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    nuru_nurukinoko

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    南国イチャイチャモクチェズ

    南国イチャイチャモクチェズ ブ……ン……
     耳障りにならない程度の駆動音をたてて空調設備が働く。湿度と温度を完璧に調整するそれらの働きによって建物の外とは別世界かの如く快適な環境が保たれる中、カタカタとキーボードを打つ音が伴奏に加わった。時折入れ替わる様にして、タブレットのタップ音、書面を捲る音、ペンが紙面を引っ掻く音がアンサンブルを奏でていく。
    (―――ハーモニーが取れている、とはとても言えないが。まったく…ワーグナーでもここまでは掛かるまい。)
     第一、観客の居ないオペラなど噴飯物だ。そう呟くのは、部屋の最奥に設置された広いデスクに座して黙々と事務作業を続ける青年であった。プラチナブロンドの長髪を首の後ろでひとつに括り、滑らかな白磁の肌を持つ絶世の美貌の彼は―――しかし常には無いほどに分かりやすく疲労の影を顔に滲ませている。チェズレイ・ニコルズ。仮面の詐欺師の二つ名を恣に裏社会を破竹の勢いで己の支配下に置きつつあるその様に、同業者からは畏怖の眼で見られがちな青年は而して人智を超えた異能の持ち主では決して無い。会得した変装や催眠術等と同じく、血の滲むような努力と研鑽のもとに成り立っているのだ。そう、丁度新天地の征服に係る雑務で忙殺されている今現在の姿そのままに。
     と―――。
     室内に、電子音で再構成されたマンドリンの様な着信音が響く。途端、紫色の瞳にすうっと怜悧な輝きを蘇らせてチェズレイは受話器のマークをタップした。
    「――――……。」
     こちらから先に名乗る事も、口火を切る事もない。それは無論万が一盗聴された際に余計な材料を相手に与えぬ為でもあり、今のところ信頼を置いて使っている部下が敵対組織の者と入れ替わっていても即座に対応出来るようにという警戒も兼ねた彼の通話の癖であった。
    『……こちら、スペード地区担当9番。手札は全て裏返りました。二枚ほど相手の手が堅牢でしたが、今朝の早朝こちらのものに。』
    「――――成程。上々ですね。」
     スペード―――とは、チェズレイがこの地を攻略するにあたって組織内で振り分けた四ブロックの内一つの仮名であり、番号は組織内で部隊事に当てられている。この暗号が即座に出てくる辺り、内部事情を熟知した兵隊であることが伺える。
    (声の波形からして、ヴィンヴェイから加えた手勢の一人か。上がってきた情報に問題は無さそうだ。)
     相棒と共に母国を出国する際、空港で活き活きとした眼でこちらを見上げて来ていた部下の顔を思い出す。唇を微かに湿らせて、青年は柔らかくも芯のある声で報告を受け止めた。
    「では、先の指示通りに“卓に戻って”ください。」
    『―――承知致しました。次のゲームに備えます。では。』
     それだけ告げると通話は切れた。タブレットの液晶が黒く染まったのを視認した後、チェズレイはほう、と深く息を吐いてゆっくりと椅子の座面に背を預ける。
    (――――この土地での対抗勢力も概ねこちらの手に落ちた……。当分は目を光らせる必要があるが…後は統治の為の細々とした雑務を整えて……。)
     ―――と、内心確認しつつも、殆どこの机上で行われていた事務作業は平定を見越した前倒しもかなり含まれていたのだが。それでもやっと実働部隊がひと段落ついた事に詰めていた息を吐き、青年は指先で眉間を揉んだ。
    「―――丁度良い区切り、か…。……。」
     先程部下からの報告の電話の際に、タブレットで視認した日付と時刻を脳内で確認して、ゆっくりと立ち上がる。
    (兵が戦で勝ち残っても将が倒れては片手落ち―――…休息を取らねば後に差し支える…。)
     ずっと同じ姿勢を続けて凝った筋と肉が動き引き伸ばされて体内で立てる音に、詐欺師は顔を顰めて閉口した。


