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    botomafly

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    遠路春々 5_2

    長兄が家を出たまま帰ってこない。何か知らないか。
     そんなメッセージがSNSメッセージアプリに作っている家族のグループに投げられた。塾の講義中だったのでアルジュナは返事が遅れたが、誰も知らないようだ。無論アルジュナも知らない。これが夏休み前であればアルバイトだろうと説明がつくが、長兄は夏休みを最後に受験の為アルバイトを辞めている。
     残暑ある九月の始まり、時刻は夜の九時半を回っている。友人の家か、恋人の家か。真夏に比べれば夜は涼しいものの過ごしやすくはない。どこか屋内にいると思うのだが、何の用事もない日でこの時間になっても帰ってこないのは確かに心配だ。
     家族のグループでは次兄が知らないと言っているが、彼なら長兄が何をしているのかは知っているだろう。二人とも同じ意見を持っていて仲もいい。試しに個人的にメッセージを飛ばすと予想通りの返事が返ってきた。
    「アルジュナ、帰ろうぜ」
     塾からの帰り支度の最中にスマートフォンを弄っていたアルジュナは呼びかけられて顔を上げた。声の主はホワイトボード近くに立っている同中のアシュバッターマンだ。講師がホワイトボードの文字を消すのを手伝いながらアルジュナを待っている。
     アルジュナはスマートフォンを手にしたまま身支度を済ませて教室の外へ出た。
    「珍しいな歩きスマホ」
    「兄が家に帰ってこないみたいです。少しやり取りしていて……」
    「ああ、一人暮らししたがってる兄貴か」
     壁に「5」と書かれた狭い階段を下りながらアシュバッターマンの脳内にアルジュナの長兄が思い浮かんだ。五人兄弟で部屋が狭いから一人立ちしたいと言う兄と、せめて寮にしろと言う親の対決である。
    「片割れの兄に訊いたら文化祭の準備を手伝いに来た後、友人と外食しに行ったらしいですが」
     高三が文化祭に参加するかは高校によって違う。アルジュナの兄二人が通っている高校はクラスの任意参加で、長兄のクラスは不参加になったはずだ。次兄のクラスを手伝いに行ったということはどうも相当家に帰りたくないらしい。
     その気持ちは存分に理解できる。去年のアルジュナがそうなろうとしていたのを、カルナが手を打ってくれたのだ。
    「気持ちは分かるがな。俺らも家に帰ったらすぐ明日だぜ?」
     帰ったら食事をして風呂に入るだけでも日付が変わりかけているのだ。だが学校の課題も塾の課題もあるから夜更かしをしてそれを終わらせてから寝なければならない。これが毎日続くだけでも嫌なのに、加えて仕事に行っていた父親が自分よりも早く帰ってきて寛いでいるのである。
     兄二人に関しては塾がない分、家族と接する時間が長い。くどくどと何かを言われている時間があると思うと、アルジュナ個人としては塾の方がまだマシだと思っている。
     あと半年弱頑張れば解放される。折り返し地点だ。
     ただし三年後、自分の番が回ってきたときに一悶着ありそうだが。何せ自分は一人暮らしどころか恋人と暮らしたいと言おうとしているのである。絶対に反対を食らう。間違いない。今からでも憂鬱だ。千歩譲って仲のいいカルナと、と告げても反対を食らうはず。
     一階まで階段で折りて塾を出たアルジュナは、普段は見ないものを認めてそこで足を止めた。
     塾の前に赤い小型の車が停まっている。それに凭れて暇そうにスマートフォンを弄っている男はよく知る銀髪だった。ヴィジュアル系の派手なパーカーを腕まくりして白い腕が覗いている。そこに居座る存在にアルジュナは目を瞠り、夢か何かだろうかと周囲を見る。通行人や同じ塾生の知り合いは珍しい容姿の彼に目を奪われているようだった。
     つまり、夢ではない。
     では何故彼はここにいるのか。来てほしいなんて言っていないのに。
    「塾にあんなヤンキーいたか?」
    「……ヤンキーでもここの人でもないです」
     言うが早いか彼の元へと歩き出したアルジュナは振り返り気味にアシュバッターマンに手を振った。
    「私はこちらで帰るので! また明日、塾で!」
     今日は金曜日だ。明日は学校がないが、塾でまた顔を合わせることになる。
     早足でカルナのところまでやってきたアルジュナは、カルナが顔を上げて視線がかち合うと黒曜の瞳を揺らした。
    「どうして……」
     今日が塾であることは言ってあるが、場所までは言っていない。どうやってここを突き止めたのだろう。
     沢山のことを訊きたかったが、質問よりも会えた喜びが勝った。ぱちぱちと瞬きをしたカルナが両手を広げたので恐る恐る近付いてその胸に飛び込む。知っている匂いと体温がアルジュナを抱き締めた。
