いつかの時代、とある王国のとある貧民街にある一人の少年がいた。貧民街に生まれ、親は知らず、物心ついた時には一人で生きるすべを周りから学んでいた。その少年の名をヴォックスという。
彼は貧しく、家も食物も学も持っていなかったがただ一つ、不思議な声を持っていた。人を魅了し、惑わせ、誘惑する悪魔のような声を。
彼の言うことは正義に思え、誰もが彼を信頼した。彼に敬服し、彼を崇拝し、彼の行動に感嘆し、彼を称えた。しかしそれは貧民街の中の更に小さな1画の話であり、彼は井の中の蛙と同然だった。
さてはて、彼とその信者が少しずつ、少しずつ行動範囲を広げていたある日、彼はとある少年と出会う。彼の名はアイクと言った。彼は賢く、大通りに面した路地裏で、人の噂話を片っ端から聞き、整理し、貧民街でその情報を売り捌いていた。捨てられた本を読み、老父の話を聞き、知識を貪欲に貪った。ヴォックスは貧民街の賢者たる彼を手に入れるべく語りかけた。
「はじめまして、アイク。私はヴォックスだ」
アイクは差し出された手を一瞥して、目を通していた新聞を畳む。
「ふうん、君が噂の声の悪魔か。確かに、魅力的な声をしてる」
「声の悪魔?」
「知らないの?君はそう呼ばれてる。甘言を囁いて人を惑わし、破滅させる声の悪魔だって」
アイクはスラスラと喋るのに一向にヴォックスの手を取らなかった。ヴォックスは今まですべての存在に須く肯定されていたのでそれが酷く不思議に思えた。
「君さ、この国をどう思う?」
「さぁ?私は自分と周りの者だけで精一杯でな。そこまでの視野はないんだ」
「へぇ、勿体ない」
ヴォックスは差し出していた手を握りしめて、グッと前のめりになってアイクと目を合わせた。お互いの鼻が触れそうな程の距離だった。
きっと、人によっては心臓が飛び跳ねて、彼の言葉しか耳に入らなくなったであろう、自然に行われる支配者の行動だった。
「アイク、だからこそ君が欲しいんだ。君がいればもっと、」
しかし、アイクは動じない。澄んだ湖のようにただ憮然としている。そしてヴォックスの言葉を遮るように口を開いた。
「ねえ、ヴォックス」
「、なんだ?」
「君、そのまま猿山の王を気取っててもいいけれど、もっと大きなモノを統べる気は無い?」
___例えば、この国とか。
ヴォックスは目の前に閃光が走ったような感覚に襲われた。バチバチと全身の細胞が沸き立つ。血液が沸騰する、ザワザワと毛穴が逆立っているようだった。冷たいヘーゼルナッツの瞳がこちらを見据えている。YES、と答えるだけでその未来が確定される、そういう確信に満ちた、冷静な瞳だった。
そしてヴォックスは、この国を支配する王になることを決めた。
この時からヴォックスは声の悪魔という通り名から文字を取り、ヴォックス・アクマと名乗るようになった。
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この国は腐っている。アイクがその事実に気が付くのにさほど時間は掛からなかった。民の噂も新聞も、そこから拾う情報も、繋げた推測も、腐った政治と腐った王国、腐った王族、腐った貴族…etc生臭い事実に辿り着く。
国を憂う訳でも、未来を嘆いている訳でもなく、ただ退屈だった。贅沢をする上流階級の人間たち、困窮する労働階級の人間たち。そんなひたすら単純な構造で、きっとアイクが生きているうちに反乱だったり下剋上だったりの刺激的な出来事は起こりそうにもなかった。そのはずだった。
「___だからさ!あいつはアクマなんだよ!」
「なにいってんだよ___がそんな~~~!」
彼の存在を知った瞬間。全てが覆った。
始める気にもならないパズルの角ピースが見つかったような気分だった。
人を魅了し惑わす、声の悪魔。
国家転覆犯にはピッタリの立役者だった。
アイクは彼が着実に近付いてくるのを待ち望んでいた。
彼は悪魔で僕は知恵を与える蛇だ。
彼とともに退屈な王国を作り替えよう。
