ミスタの安全地帯はいつもバスルームであった。
一度酷く心の調子を悪くしたとき、カウンセリングに通わされたことがあった。その時教えてもらったのだ。
「バスルームでなら一人になれるし、ある程度の時間を使っても怪しまれないから、そこで泣いたり、愚痴を言ったりするといい」
なのでミスタはどうしても辛いことがあった日はすぐにバスルームに駆け込む。
「おかえり、ミスタ」
「ただいまダディ!ごめんね!仕事で汗をかいたから先にシャワー浴びてくる!」
バスルームは声が響きやすい、が、水音に紛れればそうでもない。ミスタはシャワーを頭っから浴びながらぼろぼろ泣いた。たまに喉が跳ねるもののそれも生理現象だった。
「ちくしょう」
ミスタが若者で、おちゃらけた態度を取るからって、舐められるなんて慣れたことの筈だが、おべっかを使うのにも神経は削れる、そしてその先に待つのは侮蔑の目と値切り交渉だ。今回のやつも無駄に嫌な調査をさせられたのに報酬は散々だった。小さいことでケチをつけられて文句を言おうものならまた差し引かれた。黙ればそれが賢い対応だと頭をポンポン叩かれて、帽子と一緒にオレの心まで擦り潰されたみたいだった。
髪の毛が引きちぎれそうなほど引っ張って、頭皮を掻きむしって、目は涙で真っ赤に充血してる。
ああ、あんまりにも長いと怪しまれるから。
と雑把に髪と体を洗って、犬みたいに頭を振ってからバスルームから出た。
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さてはて、バレてないと思っているのは健気な子狐ただ一人。ルームシェアを始めて3ヶ月も経てば流石にあの鈍いピュアマフィアですら異変を感じ取れるレベルには、ミスタの姿は痛々しいものだった。しかし、余りにも張り詰められた糸は不用意に触れば切れてしまいそうで、誰も手出しが出来なかったのである。
そしてシュウとアイクは地道に他の方法へ慣らしていく他ないと思っているし、ヴォックスはミスタの逃げ場を奪うことになると思っていたので心配はしつつ干渉はしなかった。そこで残るはお人好しマフィアである。彼はそこまで深く物事を考えるたちでは無かったし、仲間想いであった。しかし、親切が全て人の為になるかと言えばそんなことはない。
斯くして、ミスタの安全地帯はお人好しマフィアに突撃されることと相なった。
このあとミスタがバチボコに大混乱起こしてぼろぼろのグチャグチャになっちゃうとこ書こうと思ったけどPOGが可哀想になってきて、いや可哀想にしたいんだけどそれはそれでう~~んってなったのでハッピーで終わらせたい気もする。
シュウとミスタが兄弟で、ミスタのシャワー長くない?って話になったときに兄弟として忠告するシュウもみたい。「ミスタの逃げ場所はバスルームだけなんだ。だから、バスルームから何が聞こえても、上がったあと目が腫れてても何も言わないで。気づかないふりをして。お願い。」
でも何も知らないけど配慮するラクシエムルームシェアもよい。
慰められたら慰められなきゃいけないんだ。あぁありがとうそうだね、気が楽になったよ助かった、お前がいてよかったよってね。それがどんなに違くても俺は疲れてるから反論する元気もないんだなのに見当違いな慰め方を有難がらないとあとで嫌な顔されるんだよわかるか?だから俺はもう落ち込まないことにしたしお前らに見せないようにしてたの。俺は性格が悪いんだよとんでもなくね。なのにそこにズケズケズケズケ入り込んできてさ。なに?何がしたいの?俺の邪魔がしたいの?一生見えないところですら落ち込まずに元気にハッピー野郎でいろって?無茶言うなよ。おれは慰められるのが負担なの。誰かに弱ってるところを見られるのが不安なの。頼れるレベルの落ち込みならお前らに頼ってるだろ?人に頼れないくらいグラグラになってるときってあるだろ?そういうときに人に裏切られたらどうすんの?そういう想定をするのも面倒くせぇの!!!!!わかれよ!!!!頼むからさぁ、ほっといてくれよ!それだけでいいの、ほんっとうにそれだけでいいの。なあ、わかったかよ?
「、わかった!!!!!!!」
ならミスタにとって信頼できるように俺頑張る!
ちげぇぇぇぇぇぇぇぇよ!!!!!!!!!!馬鹿!!!!的な。
ガシッと両腕を掴んで下から瞳をギョロギョロ見つめた。ミスタは興奮していたので焦点が合わず、そのまま捲し立てるように話し始めた。
「じゃあなんだ?俺が頼むから死んでくれって言ったら死んでくれんの?お前はさ。お前のできる範囲で俺の落ち込みをケアしたいんじゃないの?そうなんだったら放っといてくれよ、俺は一貫しておんなじこと言ってんのよ。わかる?頼れる範囲で頼るしそんときは助けてくれよなって。ただそれだけの話なんだわ。お前のこの世のハッピー全部煮詰めた頭で分かるか知らねぇけど。」
「頼れよって言うけど俺の落ち込みの頻度知ってんの?その理由知ってんの?言っておくけど俺は天気が悪いだけでも体調崩すし朝起きて気分が落ち込んでるたったそれだけで部屋がめちゃくちゃになるまで暴れたりするんだよ。わかるか?それに一生付き合うのかよ。お前は俺のなんなの?人のことシッチャカメッチャカにしといてさ、自分の手の範囲で暴れて、慰められろって何様なわけ?」
ルカはわかってるのかわかってないのか神妙な顔をして銃を取り出した。
はっ?!とミスタがキョドってるうちに弾を確認してセーフティを外す。
「俺はファミリーを背負ってる立場だから確かに死ねって言われても死ねない。それはミスタに信頼してくれっていうのにフェアじゃないよね。だから、多分、?小指なら平気だと思う。そこまで支障ないと思うし、義指も用意できるし。だから、両手と両足4本分の小指、ミスタへの約束代わりにあげるよ!それでどう?やっぱり足りない?」
物騒なこと言ってるのに目は真剣で、コイツはただ泣いてる落ち込みグセのあるやつの為に指4本失おうとしてる。その真っ直ぐな感情がミスタを怯えさせた。
いい、もういいよ、指なんかいらない。頼るよ、それでいいだろ、と震えた声で言った。
「POG」
にぱこと笑ったコイツが、一番の曲者だと思った。
「ミスタ、ミスタは俺にとって大事な仲間なんだ。だから、ミスタが苦しむのは出来るだけ少ないのがいいし、苦しむときは一緒にいたいんだ。」
「ただそれだけ」
「ミスタが俺のファミリーを傷つけたりしない限り、俺がミスタを傷つけることは無いって誓う」