた笑いが、冷えた部屋に響き渡る。それに対し、子供はあくまで悲しい顔をしてわかった、とだけ口にする。そうして部屋に戻って、探検用のリュックに手を触れて止まった。大人に色々言われて、そのままほおって置くのが嫌だった。でも、大人には勝てない。自分の身体能力は未知数であるし、身体能力で魔法の圧変える大人が勝てるなんて到底思えなかった。だからこそ、決断は早かった。
    動きやすい服装へと着替えて、必要だと思ったものをポケットに突っ込んで。最後にリュックを背負って...部屋に一礼して、階段を下りる。そして、最後の出会いとなる大人を見つめて...叫んだ。

    『...クソ親がっ!』

    そこから、逃げるようにして玄関を飛び出して、街を走る。走って、走って、走って逃げる。魔法で殺されないために。絶対に生きるという意思を持って。必死に逃げた。
    しかし、大人は追う様子もなく、追撃しようという訳でもない。その逃げる姿をただ見つめて、ふふ、と微笑む。

    『...気づかれてたみたいね』

    『誰のせいだろうな』

    『そうね、ふふ。でもこれで...』

    『ああ、邪魔者はいなくなったな。ヤるか』

    『ええ♪』

    大人たちは、次こそは成功するようにと祈って、家へと戻った。そして、残されたのは旅骨ただ一人。気づけば玄関も、通路も、家や道、いや、世界全てが崩壊を始めていた。ガラガラと崩れ、塵となって消え、後には何も残らない。その崩壊する世界の中で、旅骨はただ一人、呟く。

    「...ああ。やっぱり、俺の親は一番クソ野郎だ」





    今日は久々に目覚めが良かった。いつもであれば泥の中から出てくるように体が重いのに対し、今日だけは妙に寝起きが良かった。まるで、"あの時"のように、もう寝たくないと体が拒絶していたかのように。

    「...さて、と。コーヒーでも、飲みますか」

    旅骨は起き上がり、早朝5時の太陽を見る。旅骨は、この太陽が大好きだ。生きているという実感を与えてくれる。それを見ているだけで、報われているような、そんな気がする。仕返しをしているような、そんな気もする。だから、旅骨はこの光景が大好きだ。

    「やっぱり、朝に飲むものはコーヒーじゃねえとな」

    そう呟いて、朝の冷たい空気を感じながら湯気の出る黒い液体をごくりと飲む。体全体に行きわたって、じわりじわりと体温が復活していくような感覚がする。毎回飲むたびに、安心する。味が好きという訳ではない。ただ、その感覚が好きなのだ。

    「...そんじゃあ...仕事、やりますかぁ...」

    左手の指輪を剣へと変化させ、部屋から出る。そこには、仕事をずっと捌き続ける一人の少女がいた。片翼をぱたぱたと動かし、鼻歌を歌いながらポーションや魔導書などを植物を動かして作っている。旅骨が声をかけると、その少女はこちらへと振り向く。

    「...おや、今日は早いですね。しっかり眠れました?」

    「寝れたさ。今日の仕事をくれ」

    「はいはい。今日の討伐依頼はこれです」

    そう少女が受け渡す紙はかなりの束となっていて、おそらくは百枚は超えているだろうか。しかし、旅骨はそれを全く抵抗することなく受け取り、一枚ずつぺらぺらとめくって中身を確認する。

    「ういっと...ほーう、また挑戦とな」

    「...なんで挑戦なんか受け付けるようにしたんですか?」

    少女はそう困惑するように旅骨に聞く。旅骨は自分自身に懸賞金をかけて、来る者すべてをねじ伏せている。旅骨はそうするのが一番楽しいんだ、と答えた。戦闘が大好きという訳ではない。命がすれすれの状態で戦うのが...一番、生きている心地がするからだ。自分を潰そうとする組織を消したい、というのも理由の一つではあるのだが。

    「さあ、なんでだったかな~...そいじゃ、行ってくる」

    「はいはい...変に騒ぎは起こさないでくださいね」

    「あいよ」

    旅骨は後ろ向きで手を振り、複数あるうちの一つの扉を選んで潜り抜けた。依頼書の一つにあった挑戦状に書いてあった場所であり、そこで待ち受ける、と書いてあった。そこは、とても大きなコロシアムのようなところだ。周りを見れば、大量の観客がわいわいと騒ぎ立てている。旅骨がコロシアムの真ん中で周りの様子を伺っていると、司会が声を上げた。

    『さあやってきました今日の挑戦者!人の命を無慈悲にも破壊するその姿はまさに狂戦士、旅骨菓変さんです!!!』

    そんな司会の声共に、観客席の人はさらにワーッと盛り上がる。そして、それと同時に周りの柵が上がり...十数人の人々が現れる。誰もが、手に魔方陣を展開して、にやにやと余裕の表情で旅骨を見つめている。

    「...なるほど、ね。リンチで潰してやるってか。おもしれえ奴だ」

    旅骨は笑う。剣を握りしめ、その時を今か今かと待ち続けていると、それに司会が気付いたのか、口を開いた。

    『挑戦者も準備満タンのようですね!それでは始めましょう!第五十八回ファルダルサスバトルアリーナ!スターーートォーーーーッ!!!!!!』

    ゴーーーンッッ!!!!という大きなゴングの音と共に、全方位から様々な魔法が放たれる。旅骨は姿勢を低くして...

    「...さあ、どれだけ生き続けられるかな」

    その言葉は敵にか、それとも己にか。そう呟いて、旅骨は動き出した。
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