氷の彫刻家「はーあ...さみぃな...」
クリスマスの夜。家族やカップルが"クリスマス"と大喜びしてはしゃぎまわる中、黒帽子を被った男が独りでに呟く。この男にとって、クリスマスというものはほぼ無意味である。精々あるとすれば、よく行く喫茶店にある店長がサンタ帽を被るくらいだろうか。所詮その程度で、特に生活に変化が起きるわけではない。彼の相棒である夕結という方は、依頼が増えに増えてとても大変らしいと聞くが。
「...あ...?コーヒーなくなっちまったか」
男は缶を上に向けるも、望んでいたその黒い液体はちっとも出てくる気配がなかった。これでかれこれ三本目だ、普段はいくら飲んでいるのかと疑いたくなるが、周りがあれほど楽しんでいるからだろう、彼も少し浮かれているのだ。本数が一つ増えてもおかしくない。そんな彼のもとに、一人の子供がやってきた。よく依頼をすることの多い家族の一人である。
「かへんかへんーっ!」
「...んだガキんちょ。でけー雪像でも見つけたか?」
「さっきね、すごい人に出会ったの!」
男の声色とは裏腹に、その顔には若干の微笑みが見える。なんやかんや、子供の世話をするのは嫌いという訳ではない。その陽気にはしゃぐ子供を見ていると、過去を思い出すのだ、そんな辛い思いになってほしくないと思って、そうやってやさしく接している。そうすれば、自分の過去の記憶も...少しは、楽しいものを思い出せるかもしれないから。
「さっきね、地面から、こう...にゅにゅにゅ~って、氷のとうを作ってる人がいたの!」
「...氷の塔?」
しかし、その男は話を聞いていくうちに、柔らかい笑顔から徐々に困惑し、やがてその歯を噛み締め始めていた。それが羨ましいという訳ではない。その情報に、聞き覚えがあったのだ。
「すっごくきれいでね!"あとで君にも作ってあげる"って言ってくれたの!」
「...あー...そうか。そりゃ良いことだ」
しかし、そんなことを子供に教えるわけにはいかない。夢を壊してはならない。そうすれば、子供は悲しむだろう。すぐにその表情を戻し、子供の頭をぽんぽんと撫でてやる。子供の顔からは、笑顔は消えていない。それを確認して、男は口を開く。
「そうか...それで、そいつはどこにいるんだ?」
「えっとね、あっち!」
指さす方向をちらりと一瞥し、少しはあ、とため息をつく。子供が困惑した表情を見せると、男はそれに気づいて頭から手を離し、指を立てて子供へと告げた。
「それじゃあ、お前さんに一つ良いことを教えてやる。そいつは幸運の男でな、会えると幸福を授けてくれるんだ」
「そうなの!?」
「急いで家族にも会えば、家族も幸福になれるんだぜ」
「本当!?」
「ああ...だから、今からダッシュで家族に走れ。途中で滑って転ぶんじゃねーぞ?わかったな?」
「うん!」
「ほら、いってきな!」
とん、と肩に手を置いて、ぐいとその体を押せば、まるでゼンマイが巻かれた人形のように元気よく街道を走り始めた。得意と言っている氷魔法を使って、スケートをするように人ごみの中を抜けていった。気が付けば、その姿は見えなくなっていた。
「...はーあ...休みの時の依頼なんて受け付けてねえんだけどな」
それを見送り、男は大きなため息をつく。缶をぽいとゴミ箱に投げ捨て、その方向へと駆ける。目的の人物は、一瞬で見つかった。何せ、その周りには...氷漬けにされた、大量の人混みがいたのだから。
「きゃあああああっっ!!!!」
「うわああああ!!!!た、助けてくれえええ!!!!」
「氷!!!氷を溶かせ!!!早く!!!」
周りは阿鼻叫喚となっている中、たった一人の人物はその氷の群衆に囲まれて笑っている。奴が作っていたのは、氷の塔ではない。作っていたのは、生物を利用した氷の像だ。今も、パキパキと音が鳴るごとに一人、また一人と氷漬けにされていく。男はその状況に舌打ちし、指輪を鎌へと変化させて跳躍した。そして...その鎌に熱を込めて、群衆の中心へと一直線に落下していく。
「どうして!?どうして警察が来ないのよ!!!」
「知らねえよ!!!お前もどうにかしろよ!!!」
「私風しか使えないわよ!どうしろっていうの!?」
「―――[ボルケーノ]!!!」
男が轟音と共に地面へとその鎌を振り下ろせば、その熱は爆発的に周りへと散り、氷をみるみるうちに溶かしていった。溶けた群衆は別の群衆に回収され、どこかへと運ばれていく。そうして、周りに残ったのは何が起きているんだという野次馬と見物客、そして未だに凍っているものを助けようとする炎使いだった。
「...あらあら。ついに来てくれましたのね...魔法使いさん?」
「うるせえ、魔法なんか使えねえよ。間違えてんじゃねえぞ」
「あら?それならあなたは...どちらさまで?」
「その魔法使いとやらの知り合いとでも覚えとけ。お前のために説明していられるかよ」
「あらあら...なんとも荒っぽいお方で」
「お前のせいでな」
その男の顔には、もう先ほどのような優しい面影は残っていない。そこにあるのは、純粋な怒りだった。その手は力強く鎌を握りしめ、その目は相手を潰そうと睨んでいる。しかし、それを受けてもなお氷の彫刻家はくすくすと笑みを絶やさない。
「...そこまで怒りに震えていると、困りますねぇ...ここは少し、頭を冷やしてもらいましょうか」
「黙れ。面倒事増やしやがって、ただじゃ済むと思うなよ」
パチンと指を鳴らせば、その彫刻家の周りにはいくつもの氷の槍が生成される。それに対し、男はただ鎌を構えるだけ。居合斬りをするかのように、その時を待つ。刹那の静寂、野次馬でさえも息を止め、今か今かをそれを待ち望む。先にその空気を切り裂いたのは、氷の槍だった。
「...食らいなさいッ!!!」
「眠ってろ、永遠にな!!!」
聖夜と呼ばれるクリスマスの中、彫刻家と謎の男による戦いが始まった。