望蜀1
夜更けに八丈島から戻った父は様子がおかしかった。母が亡くなって以来酷く落ち込んでいたのは誰の目にも明らかだったが、常以上に憔悴し、苦しげだった。
おかしな点はもう一つあった。父の背後から色違いの瞳を持つ少女──口元を包帯で覆い、白蛇を連れている──がおずおずと姿を現した事だ。
鬼の被害に遭った子供であろう事は想像が付いたが、通常孤児の行先諸々については隠が引き受けるはずだ。
父と少女の更に後ろでは隠達が戸惑った面持ちで待機している。慣習に逆らってこの少女を屋敷に連れ帰る特殊な事情があるのだろうか。
「お帰りなさいませ父上!あの‥‥」
「この子は伊黒小芭内という。俺は休むから風呂に案内してやってくれ」
疑問の言葉を遮りそれだけ言うと父は屋敷の奥へと向かう。その際に少女が「あ‥‥」と声を出して翻った羽織の炎色に手を伸ばしたが、父が振り返る事は無かった。
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