     深呼吸して彼を取り込み、全身に巡らせる。ほっとすると懐かしさに胸の奥が締め付けられた。視界がぼやけるのを堪えて顔の位置が去年よりも近くなったなと思っていると頬に一瞬カルナが口付けてくる。人がいるのに、とぼやいて友人がもう立ち去ったのを祈れば、恋人なのに、と返されて何も言えなくなる。
    「朝、オレにSOSを出したろう」
     解放されても離れるのが嫌でカルナのパーカーを掴んだまま記憶を遡る。SOS、出しただろうか。……否、出した。気付いてほしい自分と気付かないでほしい自分がそこにはいたはずだ。
     こちらに来るとしたらいつ来れますか? いつでもいいのですが。
     確かにそう訊ねた。気付いて自分に逢いに来てほしかったが、気付いたら彼は無理を通してこちらに来ることになる。だから気付いてほしくなかった。結局カルナは気付いてこちらに来てくれたわけだが。
    「塾の場所はお前の母が教えてくれたよ。一番上の兄の行方を訊かれたついでで聞いた。随分な巡り合わせだな」
    「偶然です。兄のことを知っていて朝カルナにメッセージを送ったわけでは……」
    「知っている。責めてない」
     アルジュナは慌てて言い募ろうとしたのを止められ、そちらの意味かと安堵した。カルナに他意はないのだろうが、時折褒めているのか貶しているのか責めているのか判別がつかない言い方をする。
    「家まで送ろう」
     車のドア開けてアルジュナに乗るよう促したカルナは彼が乗り込むと外側を回って運転席に乗り込んだ。エンジンがかかる音を聞きながら、アルジュナは座席の距離に眉を寄せた。運転席と助手席はこんなに距離があっただろうか。
     カーナビで住所を入力するように言われて入力し、人の気配がなくなりつつある大通りを車が走り始める。家までは電車で二駅だ。車でも二十分しないうちに着いてしまうだろう。
     何か話さなければ。そう思うものの咄嗟にアルジュナの口から出てきた話題は話したい事よりも、こんな時間にここに着いてしまったカルナへの心配だった。
    「カルナはどこか泊まる場所あるのですか? ……その、すみません、私が呼び出したから」
     車中泊だろうか。もう一度母にかけあってカルナを泊められないか説得するべきかもしれない。いや、だから何故それをしてから自分は恋人に連絡しなかったのだ。これでは一方的に彼を困らせただけだ。
     自己嫌悪に陥りそうになっているとカルナが不思議そうな顔をした。
    「何です?」
    「いや……オレは父の家に泊まる予定だが……言っていなかったか」
     アルジュナの目が据わった。聞いてない。これっぽっちも。自己嫌悪して傷付いていた時間を戻してほしいくらいだが、それでも彼が不自由のないところに身を置けると知って安堵した。
     時折カーナビから聞こえてくる音声は淡々としている。感情の見えないそれがアルジュナを落ち着かせた。数カ月ぶりに気が落ち着いたような気がする。ゆっくりと深呼吸をして肩の力を抜くと、恋人が傍に居るのもあってつい先程まで勉強していた気がしない。
    「ありがとうございます。来てくれて」
    「約束したからな。それに、オレもちょうど会いたかった」
    「……カルナも?」
     単純に会いたかったのとは別の理由を感じてアルジュナは思わず訊ねた。一瞬だけアルジュナに視線を寄越したカルナが「オレにも色々ある」と一人ごちる。どうやら彼も安息できる場所を探していたらしい。
    「それで?」
     カルナに話を催促されてアルジュナが言い澱む。言いたいことはあったのだが、カルナに会って落ち着いたら大したことではないような気がしてきたのだ。メッセージを送り合って近況報告はし合っているし、彼は長兄が家出したかもしれないことまで知っている。でも、やっぱり強引に会いたくなるくらいには疲れていた。
     正直に話そう。話して後悔することはないはずだ。
    「家、人数の割にあんまり広くなくて」
     訥々とアルジュナは思っていることを吐きだした。
     自由が利かない。成長して周りが見えるようになるほど不自由になる。
     ピリピリしている両親や兄たちを刺激しないように。弟たちの面倒を見て家族のバランスが崩れないように。それだけで精いっぱいだ。自分も今年は受験があるというのに手が足りない。心の余裕もない。
     だが両親は自分に期待をしている。アルジュナは大丈夫だろう、と。
     家庭の環境に耐えかねた長兄が家を出る決意をした。いつしたのかは知らない。ずっと一緒に暮らすことはないと分かってはいたが、もっと遠くの話だと思っていた。
     きっと次兄もいなくなる。自分も。その度に両親と兄弟の誰かが口論になるのかもしれない。
     今の状況もそれなりに嫌だが、三年後の自分を考えてしまうと更に頭が痛い。
    「……まあ、しかと顔をつき合わせて侃々諤々しろということだ。どうせ一方的に各々が意見を述べているだけで話し合いはしていないのだろう」
     どうせ行き着く結論は同じだ。どの道長兄は家を出なければならない。そうでなければ引越か。だが引越の可能性はないだろう。長兄がその歳になってもしなかったのだ。
