奴とは同じ居酒屋で、同じ銘柄の同じ苦いビールを飲んだはずだ。
なのにどうしてか万事屋との初めてのキスは甘かった。
雰囲気がとか、まとう空気がとか、そういった類のものではなく味覚的に甘い味だった。
一本裏道にある小さな公園のベンチ。
馴染みの店で飲んだ帰り道。
「タバコ」とも言わず公園に入り、ベンチに座って火を付ける。お互いの家からは少し遠回りになるその公園にヒョコヒョコ着いてきて、隣に腰掛けてくるのが嬉しい。つい頬が緩んでしまいそうだったけど、咳払いをして足を組み直した。
インナーの胸元をつまんで扇ぎ、暑さのこもる体へ空気を送る万事屋が妙に色っぽく見える。
しっとりとした夏の夜風に煽られて、思わずキスをした。
そんなつもりはなかったのだけれど、薄く開かれたそこに試されているような気がして、触れるだけで離れようとした唇をもう一度寄せて舌をねじ込んだ。
こんな舌と舌が絡むキスなんて、下と下が絡む流れでしかしたことがなかったから、キスだけ終えて無言で並んでいるこの状況が小っ恥ずかしくて仕方がない。
なんか言えよ。いつも煩いくせに、こちらの感情が忙しい時に限って言葉が少なくなるのがこの男だ。
「甘ぇな」
じんわりとした無言にたまらなくなって呟く。
うん?と万事屋が俺を見る。
「甘ぇな。てめぇの口の中は」
万事屋は、ん〜と唸って糖尿予備軍だからかね、と頭をかいた。
また無言が広がる。やっぱりむず痒くて二本目の煙草を取り出そうとしたけれど、煙で上塗りするのが惜しく感じて、箱を振った手を膝へ下ろした。
まだ湿り気の残る自分の唇を舐める。
中途半端に箱から飛び出して、引っ込みがつかなくなった一本が、行こうか行くまいか迷っている。