キスをしたいのは俺だけなのか?♪〜今日はなんの日〜
テレビから今年も伝えられる毎年の決戦の日。
「今日は日本で初めて地下鉄が開通した日です」
「んでだよ!」
思わず大きな声が出てしまい、慌てて口を閉ざす。幸い後ろの棺桶には声は聞こえなかったのかまだ寝ている時間のせいか起きてくる音がしてこなかったので俺は安堵した。
毎年恒例になってきた俺のドラ公へのキスチャレンジも既に3年目になった。最初に頃に比べれば、キスもその先のもっと凄い事もしているけど、何となくこの日にあやかってみたい気持ちだったのに。今年は別の記念日をチョイスされてしまい、出鼻をくじかれてしまった。
「いや、まだだ。この番組は最後の占いがまだある」
朝の情報番組特有の『今日の占い』がこの番組にもあり、毎日の記念日に合わせたラッキーアイテムを出してくる。
「今日の獅子座のラッキーアイテムは………」
思わず固唾を飲む。
「吸血鬼アカミミガメ!でも、襲われないように気をつけてね」
「だから!」
スマホで調べれば、今日は亀の日でもあった。どんだけ毎日記念日があるんだよ。それなら俺だってドラ公と手を繋いだ日や、初めてした日とか、あそこでしたプレイの日なんてのも……昨日のアレは……ドラ公スゲー…
「ロナルドさ〜ん!ここでエッチな波動を…待って、追い出さないでください……あぁーー」
何で明け方なのにあいつは元気良く来るんだよ。日が昇るんだからとっとと帰れ!
「……全く、何だよ今日は、ついてねぇ」
思わずため息が溢れた。
「で、お前は何でここにいるんだよ」
ギルドでコーラを飲んでいると、隣にショットが座ってくる。マスターが何も言わずにクリームソーダーを前に出した。
「何でって、パトロールとか」
俺がゴニョゴニョと言い訳じみた事を言うと、ショットは呆れた声を出してきた。
「今夜はドラルクと出かけんじゃなかったのか?そろそろ日没だぞ」
「わ…わかっている」
歯切れの悪い物言いにショットは半ば呆れている。
その理由は昨日ココで俺はドラ公と大喧嘩したのをみんなに見られていたからだ。
「今年?家で過ごせばいいだろう。特に何かする必要は無い」
昨年のリベンジで俺は改めてドラ公をヴリンスのディナーに誘ったが素気無く断られた。食い下がったが、アイツは俺の気などかまわず『行かない』と首を横に振る。
「急な仕事が入る事もあるだろう。無理に予定を入れなくても……」
その言葉に思わずカチンとしてしまった。確かに何度か予定を入れていたのに締め切りや仕事でドタキャンした事があったけど、今回はちゃんとフクマさんとも確認した。
「今回は大丈夫だって」
「君こそ何でそんなにこの日に拘るんだ。この日だけが特別ではないだろう」
「俺の中では特別なんだよ」
思わず出た大きな声にドラ公は驚いた顔をしたが、それでも答えは『NO』だった。
「いい加減戻ったらどうだ?ドラルクにも理由がありそうだったし、お互いに話し合えよ。せめてそこの花屋で花でも買って、高級牛乳と一緒に渡せばアイツだって機嫌良くなるさ」
アイスの上の真っ赤なチェリーを口に入れたショットが背中を押してくれる。
「ありがとな、ショット」
それに乗っかり、言い訳にしながらドラ公と仲直りしよう。俺は意気揚々とギルドを出た…筈だったんだ。
「何なんだよ……」
目の前に亀の大群。その最前にデカイ亀が仁王立ちしている。
「俺の名は吸血鬼ミシミシピッピアカミミガメ!貴様らを亀の虜に…………」
「占い!当たってんじゃねーよ!」
振り上げたハエ叩きで亀を退治する。タイミング良くショットが袋を構えて中に入れる。
「子どもの頃に飼った個体を最後まで飼って欲しかった…」
寂しそうな声を出すな。俺が子どもの頃に飼っていた亀の話をすると嬉しそうにしていたので、あとはVRCに任せる事にした。
足早に家に向かう途中スマホが鳴る。画面を見れば、NINEの通知。ドラ公からだ。
『今、どこにいる?』
