face the sight「それ、ハネクリボーですよね?」
テスト期間が間近に迫る冬のある日
私のノートを指さしながら彼は言った。
丸々とした字でまとめられた板書の横の小さな落書き。
それが私と二子くんの出会いだった。
「バトルフェイズ。ダイレクトアタック」
「やられた〜。ありがとうございました!」
それからというもの、二子くんと毎日カードゲームで遊ぶようになった。
放課後の1時間ちょっと。場所は誰も使ってない小さな準備教室―――教室だと目立つし先生に見つかって没収されたりしたら嫌だからだ。
ほこりっぽい机を2つ並べてお互いのデッキを置く。戦いの始まりだ。
「僕のターンです」
静かな声とともに繰り出されるカード達、あっという間に彼の場には多くのモンスターが並んだ。それを守る伏せカード達も後ろに控えている。盤石の体勢だ。
彼の迷いないカードさばきに気圧されながらも私も負けじと自分のデッキの特性を活かした展開を進めていく。
しかしモンスターを召喚をしようとすれば伏せカードで防がれ、攻撃をしようにも火力で一歩届かない。
詰将棋のように一手ずつ追い詰められていき、ついには自分のライフが0になった。
二子くんはカードゲームがとても強かった。
「また負けちゃった、ほんとに強いね二子くん」
「でもあの盤面はヒヤヒヤしましたよ。伏せカードがなかったらわからなかった」
「本当?余裕そうに見えたけどなあ」
机に広がったカードを片付けながら話す。あれが強かったとかここはこうしたらどうかとか、話題が尽きることはない。
今日は三戦三敗。そろそろ日も暮れてお開きの時間だ。
私は一度も二子くんに勝てたことがない。初めて戦った日は同じ1時間を使って五戦五敗だったことを考えれば、1戦にかかる時間が長くなっているのを成長と捉えられなくもないけれど。
それでも私は一緒に遊べることが楽しかった。負けてもカードゲームは楽しいものだ。
偶然で貴重な出会いに私は感謝していた。
「楽しかった、じゃあまた明日!」
「はい、また明日」
―――――――――
二子くんとカードゲームで遊ぶようになって一週間ほど経ったある日、いつものように空き教室で遊ぶ準備をしていたら二子くんに1枚のカードを手渡された。
「これ、差し上げます。あなたのデッキに合うと思って。もちろん、デッキに入れるどうかはお任せしますが」
それは少し昔に出たちょっとピーキーな性能のカードだった。
効果を読んでもいまいちどう強いのかわからない。インターネットで私の使うデッキの構築案をしょっちゅう調べたりしているが、そのどこでも挙げられているのを見たことがないカードだった。
それでも彼が言うのであれば、きっと有効なカードなんだろう。
私は迷わずデッキにカードを入れた。
「ありがとう!使わせてもらうね。そんで今日こそ二子くんに勝つ!」
「望むところです」
「悔しいー!また負けた!」
「でも今までで一番ライフを削られました」
「ねえどこが悪かったのかな。もらったカードは強かったのに…やっぱり発動のタイミング?」
「タイミングは良かったと思いますよ、強いて言うならその後の…」
二子くんは事細かに私の戦い方を分析して自分の考えを話してくれた。
その熱い語り口と真剣さに、彼は本当にこのゲームが好きなんだなと実感する。
それと同時にどうしようもなく嬉しい気持ちになった。
好きなものを共有して、真剣になって、一緒に熱くなれることがこんなにも楽しいものだったなんて。
「僕だったらあの場面ではこっちの…」
「二子くん」
「はい?」
「ありがとう」
「いえ、別にこれくらいは。僕も戦略の勉強になりますから」
「そうじゃなくて、や、それもありがとうなんだけど…」
「一緒に遊んでくれてありがとう」
真っ直ぐな感謝の言葉は少し照れくさかった。それでも目の前の彼に届くようしっかりと向き合って伝える。
表情は長い前髪に隠れて見えないけれど、ちゃんと届いたはず。
しばしの沈黙。いつも聡明で、静かだが迷いのない口調の彼には珍しく、返す言葉を選んでいるように見えた。
「…僕はカードゲームが強いです」
「うん、知ってるよ」
「それ故に一緒に遊べなくなってしまった友人もいました」
