勇者の目覚め(スカアス) アステルが目を覚ますと、ぼんやりとした視界に映ったのは見慣れた拠点の天井だった。
いつもと違うのは、ここが自分の部屋ではないと言う事。そして隣に、自分以外の温もりがあると言う事だった。
(まだ寝てる……)
大抵、自分より早く起きて朝の鍛錬に励んでいるスカーの寝顔を見る機会は滅多にない。
それも実は目を伏せると頬骨の上に影を落とす睫毛や、口の回りの少し伸びた色素の薄い髭が見える特等席で見るなんて、初めての事だった。
「スカーさん……」
少し寝乱れた寝巻、そこから覗く肌に刻まれた歴戦の跡、まるで壊れ物の様に自分を抱く腕
そのどれもが愛おしくて、アステルの口からは彼の名前が零れた。
「アス……テル……」
スカーの口元が僅かに動き、アステルの名前を呼んだがどうやら寝言だったようだ。
夢の中でまで自分の名前を呼んでくれる事が、ひどく擽ったいけれども、どうしようもなく嬉しくて、アステルは大きな傷の残るスカーの胸にそっと自分の顔を摺り寄せた。
昨晩はあんなに激しく高鳴っていたのに、今はトクン、トクンと穏やかに脈打つ心臓の音
その音に耳を澄ましていると、段々と自分の心臓の音と混ざって一つになってしまうようで、アステルは隙間がなくなる程、自分の体をスカーの体にぴったりと押し付けた。
「……どうした、」
少し掠れた声が頭の上に落ちてきて、顔を上げるとまだ焦点の定まらない琥珀色の瞳が自分を見下ろしていた。
「あ、おはようございますスカーさん」
「ああ……いつもなら起きる時間だが、その……昨日は無理をさせてしまったから、今日はもう少し眠っていなさい」
まだ少し寝ぼけているのか、昨夜の余韻のせいか、普段からは考えられない程に甘やかな響きが耳元で囁かれる。
その響きに、アステルはまた体温が上がってしまいそうになったけれども、言われるまでもなくその体はもうすでに、穏やかな惰眠に身を委ねようとしていた。
まるで子供をあやすように、緩慢な動きで髪を梳く大きな手に自分の手を重ねると、絡めた指から伝わる温もりの心地よさにを感じながら、アステルは微睡みの中に沈んでいった。
スカーが目を覚ましたのは、それから少ししての事だった。
先程何やら、酷く恥ずかしい言葉を口走った気がしたが記憶はぼんやりと曖昧だった。
ふと腕の中を見れば、自分の胸に顔を寄せて幸せそうな寝息を立てるアステルの姿があり、思わずその口元は緩んでしまう。
「スカー……さん」
愛らしい唇が自分の名前を紡ぐ、ただそれだけでこんなにも満たされるものなのかと、初めて沸き上がる感情にスカーは戸惑いつつも、とても温かな気持ちに包まれていた。
「アステル、愛してるよ」
そう言って、しっかりと自分の手に絡められたその指先に唇を落とした。
少し擽ったそうに身をよじって、それからすぐにまた規則正しい寝息が聞こえてくる。
「今日の朝食は、ベッドの上で取れる軽いものにしておこう」
カーテンから差し込む日差しが、彼女の肌に散る赤い痕を照らすと、何とも言えない罪悪感と共に、どうしようもない充足感がスカーの中で渦を巻く。
年甲斐もなく彼女の全てを求めた昨夜の自分を思い出して苦笑いを浮かべると、無理を強いたアステルを労う為にスカーは掛け布団を整え、その足でキッチンへと向かった。