    ***


    部屋を出ると、廊下から差し込む未だ色薄い陽光に自然と目が細まる。AM 06:10。視線をやれば、拠点から臨む海原はエメラルドグリーンに波打っていた。同居人は不在なのかリビングスペースや廊下に冷気が行き届いていない辺り、空調は切っているのであろう。
    『だってさぁ、いない時も付けてると何だか勿体無くて。ほら、おじさん貧乏生活の方が慣れてるもんでね。』とは、本人の談であるが。
    (やれやれ―――この私と生活を共にしておきながら、庶民的節電を気にかけるなどまったくナンセンスな…。)
     苦笑しながら冷蔵庫に貯蔵されているミネラルウォーターでも口にしようかと向かったタイミングで。ドンドンドン、と玄関の扉が大きくノックされた。続いて、おーい、おぅい。と間延びした朗らかな男の声が屋外から響く。
     このセーフハウスは自分と相棒を除けば、組織内部でも所在を知る者はごく一部。何よりも―――。
    (…この敵対意識が欠片もなさそうな…聞く者の警戒を絶妙に解く声…。)
     誰にも模倣仕切れない、紛れもない相棒その人の声である。そう判断して、チェズレイはロックを外し、ドアを開けた。
     途端―――。

    「……ふ〜〜〜…。いや、ゴメンチェズレイ!ちとこんな状態になってもうてね〜〜…片手塞がっちまったし…開けてもらった方が早いかなって。」

    「…………。」
     青年の網膜にくっきりと映ったのは、紛れもない彼の相棒―――モクマ・エンドウの、アンダーウェア一枚の姿であった。
     白い砂浜から続く翠玉色の海原をバックに、灰色の蓬髪を掻き上げながら、人好きのする垂れ目の三白眼を笑ませて男が笑う。痩け気味ですらある顔の肉とは対照的に、彼の首筋は太縄を編んだように筋が張り詰めており、大胸筋は小柄な肉体に不釣り合いなほどにバルクアップされていた。柔らかな角度の朝日を浴びてすら克明な影で彩られた手脚の筋肉は荒々しく鑿で彫られた木像のようで、それらは弛まぬ鍛錬によって形作られているのだと言うことを見る者に明確に示していた。そして―――それらの全身が、何故かびっしょりと水に濡れている。否―――鼻先に薫るのは水などではなく―――。
    「……朝から海水浴、ですか?…良いご身分ですねェ。」
    「ありゃ、やっぱバレちったか。まあそりゃそうよね〜〜、この姿見たら。」
     ハハハ、と笑うと見える白い歯の爽やかさと、対照的な野趣溢れる肉体美のギャップに青年の心臓がドクリと震えた。そんな詐欺師の変調に気付いてから気付かずか、モクマは濡れた髪から手櫛で海水を梳き取りながら、苦笑して訳を話し始めた。
    「いや、今日なんか早起きしちまってさ。いつもの一連の鍛錬も先に済ませたんだけどね、ついでに興が乗って沖の小島まで遠泳してきたのよ。」
    「小島……と言っても、ほぼ岩礁地帯ですね。しかも確か陸地から1kmはあったかと」
    「そんくらいマイカ…ミカグラ島での遠泳鍛錬に比べりゃ易しいもんよ。なんせあそこは周り全部海だからね、陸地が見えなくなるまで泳がされんのが普通で。」
    「とんだスパルタ式があったものですねェ。まあ、想像には容易いですが。」
     チェズレイが首をすくめて皮肉ると、モクマも目の奥に懐かしむような色を浮かべて大笑いする。
    「ま、そういう訳で。おじさんにとっちゃこの程度文字通り朝飯前ってね。」
    「…確かに食材になりそうなものをお持ちですが。どちらかといえば、ディナー向きでは?」
     ちら、と青年が見下ろす紫眼の先には、モクマの右手に提げられた荒縄―――そこに鰓を通して括られた鮮魚が映っていた。それに気付いた男がキョロリと視線を落とす。
    「ああ、これね。遠泳してたら溺れてるって勘違いした漁師の爺ちゃんに声かけられてさ。泳いでるって説明したら、感心して釣れた魚くれたのよ。焼きでも揚げでも、生でだってイケるってさ。」
