最期の想いは教えない「わ、先生ってどんな色も映えちゃいますね」
立香に、爪を化粧されている。誤解だ。暇だからと爪化粧をしている立香に構えと言ったら、俺に施したいと言って、赤い爪紅を足に熱心に塗っているのだ、彼女は。
「あまり嬉しくはないな。化粧は女性がするものだ」
「現代では男性でも、メイクしてたりしてますよ? 血色善くするために、パウダーとかエトセトラ。はい、でーきたっ」
ご機嫌で僕のつま先に息を吹きかけてくる。やめろ、くすぐったい。
「……これ、どれくらい待てばいいんだ」
「ん……20秒! もう大丈夫ですよ。すぐ乾くもの選びましたから」
足の爪に赤を施され、しげしげと見つめたが、悪くはないが決して良くもない。立香のような瑞瑞しい女の脚にこそ、こういうものは似合うというのに。
「さて先生、最後に、これ。履いてください」
「……。ヒールの女性ものって、男物のサイズあるのか。やめろ、これ以上洒落にならん」
「大丈夫大丈夫! 男の人でヒール履く人いっぱい居ますから! 先生は綺麗だし、なまめかしく美しい男性だし、絶対似合います」
私はその足を写真で撮って、待ち受けにしたりパネルにして部屋に飾ります♡──「履いて写真撮らせてくれないと、辞表出します」診療所の看護師として引き入れた立香が居なくなるのは困る。参る。絶望する。男として惚れてもいるし、敏腕看護師として診療所の力にもなってくれている。
「はぁ。一度だけだぞ」僕は慣れない様子でヒールのついた黒靴に足を入れる。すすす、すとん。──男性用を買っていたと思わしきサイズだ。僕の脚でもすんなり入るな。立香め、狙っていたな。
「きれい。」
うっとりとした、恍惚としたような表情で、そっと。つん。と足に触れてから、流れるように指を這わせてくる。くすぐったいが、他所を向いて好きにさせようと僕はあきらめた。
「先生、すごくきれい。私、私ね」
立香は、どこか懐かしいものを見るかのように、そして手が届かないものにやっと届いたような表情でもある顔をして、片手では僕の脚を、片手では、俺の手を握る。
「私のお通夜やお葬式には、先生に、こういう先生のうつくしさを最大限にみせた、黒いヒールの少し高い靴で。参列して欲しい」
「わかった、そうしよう。だが」
頬を撫でてやり、ソファに座る僕と床から懇願するかのように見上げる彼女に。言い聞かせる。
「僕より先に死んだら、僕は、お前に抱いた想いをすべて消す。出来ないことでもやってのける、お前をすべて忘れる薬を作り出して、きれいさっぱり忘れてやる。いやだろう」
「いやです。私を忘れないで」
「ああ。そういうことだ」
いいこだな。──顎を撫ぜてやり、ぐいと重ねた手を引き寄せソファに座らせ。ヒールの脚を組んで、僕はそのまま彼女に口づけた。舌をいれようとすると、だーめ、と。いつもの調子に戻った立香が赤くなりながら。
「ここ、待機室とはいえ、仕事場ですよ? 絶対ダメ」
真面目な気性に戻り、スマホを手にして僕の無造作に組んだヒールを吐いた脚を抜け目なく撮影して。「子どもや親御さんから、ご年輩のお兄様お姉様も来る、町の診療所ですからね」
「この続きは、休みの日に」
「……言ったな?」
「ええ言いました。好きなだけ、忘れないように溺れてください? 私に。藤丸立香に」
心地よい居場所──陽だまりを見つけた、鳥のようにやさしい表情をして、立香は僕の手を二度握った。二度、僕も握り返す。
立香の葬式通夜に出る気は僕の人生設計で一切無いが、どうか忘れ薬を死ぬ気で調合することがないようにと立香の手の指先、爪に口づける。
永遠だって、かなえてみせるさ。