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    nuru_nurukinoko

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    nuru_nurukinoko

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    熱砂の国を支配するモチ【1】

    熱砂の国を支配するモチ【1】「―――覚悟だ、仮面の詐欺師。」
     熱砂の地上に照りつける苛烈な暑さを丸ごと反転したかのような―――太陽届かぬ薄暗い地下通路のどん詰まり。肌寒さすら覚えるほどしかひんやりとした空気の中、ゴミやガラス、木箱などが打ち捨てられ。まばらに点在する裸電球の頼りない灯りの中、壁を背に一人の青年が立っていた。この場に似つかわしく無い、至宝の如きプラチナブロンドが揺れる。
    「フ…。やれやれ、定型通りのつまらない脅し文句ですねェ。」
     くるりと振り向いたその面相は、まるで西洋画から抜け出てきたような美貌であった。彼は皮肉っぽく唇を吊り上げて笑う。
    「追い詰められた組織の手下というのは、何故こうもお決まりの文言ばかり吐くのやら―――教えて頂きたいものです。」
    「…貴様の挑発に乗る気はない。」
     そんな威容に対するのは、中肉中背の一人の男であった。鼻から下を布で隠し頭髪も巻き布帽で覆っているため顔形は定かではないが、目つきの鋭さを強く相手に印象付ける。長衣の多いこの辺りでは珍しく動き易さを重視した衣服に、手には湾曲した刀。そんな姿に詐欺師はフ、と息を吐いた。
    「頭目は既に捉えられ、粗方の者どもは制圧済み。資産も抑えられている―――そちらの組織が再び立ち上がる目は無い。そう理解しているのでは?」
     青年の述べる事実をじっと聴き、男は返す。
    「ああ、理解しているとも。だが、…俺はこの組織とあのお方に血肉を捧げる決意をした。それはこの状況とて決して曲げぬ。」
     チャキ、と構えた刀の表面が光を反射する。その鋼越しに覗く瞳は精神の微塵も揺れを感じさせず、男の言葉が真実であることを示していた。
    (―――ここまで追い詰められて、逃げも慌てもしない。…恐らくは頭目そのものの血筋に連なる者か、それに比するほどに恩義を感仕えている者―――。)
     青年の脳裏に、数年前遠く離れた忍びの里で戦った、火炎の如き勇猛な剣技の使い手の姿が過ぎる。
    「…成程…。では私も、その覚悟に応じて懐柔の択は捨て――お相手しましょうか。」
     片手に持つ仕込み杖からスラリと剣を抜き、見合う事数瞬。

    「―――フッッッ
    ‼︎」

     薄闇の中、ガギンと音が響き双方の刀身が閃いた。
    「――シッッ‼︎ハァぁア‼︎‼︎」
     詐欺師の剣ごと叩き折らんばかりの力強さで湾曲刀が振り下ろされる。天井から染み出した水滴がポタタ、と彼の左頬に落ち、眉根が歪んだ。
    (一撃一撃が重く苛烈―――それでいて素早い。)
     キン、ギャリリ、ガギンと攻撃を弾きいなす青年に、男はペースを崩さず手を繰り出し続けた。
    (…攻勢に乗じて著しく精神を高揚させる訳でも無ければ、息切れする事もない。…手慣れている…恐らくはこういった場を任されてきたタイプか…。)
     厄介な、と思いつつも―――いつまでもこうしている訳にもいかない。青年はタタン、と踏み込んで刺突に転じた。
    「――――…!」
     と、先程まで視界に捉えていた影が掻き消える。
    (―――下か…!)
     突きを驚くべき柔軟さで腰を逸らし―――そのままバック転の要領で地面に手を付いて避けながら―――男は詐欺師の左側面に回り込みながら懐から素早く短刀を投げつけてきた。
    「――――くらえッッ‼︎‼︎」
    「――――く…‼︎」
     似た状況には今までの人生数えきれない程に対面してきた。このレベルの攻撃なら防ぎきれる。そんな彼の想定通りに身体は反応し、捩った首の脇を短刀は掠めていった。青年が大勢を立て直さんとする瞬間。

    「――――獲った。」

     鋭い瞳の奥で青年を捉えながら男が呟く。その言葉と同時にバリンと背後で何かが砕ける音がした。ガラスだ―――この通路に捨てられていた。時間がまるでスローモーションのように引き伸ばされて感じられる中思わず視線を向けた先で、短刀に打ち砕かれたガラス片が広範囲に飛び散るのが映る。幾つものその破片が、青年にも――――。
    「――――ヅッッッ‼︎‼︎」
     同時に頭部に向かって湾曲刀が振り下ろされていた。どちらかを防げば、どちらかを喰らわねばならないまさに絶体絶命な状況に――――。