    「…成程。寄生虫のリスクを考えますと、是非熱を通した調理を望みたいところですねェ…。」
     そう答えながら鼻先を近付けると――――潮の香りに入り混じって、ふわりと得も言われぬ気配が漂ってくる心地になり、チェズレイは先程から落ち着きをなくした心臓が駆り立てるままに唇から感嘆の溜息を付いた。己が見下ろす視線の先、起き抜けから五体を駆使して本能を燃やし肉体を鍛えて帰った男の、毛穴から滲み出すテストステロンとアドレナリンが醸す雄の香り。それを鼻先から取り入れているだけだというのに、腰の奥が重くなって、腹底の最奥がキュゥ、と疼く気持ちになる。何より――――。
    「――ハハ…。何にせよ、久しぶりに朝からはしゃいだかな。汗もたっぷりかいたけど、潮で流したからサッパリだ。やっぱり、海で泳ぐって気持ちいいね。」
     髪をかき上げると、いつもはたっぷりした髪の毛の流れのまま、前に下がっているモクマの額がハッキリと目に見えて、オールバックを崩したような髪型になるのがなんとも魅惑的である。大胸筋の頂点、肉桂色の乳首から表皮を伝って流れ落ちていく雫が六つに割れた鋼の腹筋を下っていき、水分の吸収容量を超えてひたひたに濡れている白い褌に合流していった。
    (――――褌…マイカ伝統のアンダーウェア…。特有の複雑な着脱方式であるが…着慣れている故か、モクマさんは今でもこうして身につけていらっしゃる機会が多い…が……。)
     黄金の睫毛で縁取られた青年の紫水晶の眼が、僅か動揺の色を滲ませて揺れた。
    (濡れると…こんなにも、透けるものだったのか…。)
     それは、ミカグラ潜入に際し―――そしてそこを生地とする相棒を得た結果、様々にオリエンタルな知識を蓄えたチェズレイをして初めて知った事実を受けての純粋な驚きであった。水気を蓄えた綿の布地は装着の際の独自の方式に沿って上下にテンションが掛かっており、内部に秘められた肉の充実感を強調するが如く立体的な盛り上がりを外部に主張していた。清潔感溢れる真白の内側に肉色の陰部が浮かび上がって、却っていやらしさが際立っていた。纏わりつく布の陰影と内に含まれた空気の形から、モクマの陰茎の雁首の位置さえ目視出来る。
     あの肉が充血して、勃ち上がって、そして己の身体の内部を暴いたら。そこから如何様に激しく身悶える快楽が生まれるか、青年は識ってしまっている。
    (――――………、…)
     脳裏を過ぎる過去の濃厚な閨事の記憶が蘇って、チェズレイの心臓は早鐘を打ったように激しく脈動した。紫色の美しい瞳の奥、欲情の色が蕩けて混じる。
     しかし――――そこは仮にも詐欺師として名を馳せた人間。分かりやすい誘い文句で伴侶を床に誘うなど、まったくナンセンス極まる―――といあ自覚があったので。
    「……では、さっさとシャワーを浴びて頂けますか?その格好でこのまま過ごされても困りますので。」
     そう言ってツンと顔を逸らすのが、精一杯の現状への対処法であった。そんな相棒のつれない態度に、モクマの眉尻がへにゃりと下がる。
    「ん〜まあ、そりゃそうなんだけども。…チェズレイ、お前さんの方が先にシャワー浴びなくても良いのかい?作業、根詰めとっただろ。」
     ポリポリと頬を掻きながら溢される男からの気遣いの言葉はシンプルに有難いものであったが。
    「――――……。」
     ここで絆されてはなし崩しにみっともなく彼を
    求めてしまいそうなのが恐ろしく。それに何よりも――――。
    「…結構です。その格好でリビングに居られても、不要に床や家具が汚れると予想されますので」
     どこまで行っても、染みついた潔癖には少しばかり気にかかる状態である点は、間違えようのない事実なのであった。