あぁ、でも大義名分や建前、民が便乗しやすいエピソードも大事だし、彼は新世界のアダムということにして、僕はイヴにでもなろうかな。この国のイヴに。
アイクはこのとき、ファミリーネームをイーヴランドと名乗った。
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城に暴徒が流れ込む。王族の三男坊であるシュウはそれをただ傍観していた。
権力争いも腐った政治も貧困もどうでも良かった。
自身に害がなければ全てはなんの問題もなかった。
「第3皇子、お会いできて光栄です」
「んはは、今晩は。イーヴランドくん?」
焦げ臭い死体に囲まれながらコーヒーを飲む。
ぷずぷすと紫色の炎で炙られた彼らは最初から敵意MAXだったので致し方なかったのだ。対話が通じそうになかったし。
「フツーに喋っていいよ。というか僕は誰が王でもなんでもいいんだ。僕の安全さえ確保されるならなんにも抵抗もしないよ」
「じゃあシュウ、僕もアイクって呼んで。ファミリーネームはまだ慣れてないんだ。
早速だけど寝返ってもらっていい?前の政治が酷いことは知っているでしょ?それの反乱軍ヴォックスの後ろ盾になって演説して欲しいんだ」
ペラペラと話し出す迂闊さとそれに見合わない緻密な計画の周到さとがアンバランスで腹を抱えて笑った。これからは随分楽しそうになる予感がした。
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このあと玉座を手にしたヴォックスがもえつき証拠の嫌な倦怠感を振り払うために戯れに惑わす力を悪用し始めて女を誑かしては捨て、を繰り返す。
支配者側になるのはいいけれど民に情を持っちゃだめだよ。相手を揺さぶるのはいいけれどあくまで遊びの暇つぶし、君が傾倒しちゃだめだよ。
なんて言ってみたの退屈なのは確かだった。そろそろスパイスを入れる時期かもしれない。
刺激の起爆剤かつ、大きな賭けも同時に仕込む。
そうして拾ったのがミスタだった。
飲み込みが早く、素直で、ちょっと寂しがり屋で、甘えん坊の坊やにヴォックスはすっかりメロメロになっていた。
ヴォックスに甘えて、寂しがり、必要とし、縋りついてくるその姿に満たされるものがあったのに、段々とミスタからの接触が減っていく。
「どうしたんだ、ミスタ」
「ん~ん、なんでもないよダディ♡」
少しの違和感を無視して、見ないふりして、ある日愕然とした。
他国の王も集まるの城のパーティーにミスタを招いたのはヴォックスだった。しかし待てども暮せども愛しのミスタは現れない。有象無象のベタベタまとわりつく女たちが酷く邪魔だった。
そして、かの有名な軍事国家。戦争では負け無しで、あの国を敵に回したら終わりだと知られている。悪逆非道の女も子供も関係ない。裏切り者は許さない。だからこそアイクの勧めで同盟を結んだ。
彼は敵対さえしなければ太陽のように明るい男で、冷徹な面など想像もつかなかった。同盟という堅苦しいものがなくとも、ヴォックスの大切な友人となっていた。
だのに、その国王たるルカが。ミスタを連れ立って現れた。思わず玉座から立ち上がる。ガタリと音を立てて、周りがざわめく。
それにピクリと反応したミスタが振り返る。
ヴォックスと目があった。無機質な硝子のような瞳。縋るまもなく逸らされた。まるでヴォックスのことなど見えていないように。
ヴォックスがふらり、とミスタの元へ歩き出そうとすると、後ろからアイクの切りつけるような声が聞こえる。
「ヴォックス、傾倒するなっていったでしょ」
「違う、そんなのじゃない、ただ、俺は」
「はぁ、仮にも国王なんだから振る舞いに気をつけて。君の周りにはいくらだって人が居るでしょう。なにもミスタ一人に固執することはない」
「しかし、ミスタが、ミスタは、俺がいないと」
「何言ってるの、見てみなよ」
呆れた顔のアイクはくいっと顎で視線を誘導した。
ヴォックスが振り返ると、そこには
「ミスタ、どうかしたの?」
「ん~ん!なんでもないよ、ルカ♡」