     「――――させんよ。」

     キキキキキン、とガラス片が全て一瞬にして叩き落とされ、ジャッと音を立てて湾曲刀に分銅付きの鎖が巻きつけられた。
    「…モクマさん。随分と遅かったではありませんか。」
     詐欺師が通路の奥の闇に目を向けると。
    「やぁゴメンゴメン、チェズレイ。結構鍛えられてるの多くってね。いやあウチも見習わなきゃね〜。」
     まるで世間話をするような気軽さで、全身を黒の装束に包んだ年嵩の忍びが現れた。二体一の状況――――というよりも、彼の登場自体に男はここで初めて焦りの感情を浮かべる。
    「…馬鹿な…。あの二十五人は、並居る配下の中でも全員俺が十年以上鍛錬を付けて―――…」
    「ウンだからね、結構手こずっちゃって。眠らせるのにちと手荒になっちったから、何人か捻挫したり関節外れとるかもだが。」
    「な、――――まさか…殺してすらいないと…言うのか……⁈」
     目を見開く男に軽く目元を笑ませた後――――すっと研ぎたての刃に似た視線を向けて、忍びは告げる。
    「だから―――後はアンタだけだ。…ここから先は、俺が相手をする。」
     話を聴いていた青年―――チェズレイは紫眼をすぅと細めて、やや不満そうに相棒に言葉を投げかけた。
    「お待ちを。彼の相手は私が―――」
    「そりゃ分かっちゃいるがね。」
     青年の方へチラリと視線だけ向けて、忍びは返す。
    「今おじさん、ちょーっとやる気でね。それで左の目元拭いて、下がってておいてくれる?」
     言われてふと地面を見れば、ガラスを撃ち落としたクナイの一本、柄の部分に草臥れた手拭いが巻きつけられていた。
    「――――…。」
     無言でそれを見つめ、軽く息を吐いてそっと持ち上げた相棒の仕草を是と取って、モクマは静かに敵に歩み寄る。
    「お前さん方が最早形振り構ってられないのは分かる。だが―――相手の古傷を察しながらも狙いに行く、そのやり方は好きじゃなくてね。」
    「――――ぐ…、」
     指摘の通り、この土壇場にあって小綺麗さを保つ余裕を持ちながらも―――水滴を避けきれなった詐欺師の弱点を突く計算でいた男は返す言葉もなく押し黙る。その前に、小柄な忍びがジリ、とにじり寄る。
    「そういう戦いがしたいなら俺を狙うといい。―――幸い、後引く古傷なんぞ一つもない身だ。」
     ジャラ、と緩められた鎖から湾曲刀が離される。
    「さて――――じゃあ、戦いの続きを…―――して貰おうか……‼︎」
     対峙して視線が下向く矮躯から放たれているとは凡そ思えぬ程に、男を飲み込み、青年を飲み込み、周囲の空間ごと支配する闘気が忍びから滲み出す。
    「――――…―――…‼︎」
     刃を構えつつも、気圧されたか―――男の顔に汗が滲む。相棒の意を汲んで一本退き状況を見守る青年が、手拭いを握った手ごと己の身を掻き消抱き―――ゾクリと身を震わせる。

    その眼前で、鎌の一閃が煌めいた。


    【続】
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    nuru_nurukinoko

    DOODLE彼と彼女のバレッタと。
    彼と彼女のバレッタと。「モクマさん。そちらの飾り棚の上に置いてある髪留めを取って頂けますか?」
    「うん?」
     揃って休日のとある日の朝食後。食器をシンクに持って行った帰りがけ、相棒にそう声をかけられてモクマはきょとりと首を巡らせた。国から国へ、裏社会の統一のために渡り歩く二人の棲家は物でごった返すということがない。主にチェズレイがチョイスするシックな家具が殺風景にならない程度に置かれ、そこに互いの日常で携わる小物―――ニンジャジャンショーのチラシやら、季節の花々を生ける花瓶やらが溶け合って寂しさを感じさせない彩りになっていくのが常であった。
     そんな風景の一部―――日当たりの良い窓際に設置された飾り棚の上。よくよく見れば、見慣れないものがぽつんと置かれている。近寄って手に取り見れば、それは連なる野花が彫り込まれた髪留めであった。生まれ故郷のマイカではもっぱら簪が使われるものであったし、自身は雑に髪紐で括っていた記憶しかないモクマにとっては金具のついた西洋風のそれは随分と馴染みのないものである。おっかなびっくり、手のひらの上にそっと持ち上げて、万が一にも壊さないように相棒に手渡した。
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    nuru_nurukinoko

    DOODLE南国イチャイチャモクチェズ
    南国イチャイチャモクチェズ ブ……ン……
     耳障りにならない程度の駆動音をたてて空調設備が働く。湿度と温度を完璧に調整するそれらの働きによって建物の外とは別世界かの如く快適な環境が保たれる中、カタカタとキーボードを打つ音が伴奏に加わった。時折入れ替わる様にして、タブレットのタップ音、書面を捲る音、ペンが紙面を引っ掻く音がアンサンブルを奏でていく。
    (―――ハーモニーが取れている、とはとても言えないが。まったく…ワーグナーでもここまでは掛かるまい。)
     第一、観客の居ないオペラなど噴飯物だ。そう呟くのは、部屋の最奥に設置された広いデスクに座して黙々と事務作業を続ける青年であった。プラチナブロンドの長髪を首の後ろでひとつに括り、滑らかな白磁の肌を持つ絶世の美貌の彼は―――しかし常には無いほどに分かりやすく疲労の影を顔に滲ませている。チェズレイ・ニコルズ。仮面の詐欺師の二つ名を恣に裏社会を破竹の勢いで己の支配下に置きつつあるその様に、同業者からは畏怖の眼で見られがちな青年は而して人智を超えた異能の持ち主では決して無い。会得した変装や催眠術等と同じく、血の滲むような努力と研鑽のもとに成り立っているのだ。そう、丁度新天地の征服に係る雑務で忙殺されている今現在の姿そのままに。
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