ああ、そうか。
ずっと勝てない相手と戦い続けることは苦しい。たとえ友達でもそのために離れてしまうこともあるのかもしれない。
「別にその事自体はいいんです。友達がいなくても、僕のやることは変わらない。」
「うん」
「でも、あなたは…」
「うん?」
「あなたは、いつもすごく楽しそうに戦っていますよね。負けても変わらず。」
「うん、楽しいよすっごく!負けるのは悔しいけどね」
「僕もです。だからあなたには安心して全力を出せる」
「よかった。手加減されたら悔しいもん」
「そう、そうなんです。そういうところが僕は………すごく、楽しいです」
「楽しい?よかった、私弱いから二子くん退屈なんじゃないかって実はちょっと心配だったんだ」
「強い人とやりたければそういう場所に行きますから」
「えっ二子くん私のこと好きで一緒に遊んでくれてたの?」
「…?ぼくが他にカードゲームのできる友人がいないと思ってたんですか?」
「あっちが、そういう意味じゃないよー!」
心外ですという表情で二子くんは教室をあとにしようとする。
私も急いでデッキをかばんにしまって彼の背中を追った。
こんな日々がずっと続けばいいのに、そう思いながら。
―――このときの私は『私のこと好きで』の部分に二子くんが密かに動揺していたことなんて、知る由もなかった。
―――――――――
「明日から部活が再開されるので、しばらく遊べなくなります」
二子くんからそう告げられたのは、
冬の期末テストを乗り越えた放課後のことだった。
ほとんど毎日続いていた放課後のカードゲーム会も、テスト本番の3日間はさすがにお休みしお互い学生の本分に邁進することとなった。
それが終わり、晴れて自由の身となった今日、久々に(といっても3日ぶりだが)遊ぼうとなったのだ。
「え、二子くん部活やってたの?」
「言ってませんでしたか?」
「うん、知らない…ていうかいっつも私と遊んでくれるから、帰宅部なのかと思ってた。」
「それはテスト前期間だったからです」
「あ、そっか…」
言われてみればそうだ。今まで聞く機会もなかったし、特に気にしていなかった。
何の部活に入ってるんだろう。将棋部とかかな、とっても強そう。
「サッカー部です」
「え、私口に出てた?」
「聞きたそうな顔をしていたので」
読心術まで使えるのか、とことん二子くんには敵わない。
「…意外ですか」
「え、そうだね。正直意外かな。
でも言われてみると賢い二子くんにぴったりだね。
すごく頭を使うスポーツだって聞くもの」
「……」
「あっごめん!知ったようなこと言って!」
「いえ、別に」
しまった、と思い慌てて謝る。手を顔の前でわたわたと振りながら彼の表情を伺ってみるが、重たい前髪に阻まれて読み取ることはできない。私に読心術は使えないし使えたとしても彼相手では通用しないだろう。
「また時間ができたら対戦しましょう。
……連絡先を聞いても?」
「!うん!」
よかった、怒ってないみたいだ。
それどころか次の約束ができた。
しばらく遊べないのは寂しいけれど、それまで新しいカードを買ったり戦い方を見直したりして次の戦いに備えよう。そして次こそ二子くんに勝つんだ!
ああ、楽しみ。
そう意気込んでいたのもつかの間、数日後私は重苦しい気持ちを抱えて廊下を歩いていた。
理由は簡単。寂しいのだ、すごく。
二子くんとカードゲームで遊べないことが。
二子くんに、会えないことが。
今まで放課後のあの時間をどれだけ楽しみにしていたたかがわかった。
たった一週間ちょっとだったけれど、いつの間にか自分の生活を、心の中を大きく占めるものになっていたみたい。自分でもちょっと驚きだ。
そんな風に思う理由なんてもう1つしかなかった。
私はたぶん、二子くんのことが好きだ。
今までは楽しさに振り切れて見えていなかった心を冷静になって見つめ返してみると、つまりはそういうことだった。そして認めてみればそれは存外ストンと腑に落ちた。
だけど好意を自覚すると同時に同じくらいの大きさでとある心配事が沸き起こった。
カードゲームという純粋な趣味でつながった友達から、望まない好意を向けられるのは、気持ち悪くないだろうか?