ミスタは絡められた腕に擦り寄り、愛らしい笑顔を浮かべていた。「POG」と彼の口癖とともに頭を撫で回されて、幸せそうにじゃれ合っている。
「ほら、君が居なくとも大丈夫。しかも相手はあのルカだし、ちょうど良かった。文面だけの同盟じゃいざって時弱いからね」
「ミスタ、ミスタ、どうして、おれは、」
呆然とした様子で俯くヴォックスにアイクはため息をつく。
「あ〜あ、意外と呆気なかったなぁ」
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パーティーが終わった後の閑散とした城で、ミスタはまだバルコニーに残っていた。
「あ〜〜、つっかれたぁ!!」
グッタリとした様子で椅子に座り込み、火照った身体を夜風に晒す。ふぅ、と一息ついたところで、勢いよくヴォックスが駆け込んできた。
「ミスタ!」
「ヴォックス〜、どうしたのそんな急いでさ、色男が台無しじゃん」
額に汗を浮かべて、肩を上下させているヴォックスとは相対的にミスタはケラケラと落ち着いていた。
ヴォックスはその自然な流れにいくばくか安心して、息を落ち着けた。やはり、あれは勘違いだったのだ。ミスタには俺しかいないはずだから。
「ミスタ、今日はどういうつもりだったんだ?せっかく俺が招待したのに挨拶にも来なかったじゃないか」
「え〜〜それはごめんて。てかアイクからも招待状貰ってたからトントンでしょ」
「アイクが?」
「そーそー、やっぱりルカはいい男だよな〜。上手く引っ掛けれてよかったわ」
次々と出てくる情報にヴォックスがものも言えずに口をパクパクと動かしているうちにまたもや話は進んでいく。
「や、俺もそろそろ腰を落ち着けたかったんだよね。その点ルカは政治的にも人柄的にも最高だろ?今回で結構気に入られたっぽいし、今度はお持ち帰りコースかな?また上手くやんないと________
「ミスタッ!!」__んぇッ!!、?どうしたのさ、ヴォックス」
吠えるようにして名前を呼ぶとミスタは目を丸くした。ヴォックスはミスタの前に傅いて、縋るように両の手を強く握った。
「なぁ、ミスタ、お前にはおれがいるだろう、?なのに、どうしてルカと、ずっと来たときからおれのことが好きだったろう?なぁ、ミスタ、おれを捨てるのか……?」
離すまいと手は強く強く握られているのに、その目は迷子の子供のようで、ミスタは思わず笑みがこぼれた。
「んはは、なんだよ、そんなこと考えてたのかよ!ヴォックスを捨てるとかないよ!」
ヴォックスの瞳に喜色が浮かぶ。ああやはり、ミスタは_____
「そもそもただのセフレだろ?捨てる捨てないもそもそも関係ねぇって!ヴォックス他にも何人とも遊んでたじゃん」
「ただ、俺がルカ一筋になるって決めただけだからさ」
「俺そろそろ戻るわ!体も冷えてきたし。じゃーな、ヴォックス!」
ヴォックスも冷えないうちに戻れよ〜国王サマが風邪ひいたら大騒ぎになるぞ!
ミスタはひらひらと手を振ってバルコニーから去っていった。その声は、ヴォックスには全く届いていなかったけれど。
(このあと抜け殻になったヴォックスのかわりに傀儡政権をあいくが行うけどつまらなくなったので暴君政治をしていい感じにシュウ(王族三男)が「僕は一度失敗している政治から目を背けました!そして、民が自ら動き、この国を支えてくれました。しかし、だからこそ!今また、おかしくなりだしている国を放っておけません!僕はもう二度と逃げない!今度こそ、正当なる王族が正しき国を統治します!」とか演説させて、アイクを牢獄に国家転覆犯としてブチ込む。牢屋の中で沢山の手記を書いて不当に逮捕された絵本作家(絵本の才能はあったが作者の人間性がクズ。作品と著者が連動しないのは分かっているけれど不快だったので市場8割)の真実を暴露し、)
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ミスタの父親は国王らしい。知らないけど。
まあ連れてきた眼鏡のかしこそうな奴と、「元」をつけるべきか迷う