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    キナコ

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    キナコ

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    けいねむ途中まで

     いつもと違うことをしようとすると、ひどくドキドキする。かれこれ数分間、私は乙木家のインターホンの前で震えそうな指先を出したり引っ込めたりしている。
    (落ち着くのよ、私!自然にすれば良いの。大したことじゃないわ)
     す〜、はあ。深呼吸をひとつして、ついにええいっとボタンを押した。バッグを持つ手に力がこもる。
    「はーい! あっ、ネムちゃん! 待ってたよー」
     明るく元気な声の応答が聞こえて、玄関扉が開かれた。どうぞ!とニコが笑顔で迎えてくれる。
    「お邪魔します」
    「いらっしゃい」
     リビングの方から、モリヒトくんが顔を出した。
    「飲み物をいれよう。紅茶で良いか? ニコはどうする」
    「ええ、ありがとう」
    「ニコ、アイスティーおかわり!」
    「あんまり冷たいものばかりだとお腹壊すぞ」
     初めの頃は遊びに来る約束をするだけで緊張したけれど、今では月に一、二度気軽に訪ねられるようになった。モリヒトくんは私の飲み物の嗜好まで把握している。すっかり友達だ。
    「もー、モイちゃんお母さんなんだから」
     朗らかに笑うニコに、リビングへと通される。密かに、手提げのバッグをぎゅっと握った。
    「よお、いらっしゃい」
    「こんにちは、ネムさん」
     リビングではテーブルを挟んでカンシくんとミハルくんが座っていた。ニコはカンシくんの隣に座りながら、私に一人がけのソファを勧めてくれる。
    「こんにちは。……ケイゴくんはいないのね」
    「なんや朝から出かけたで」
    「欲しい本があるって言ってたのよ」
    「そんなんネットで買ったら楽やんな」
    「お気に入りの本屋さんで、直接手に取って買うのがこだわりだとか何とか。まあ、そろそろ帰って来るんじゃないですか。ネムさんが来るって知ってますし」
     ケイゴくんがいなくて、ほっとしたような、がっかりしたような。身構えていたから、気が抜ける。
    「そのこだわり、オレはちょっと解るぞ。それで、お気に入りのカフェに行って読書したりすると楽しい」
     トレーに紅茶のカップとアイスティーのグラスを乗せて運んで来て、モリヒトくんが話に加わった。
    「あ、あの……」
     このままだとタイミングを逃しそうで、私はおずおずと声をあげる。手提げバッグから、プラスチック容器を一つ取り出した。
    「実は、昨日家でクッキーを焼いたの。良かったら、みんなで食べてくれないかなって」
    「ええっ、ネムちゃんの手作り!? うれしい!」
    「ありがとう。お皿に出そうか」
    「手作りクッキー、何かエエなぁ……」
    「へー、ネムさんお菓子作りとか出来るんですね」
     四者四様の悪くない反応に、胸を撫で下ろす。良かった、言えたわ。緊張した……。
     味も、モリヒトくんの作ったものほどではないかもしれないけど、作り慣れたお菓子だ。不味くはないだろう。
    「ケイゴ帰って来るの待たんでええんか」
    「ええ。もはや逆にたぶんその方が都合が良いわ」
    「? 後で知ったらケイゴさん泣いちゃいません?」
    「ほら、ニコ、お皿」
    「はーい、モイちゃん! ありがとね」
     綺麗なライトブルーのお皿がテーブルに置かれる。じゃあさっそく、とニコがプラスチック容器の蓋を開けた。
    「このクッキー……」
    「魔女の家で作る伝統的なものよ」
    「へえ、なるほどなぁ」
    「ケイゴさん帰って来る前に食べちゃいましょう」
     いただきます、と声を揃えてクッキーを齧る。
    「おいしい!」
    「うん、素朴だが美味いな」
    「上手なんですねぇ。ニコさんと違って」
    「余計なひとこと言わんでええねん」
     口に合ったみたいで良かった。良い香りのする紅茶を飲んで、ほっと息をつく。当初の計画通りにはいかなかったけど、仕方ない。
     私も一つクッキーを取って口に入れる。うん、さっくりほろりとしていて美味しい。
     モリヒトくんが「レシピ教えてもらっても良いか」と言うのに、「もちろんよ」と借りたペンでメモ用紙に書き始めたところで、ガチャリと玄関の開く音がした。
    「ただいまー」
     続いて、ケイゴくんの声が聞こえてくる。
    「あっ、帰ってきたのよ」
    「うわー、もうタイミング悪いなぁ」
    「ええ……何、オレ帰ってきちゃダメだったの……ひどくない? あ、ネムちゃん、いらっしゃい」
    「こ、こんにちは。ケイゴくん」
     ケイゴくんがへらりと笑った。
     テーブルの上を、モリヒトくんとカンシくんが隠そうとしている。
    「オレに隠れて何か食べてた?実は、お昼食べてないんだよね。本屋で色々見てるうちに夢中になっちゃって、食べるのも忘れるくらいだったっていうか」
    「待って、ケイゴくん!」
     お菓子とかあったらちょうだいとケイゴくんがテーブルを覗くのと、私が声をかけるのは同時だった。
    「あっ……」
     間に合わなかった。
     ケイゴくんの体がぐぐっと大きくなって、目が黄金色に、髪が銀灰色に変わっていく。
    「がははは! よく分からんが変身できたぞ! 良い形のクッキーじゃねえか! もらうぜ!」
     お皿の上の三日月型のクッキーを鷲掴んで、ウルフくんは口に入れる。
    「あっ、こら! みんなにもらったんだから、全部食べるなよ」
    「いやお前ら、表のケイゴにだけ隠して食おうとしてたんだろうが」
    「……」
     図星なので、誰も何とも言い返せない。
    「まあ良い。せっかく変身したし、出かけてくる。腹も減ったしな」
     ウルフくんは踵を返すと、手をひらひらと振って玄関へ向かっていく。
    「ま、待って」
    「あ?」
    「あの……、あのね、クッキー美味しかった?」
     だって、まだ感想を聞いていない。ドキドキしながら聞くと、ウルフくんはにやりと口の端を上げた。
    「ああ、美味かった」
    「そう。良かった」
     じゃあな、と今度こそウルフくんは玄関を出て行った。
    「帰って来たところなのに、もう出て行っちゃった」
    「ほんま騒がしい奴やな」
    「ネムさん、これってどちらにしてもケイゴさんは表の状態で食べられなかったですよね。クッキーの型は変えられなかったんですか?」
    「うん……。このクッキーはね……」
     失敗しちゃったわ。そのつもりはなかったけど、月に一度のミッションとしては成功かしら。
     でも、やっぱり今日はそのつもりじゃなかったのだ。
     こっそりとため息をつく。本日何度目か、手提げバッグの取っ手を握りしめた。
      
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