男女関係なくそういう話があるとも聞くし、自分も過去に少し覚えがあった。
想いを伝えたとして、もし向こうにそんなつもりがなかったら?
きっと怖いし、気味が悪いし、裏切られた気持ちになるだろう。
「そんなつもりで遊んでいたんじゃないのに」と。
大事な友達にそんな思いをさせるなんてたえられない。
フラレて自分が傷つくことより、もう二度と一緒に遊べなくなることより、大好きなカードゲームを通じて二子くんを傷つけてしまうことが何より嫌だった。
そんなことになるくらいなら、このままの方がいいのかもしれない。楽しく遊べる友達のままの方が…
「二子!!」
昇降口から校門に向かう道を一人歩いていた私の耳に鋭い声が響いた。
それはフェンスの向こうのサッカーコートからだった。思わず声の方に足が向いた、そして声をかけられたであろう人物の姿を探す。
―――いた。
広大な芝生の上を駆ける選手たちの中に混ざる痩躯。体格の良い他の選手たちと比べると一際小さく見える背中。サッカーのユニフォームに身を包んだ二子くんだ。
「走ってる…」
私の知る彼からは想像もできない躍動的な姿。汗を垂らし息を荒げながらボールを追いかけ芝生の上の駆け上がっていく。
気がつくと私はフェンスにかじりつくように試合の様子を見つめていた。
試合は後半アディショナルタイム。
スコアは1-1。
ボールを持っている選手のユニフォームは二子くんが着ているものとは違う色のものだった。
サッカーの知識が浅い私でもわかる。きっとここで相手の攻撃を防げなければこのまま点を取られて二子くんたちは負ける。
逆にここでボールを奪うことができれば――
相手チームがボールを高く蹴り上げた。一気にゴールへと近づけるパスだ。そのパスを受けようと相手チームの選手が落下地点に走り込み、そのパスを奪おうと二子くんチームの選手も加わった。その密集によりこぼれたボールは予期せぬ方向へと跳ね上がる。
瞬間、強い風が吹き抜けた。
「痛っ…」
巻き上げられた砂が目に入り、思わず顔を手で覆った。
顔をこすり、なんとか目を開ける。
次に顔を上げたとき、私の目に飛び込んできたのは―――蒼。
二子くんの、蒼い瞳だった。
彼の大きくて丸い瞳が戦況を見据える。
そういえば、前髪の奧に隠れた彼の目を見たのはこれが初めてだった。
透き通るような、蒼い瞳。
他の選手と比べて体格で勝るわけでもスピードで上回るわけでもない。
それでも彼はボールの落ちてくるところが最初からわかっていたかのように、誰よりも早くそこにたどり着いた。
そして彼が蹴ったボールの先には、彼が配置したかのように味方の選手がすでに陣取っていた。ボールがゴールネットに叩き込まれる。
カードゲームの盤面を支配するように、彼は試合を支配していた。
試合は二子くんチームの勝利で終わった。
私は試合が終わってもしばらくその場から離れることができなかった。
彼が空き教室の小さな机の上で見せる鮮やかな戦術や駆け引きの数々。それが何倍も広大な芝生の上でも等しく繰り広げられていることが嬉しかった。二子くんの思い描いた通りに試合が進んでいく。
彼は何も変わらない。カードゲームをしているときも、サッカーをしているときも。
誇らしくてたまらなかった。
「そうだ、二子くんはすごい人なんだ!」彼のたった一面しか知らない、サッカーをしている姿を今日初めて見たというのに、そう言って駆け回りたいくらいだった。
もっと知りたい、私の知らない彼の一面を。もっとたくさん見せてほしい。
彼のいろんな面を一番知ってるのは、自分がいい。
―――――――――
二子くんに好きだって伝えよう。
そう決めたのはよかったが、そうなるとやはり同じ問題が立ちふさがる。
まったくその気がない趣味の友達から告白されることは嫌なのではないか?ということ。
いきなり告白するのではあまりに無謀すぎる。せめて恋愛に興味があるかどうかだけでも知っておきたいところだ。
でも私の気持ちには気づかれずに真意を探る必要がある。
悩んだ末に私が取った行動は、名前を書かずに手紙を出すというなんとも臆病な方法だった。
明日は久しぶりに二子くんとカードゲームをする約束になっている(楽しみ!)