    「――――ま、そりゃそっかぁ。んじゃ、お魚さんだけシンクに置いといて、先にお湯借りますかね。」
     そんな青年の主張に反する事なく、モクマはのんびりした口調でそう受け止める。どうやら己の主張通りに入浴に向かってくれそうな相棒に、半身傾けて通路を開ける。その隣を男が通り過ぎようとした、瞬間――――。
    「だけどさぁ。」
     頬を撫でる風が皮膚に触れるまで所在を感じ取れぬかの如く―――まるで大気の一部に滑り込むような滑らかさで。モクマは、予備動作を全く感じさせぬ速度でチェズレイの身体をドアに縫い止めていた。
    「――――…ッ……⁉︎」
     いくら仕事終わりで疲労していたからとて、言い訳出来ぬ程に彼我の力量差を脳に刻みつけられて―――青年の雌心が燃え上がる。伴侶の心身が萌しつつある事をはっきりと理解しながら―――モクマは三白眼の奥から黒曜の欠片のような瞳をチラリと光らせて囁いた。
    「んん〜〜〜…お前さんなんだか…―――今日はいつもより……。」
     言いながら、チェズレイのシャツが、パンツが己が身に纏う海水を吸うのを意にも止めず、立体的な唇で彼の真っ白な首筋に唇を寄せた。
    「――――ッ待って…くださ…、身体、洗ってな…―――…、」
     抵抗の言葉を表面ばかり口から溢しながらも、青年の身体は唯一心許した番の雄獣に身を開かれていく歓びに震えている。そんなチェズレイの心の動きを熟知しながら、モクマは肉厚な舌先でベロリと白磁の鎖骨を舐め上げた。
    「随分とイイ味がするね。……興奮してる、濡れたフェロモンの芳しい匂いだ……。」
     ごり、と音がしそうな質量の熱い肉塊が腰に押し当てられる。嗚呼――――彼からも、どうしようもなく求められている。その事実に、チェズレイの未だ貞淑に口を閉じている肉孔が、ヒクリと雄を求めて収縮した。


    ***
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    nuru_nurukinoko

    DOODLE彼と彼女のバレッタと。
    彼と彼女のバレッタと。「モクマさん。そちらの飾り棚の上に置いてある髪留めを取って頂けますか?」
    「うん?」
     揃って休日のとある日の朝食後。食器をシンクに持って行った帰りがけ、相棒にそう声をかけられてモクマはきょとりと首を巡らせた。国から国へ、裏社会の統一のために渡り歩く二人の棲家は物でごった返すということがない。主にチェズレイがチョイスするシックな家具が殺風景にならない程度に置かれ、そこに互いの日常で携わる小物―――ニンジャジャンショーのチラシやら、季節の花々を生ける花瓶やらが溶け合って寂しさを感じさせない彩りになっていくのが常であった。
     そんな風景の一部―――日当たりの良い窓際に設置された飾り棚の上。よくよく見れば、見慣れないものがぽつんと置かれている。近寄って手に取り見れば、それは連なる野花が彫り込まれた髪留めであった。生まれ故郷のマイカではもっぱら簪が使われるものであったし、自身は雑に髪紐で括っていた記憶しかないモクマにとっては金具のついた西洋風のそれは随分と馴染みのないものである。おっかなびっくり、手のひらの上にそっと持ち上げて、万が一にも壊さないように相棒に手渡した。
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    nuru_nurukinoko

    DOODLE南国イチャイチャモクチェズ
    南国イチャイチャモクチェズ ブ……ン……
     耳障りにならない程度の駆動音をたてて空調設備が働く。湿度と温度を完璧に調整するそれらの働きによって建物の外とは別世界かの如く快適な環境が保たれる中、カタカタとキーボードを打つ音が伴奏に加わった。時折入れ替わる様にして、タブレットのタップ音、書面を捲る音、ペンが紙面を引っ掻く音がアンサンブルを奏でていく。
    (―――ハーモニーが取れている、とはとても言えないが。まったく…ワーグナーでもここまでは掛かるまい。)
     第一、観客の居ないオペラなど噴飯物だ。そう呟くのは、部屋の最奥に設置された広いデスクに座して黙々と事務作業を続ける青年であった。プラチナブロンドの長髪を首の後ろでひとつに括り、滑らかな白磁の肌を持つ絶世の美貌の彼は―――しかし常には無いほどに分かりやすく疲労の影を顔に滲ませている。チェズレイ・ニコルズ。仮面の詐欺師の二つ名を恣に裏社会を破竹の勢いで己の支配下に置きつつあるその様に、同業者からは畏怖の眼で見られがちな青年は而して人智を超えた異能の持ち主では決して無い。会得した変装や催眠術等と同じく、血の滲むような努力と研鑽のもとに成り立っているのだ。そう、丁度新天地の征服に係る雑務で忙殺されている今現在の姿そのままに。
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