メッセージが入っている。今の場所を返信すれば、スグに地図付きで、
『ここで待っているから、ソファの服に着替えて来るように』
そう返ってきた。急いで帰宅してシャワーを浴び、着替えたら指定の場所に向かった。そこは一軒家を改造したオシャレなレストラン。
恐る恐るドアを開けると、中は沢山のお客がいる。ドラ公を探そうとすると、店員さんが近づいてきた。
「ご予約のドラルク様のお連れ様ですね。こちらに」
丁寧な仕草に気後れしながら店員さんの後に付いていく。一番奥の扉を開けると、豪華な造りの室内にいつもとは違うスーツを着たドラ公が座っていた。促され、席に着くと店員さんは扉の方に戻った。
「ごゆっくりお過ごしください」
静かに扉が閉まると、周りの音も消えて二人だけの空間になった。
「ここね、去年君が予約したレストランのシェフが独立して構えたお店なんだよ。オープンしたら君と来たくてね」
ブラッドワインを飲みながらドラ公が話す。
去年ホテルのディナーと部屋を予約していたが、急な仕事で遅れてしまい俺の食事は部屋にケータリングしてしまった。
「君にサーブしたての温かい料理を食べて欲しかったんだ。ここのコースは最高に美味しかったからね」
嬉しそうに話すドラ公も今夜は吸血鬼用の食事を食べている。余程シェフの料理を気に入ったのだろう。
前菜を一口食べると、本当に美味しい。
「………うまっ」
俺の呟きに満足そうのアイツは微笑む。
「でも、ここ予約がいるんじゃないのか?」
先程通った店内は満席だったし、外で待っている客も居なかった。
「完全予約制のお店だし、予約は1年先まで埋まっている」
しれっと話すが、それって……
「シェフが年末にオープン日を教えてくれてね。今日をそのまま予約したんだ」
顔を赤くしてドラ公が視線を逸らす。
「えっ?それって……?うわっ」
「う…五月蝿い!私だって記念日くらい……」
いつもなら羞恥で死ぬコイツが照れているだけなのが不思議になる。
「ジョンも気を使って、これを渡してヒナイチ君の所に泊まりに行ってしまったし、折角だから御真祖様から貰った死なない薬も飲んだから……」
ジョンからの封筒にはヴリンス上階の部屋の鍵と『ドラルク様にあまり無理はさせないでヌ』と書かれた手紙。
「これだって結構前に抑えてただろうな」
「2泊取ったからね」
ジョンにまで気を使わせていたなんて…俺が感傷的になっていると、
「部屋を取ったのは私だが?ジョンはなんて?」
俺宛にと畳まれたメモを渡されたので、ルームキーの封筒と一緒に入れていたらしい。つまり、この食事の後で二人きりで……
「鼻の下を伸ばすな。だらしない」
「個室だから良いだろう」
美味しい食事をゆっくりと楽しみ、食後のコーヒーを飲み終わると、俺は恋人の腰を抱きながらホテルに向かった。
「スイートとはいかないが、ここでも夜景は充分だろう」
ドラルクが窓辺に立ち外の夜景を眺めている。その隣にそっと立つ。
「君がホテルを予約すると聞いて焦ったよ。私の壮大な計画が台無しになる所だった」
「だったらあん時言えば良かったじゃねーか」
そう言うと、耳をくたりと下げ、ドラルクは真っ赤になる。
「言えるわけ無いだろう!君と過ごしたくて半年前からレストランとホテルを予約していたなんて!美味しいご飯の後はデザートに私を食べてって…やかましいわ!」
自分で言いながら照れている。
俺だけがこいつと付き合っている事に浮かれている訳ではないのが何だか嬉しくて思わず笑ってしまった。
それを見ていたドラルクも落ち着いたのか、俺の頬をそっと撫でてくる。
「ねぇ、ダーリン♡きっかけが無ければ私とはキスをしてくれないのかい?」
ドラルクの顔が俺の方に近づき、瞼がそっと降りてキスを強請っている。
「今日だけじゃなく、明日も明後日も…悠久の時までお前にキスしてやるよ」
俺はその唇に優しくキスを落とすと、抱きかかえてベッドに向かった。