今日下駄箱に手紙を入れておけば、明日遊ぶときに雑談として話題に出してくれんじゃないか、と考えたのだ。
二子くんと出会ってひと月足らず、お互い自分のことをかなりいろいろと話してきたし、多少デリケートな話題でも話せるくらい、仲良くなっている自信はあった。
翌日、いつもの空き教室。
ゲーム中じっと顔を見る。
今は重い前髪に隠されているけど、その奥の瞳は戦況を見据えてるんだろうか。
丸くて綺麗な蒼い瞳。吸い込まれそうなあの瞳にまた会いたい、とおもう。
「なにか?」
「えっ」
「僕の表情から戦術を読み取ろうとしても無駄ですよ」
「そんなこと…」
見たくても見えないじゃん、二子くんの目。
「あっもしかしてそのために前髪を長くしてるの?」
「なんと、バレてしまいましたか」
「え、嘘っ」
「嘘です」
「もう!」
ああ楽しい、好きだな、とおもう。
「そういえば」
カードを裏向きで場に出しながら、二子くんが切り出す。
「昨日不思議な手紙をもらいました」
来た。
「日付と場所が書いてあって、僕を呼び出す内容でした」
「…そうなんだ。不思議っていうのは?」
「名前が書いてないんです、差出人の。変ですよね」
「…そうだね」
「卑怯だと思いませんか?名前も書かずに人を呼びつけるだなんて。だから僕そいつに一言言ってやろうと思って」
「え、会いにいくの?」
「はい」
「そうなんだ…危ないかもとは思わない?」
「別に平気です。人目につかない場所というわけでもないですし」
「そうなんだ。ねえ、二子くん」
「はい」
「それってさ、たぶんだけどラブレターだよね?
二子くんはさ、もし…もしね?その人から告白されたら付き合うの?」
「相手がわからないのにYesともNoともいえません」
「そりゃそうだよね…じゃあさ、恋人欲しいとか、思ったりする?」
「……同じです。相手がわからなければ答えようがない。」
「そうだよね、誰でもいいから付き合いたいなんて風には思えないよね」
「はい。そういうあなたは恋人がほしいんですか?」
「え」
「やけに食い下がるから」
「え、ううん…どうかな…私は…」
私は、二子くんとカードゲームをするのが好き。
こうして一緒に遊んで、おしゃべりする時間が好き。
だから、誰か知らない恋人を作ってほかのみんながしているみたいに過ごしたいとは思わない。
でも……
「好きな人と恋人になれたら素敵だよね」
「…………そうですね」
カードゲームは今日も私の全敗で幕を閉じた。
結局二子くんの真意を探ることはできなかった。私の浅知恵なんてもともと二子くんに通用するはずもなかったんだ。
カマをかけて気持ちを探ろうなんて、ちょっと相手に失礼だったかもしれない。
もうここまで来たら引き下がれない。
反省の気持ちが最後の一押しとなり、自分の中で覚悟を決める。
脈があろうがなかろうがもう、直接伝えてしまおう。
―――――――――
そして約束の日。
あの手紙に書いた日付、それはちょうど遊んだ日から2日後の金曜日の放課後だった。
いつもなら空き教室でカードに向かい合っている時間だが、それがなぜか今は外にいる。
どうなっても私たちの関係が変わってしまうことがわかっていた。
それでも、もう止まれない。
あふれる気持ちを伝えなきゃ。
指定の場所は校庭の西側、裏門近くの大きな木の下だった。
校舎の死角からそっと様子を伺う。
ああ、来てくれた。
いつもの制服姿で、二子くんはそこにいた。