     ということは彼の意思で家を出るのか、親に頼まれて出るのか、それが一方的になるのか双方の同意の上になるのかは話し合いによるものだ。
    「弟の世話とやらも合理的に他の兄弟や両親にかけあってみることだな。オレにはお前が周囲に何か意見を述べての結果を受け入れているようには見えん」
     お前も同じだぞと釘を刺されてアルジュナは小さく頷いた。戒めておこう。この二つが解決するだけでも負担は減る。自分に集中できるからだ。
     アルジュナは自身が周囲より恵まれていると実感した。自分には苦しくてもすぐに助言をくれて状況を打破して助けてくれる恋人がいる。そしてそれを手伝ってくれる兄弟も。
     希望が見えて安心したアルジュナはふとカルナが先程言っていた色々というのが気になって訊ねた。
    「カルナは最近何かあったのですか?」
     沈黙が返ってきた。代わりのようにカーナビが右折の案内をする。
     年下の恋人では力になれないか。それが猛烈に寂しさを感じて胸底に落ちてきた闇に唇を引き結ぶ。自分は彼に助けられても彼を助けることはできない。
     拳を握ってカルナの言葉を待っていると、彼は漸う口を開いた。
    「オレのは昔からだ。最近の出来事には起因しない」
    「はあ」
     アルジュナの脳内に大量の疑問符が生まれた。色々あると言いながら、最近の出来事には起因しない。どういう意味だ。
     カルナの言葉を咀嚼しきれないまま飲み込んで眉を寄せる。アルジュナはカルナの昔の話を詳しくは知らない。それは逆も同様だ。そういえばと思い出話をするくらいである。アルジュナが知っていることといえば、カルナが幼少期は病弱で田舎に住む祖父母のところで育ったことくらいだ。
    「何か力になれますか?」
    「必要ない。お前が傍に居れば解決することだ」
    「……そ、ですか」
     よく分からないが何もするなということだろうか。いよいよ無力感が大きくなって溜息を吐きそうになったところで、カルナがうんと頷いた。何となくその声音が優しいものだったので彼の横顔を盗み見る。
     困った様子でもなければ、落ち込んでいる様子でもない。どちらかといえば常の穏やかさに近い。
     本当に傍に居るだけでいいのかもしれない。
    (――だったら)
     もっと傍に居られないだろうか。
     明日は土曜日。学校はなく、夕方から塾。つまり日中であればカルナと一緒にいられる。
     去年のことを思い出す。時間がなければ作るのだと彼はアルジュナについてきた。同じことができればいい。
    「明日の日中、会いませんか? その、朝から私が塾行くまで」
     信号で車が停まった。カルナの息を呑む音が聞こえて、車のライトに照らされながらアルジュナを見た彼の瞳が揺らいだのが見える。
     まだ赤信号だ。固まっているカルナに、アルジュナがシートベルトの拘束を邪魔に思いながら身を乗り出して口吻ける。久々の柔らかくて少し湿ったそれは記憶に違わず少しだけ甘くてふわふわした。
     遠いな、とアルジュナは思った。車の中では彼が遠い。もしかしたら近いと思う人もいるかもしれないがアルジュナにとってもカルナにとってもその距離は遠かった。
    「車の中では一緒にいられないでしょう」
     だから、手を繋げる距離がいい。ぴたりと寄り添える距離がいい。逢える時間は限られているのだ。傍に居るのなら少しでも長く、近くがいい。
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    botomafly

    DONE【ジュナカル】片割れ二つ ひらブーのあれだんだん慣れ親しんできたインターホンを褐色肌の指が押す。部屋主がいることは予め確認済みだが、応答の気配はない。
     寒い冬、日曜日の朝。とあるマンションを訪れていたアルジュナは嘆息してインターホンを睨むともう一度ボタンを押した。インターホンの音が廊下に静かに響く。が、応答はない。毎週この時間にアルジュナが訪ねているのだから家主は気付いているはず。電車に乗ってここまで来るのは距離があるわけではないが夏と冬とくれば楽ではない。相手は客人を待たせるタイプの人間ではないのでトイレで用でも済ませているのだろうか。
     腕を組んで呼吸を十数えたところで上着のポケットに入れていたスマートフォンが音を鳴らした。見れば家主からのメッセージで、鍵は開いてるから入ってくれという内容だった。インターホンの近くにはいないがスマートフォンを触れる環境にはいるようだ。
     しかし。
    「……お邪魔します」
     ドアの先へ踏み込めばキッチンのついた廊下があり、廊下を仕切るドアを潜ればそこにあるのはワンルームだ。あの部屋の広さでインターホンに手が届かないとはどんな状況だ。
     何となく予想がつきつつも鍵を締めて廊下を進む。途中のキ 2216

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