律儀に時間より前に着いて、誰とも知らない手紙の送り主を待って立っている。
その誠実な立ち姿を見ただけで満足して立ち去りたくなってしまうのをぐっとこらえる。
自分で始めたことだ、ちゃんと終わらせなくては。足に力を入れて、正面から彼の方に向かって歩く。
「二子くん」
「…ごめんなさい!騙すようなことをして」
「やっぱりあなたでしたか」
「!…気づいてたの?」
「まぁ、はい。今時こんなときメモみたいなシチュエーションなんて驚きましたけど」
「え、ときメモ?それって…ゲームだっけ?」
「あれ、知らないですか?てっきりなぞらえたのかと…すみません、忘れてください」
少し動揺したような様子の二子くん。
カードゲームが好きだからてっきり…と小声でつぶやいている。
その姿にふっと心が軽くなる。
彼はこんな時でもいつも通りのようだ。
立っているのもやっとなくらい緊張している私とは大違い。
「二子くん、私あなたの事が好き。
私と、付き合ってください。」
真っ直ぐ彼を見てそう伝える。
言えた。やっと、伝えられた。
これで振られたとしても後悔はない。
手紙の主が私とわかってて―――私の気持ちを知ったうえで―――それでもここに来てくれたことが嬉しいよ。
しばしの沈黙。
彼の表情は、前髪に隠れて読み取れない。
――ああ、やっぱりだめか。
思わず下を向く。次に来る言葉に備えて目を瞑った、しかし
「はい、僕もあなたのことが好きです。
たぶんあなたが思ってるよりも前から」
えっ
顔を上げる。
二子くんの表情は読み取れない。顔色もいつも通りだ。だけどほんの少し口角を上げて、その口に笑みを浮かべていた。
今、なんていったの…?
「ほ、ほんと?」
「本当です」
「ほんとに…?」
「本当です」
「私のこと…」
「好きです」
「嘘…」
「嘘じゃありません、そんなに信用できませんか?」
「違うよ!ごめん、だって夢みたいで…」
「そうですか。では何か証明してみせましょうか?」
「しょ、証明?」
「僕があなたのことを好きだという証明です。そうですね、僕が好きなあなたのところは、真っ直ぐ僕の目を見て話すところ、負けても楽しそうにカードをするところ、負けを次に活かそうと頑張るところ、素直なところ、正直なところ、表情豊かなところ、あとは…」
「わ、わーっもういい!もう十分だよ!」
たまらなくなって制止する。真っ赤になって慌てる私を見て、彼はまた少し笑った。夢みたい。
なんてことだ。
二子くんが、私のことを好き。
嬉しい、嬉しい。
全身が喜びに震えてる。信じられないことが現実になって、体に染み渡って実感となる。
伝えた想いが何倍にもなって返ってきてまた抱えきれない想いになる。
今にもここから走り出しそうだった。
「今日から僕たち恋人同士ですね、よろしくです。」
「うん、よろしく!」
向かい合って笑い合う。
涙で滲んだ視界にうつる二子くんの表情はやっぱりわからない。それでも、前髪の奥の丸い瞳はきっとあたたかな色をたたえているのだろうと、浮かれた頭でそんなことを思った。
「ね、二子くん。こないだもらったカードね、もう2枚デッキにいれたいんだ」
「はい」
「買いにいくの付き合ってくれる?」
「もちろんです」
2人並んで歩き出す。少しだけ変わった私達の関係。
「そういえば、手紙の差出人が私だって、どうしてわかったの?」
「筆跡ですよ。覚えてませんか?僕はあなたのノートをみて話しかけたんですよ。」
ああほんと、敵わないや。