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    nuru_nurukinoko

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    南国イチャイチャモクチェズ2

    南国イチャイチャモクチェズ2 ―――フゥ、と軽い息を吐き出しながら、バスルームの扉を閉める。玄関先での先ほどの遣り取りから小一時間後。モクマは相棒に続けて入浴を済ませ、リビングへ向かっていた。
    (入浴―――ったって、アイツほど丹念な習慣がある訳でもないがね。)
     そう自省しながらも、タオルドライのみの生乾きで済ませるなと再三その相棒から口酸っぱく言われた影響からか。がしがしと掻く髪は丁寧に乾燥されて、どこかふんわりとした手触りに変わっていた。身体に纏わりついていた海水の塩分と滲む汗、そこに塗されていた砂も綺麗さっぱり洗い流されている。程よく運動をこなした肉体がシャワーの温水で温められ―――更にそこから常温に戻る時特有の、ほっと筋肉が弛緩する心地よさが男の全身を包んでいた。
    「―――いや〜〜気持ちかった。やっぱ朝風呂は頭がスッキリするねぇ。」
     リビングに踏み入りながら、首を傾けてソファを見遣る。そこには――――モクマの予測の通りに、艶やかな長身を背凭れに預けて番の青年が座っていた。
    「――…朝…。まあ、時刻としては相違ないですね。といっても、ここのところ作業に集中していたのであまり感覚がありませんが。」
     如何にも平気そうな顔のままそう告げる目元は、入浴による血行促進で多少改善が見られるものの、疲労によってかやや色を失っていた。洗髪剤で汚れを落とし、頭皮マッサージを終えてトリートメントされた黄金の髪も今は潤いを取り戻して見えるが。先ほどモクマが玄関で見た際は、日頃身繕いに気を遣う青年を思えば驚くほどに生気を失っていた。相棒の括り髪が幾筋か乱れて、うなじに後毛が解けているのを見るのは3日と離れずそばに居続けているモクマを以ってしても珍しい光景であった。あれを見た瞬間、正直なところ――――…。
    (……、………。)
     心の中で先ほど思い浮かんだ感情の形を再確認しながら、男は唇を軽く湿らせた後―――態と戯けた口調で伴侶に話しかけた。
    「―――ま、その苦労の甲斐あって、問題ごともひと山片付いたんでしょ?持つべきものは優秀な大将、ってね。」
     言いながらチェズレイの右隣に腰掛けると、彼はたっぷりとした睫毛で彩られた紫眼を眇めてこちらを検分するように眺めて問うてくる。
    「耳が速いですね。いつ情報を入れたので?」
    「お前さんの様子見てりゃ分かるよ。ここのところ、おじさんが敷地内に迷い込んだ犬に吠えられようが台所の大皿割っちまおうが、部屋に篭ってうんともすんとも言わなかったろ。それが、今日はちょっと声掛けただけで玄関まで出迎えてくれるんだもん。ああこりゃ、ひと段落ついたんだなって――――…」
    「成程、前者の働きには感謝致しますが後者の行いで相殺されましたね。差し引き零点です。」
    「―――ありゃりゃ…。」
     相棒からの報告をそう怜悧に切って捨てる青年の言葉に、モクマはやや大袈裟にしょぼくれた顔を作って肩を落としてみせた。そんな滑稽じみた仕草に、花弁のような薄い唇がほのかに弧を描く。
    「―――まァ、仕事は完璧にこなして頂けましたから。こちらもプライベートでとやかく言うのはよしましょう。」
    「そう評価して貰えたんなら僥倖だねぇ。言うて、締めの鉄火場には行かずに朝からのんびり時間貰っちまったけども。」
     助太刀に行かずに良かったのかい、と首を傾げる男に青年は優雅に足を組んで頷いた。
    「結局、平定後に我々はこの国を出て次の目的地に向かいますからね。統治は組織の部下を経由することになりますが――――その際あまりに“無敵の武人”の力だけを見せては、組織全体の武力は却って低く見られかねません。最悪、出国した側から反乱分子が蜂起しかねない。」
    「成程。組織全体が出来るんだぞ、ちゅーとこを見せとかんといかんのね。」
     色々考えとるねぇ、と呑気な反応を返しながら顎をかくモクマに、チェズレイはやれやれと肩をすくめてみせた。
    「…当組織最大の武力とは思えぬ昼行灯ぶり…。まったく、相変わらずですねェ。」
     唇身体優雅に皮肉の調べを奏でながら、青年はふう、と溜息を付いた。完璧に汚れを落とし切り艶の戻った麗しいプラチナブロンドが、しゃらしゃらと音を立てて肩から胸元に向かって流れ落ちる。薄く開いたバスローブの胸元から薄桃色に上気した肌が覗いて、モクマの網膜にクッキリと焼き付いた。
    「―――……、……。」
     脳味噌が、身体の中身が。炎に炙られたように熱くなるのを自覚する。急速に喉が渇いていくのを自覚して、男は相方に対してばかりは年甲斐もなく性に貪欲になってしまう己に苦笑いを溢しながら、後頭部を掻いてきょろりと周囲を見渡した。
    「―――あ―――…なんか喉乾いちまったかも。チェズレイ、その水もう飲まないんなら、貰っても良いかい。」
     ソファの正面、ローテーブルに置かれていたミネラルウォーターのボトルを指さすと、青年は鷹揚に頷いてみせた。
    「えェ、どうぞ。」
    「…あんがと。」
     手を伸ばしてペットボトルを掴み、キャップを捻って開封すると口を付けてゴクゴクと給水する。案外自覚しないところでも水分を失っていたのか、細胞に染み入るように潤いが齎されて男の眼は自然に細まった。このままぜんぶ飲み干してしまおうか―――。ボトルの六分目まで満たされていた残量を胃に流し込もうかとモクマが思案し始めた瞬間。ふと、肩にしゅるりと細長い腕が絡みついてきた。
    「―――、ッ…」
     唇を飲み口に付けたまま視線を横にやると、生ける人形のように整った容姿が間近に迫っている。金糸の髪の間に覗く、アンニュイな角度の柳眉。アメシストを嵌め込んだような千々に輝く瞳。真っ直ぐ通った高い鼻に、桜色の端正な唇。性の別を超越した、万人の心を動かす凄絶な美。そんな恐ろしく整った相棒の貌が、どこか楽しげに形作られていた。
    「ただし――――条件付きです。」
    「……後出しなんて、ずっこくない?」
     水分を足したばかりだというのにやけに張り付く喉を動かして、モクマがやっとそれらしい言葉を吐くと。チェズレイはフフ、と可笑しそうに吐息を漏らした。
    「詐欺師に向かって何を言うのやら。―――簡単な事ですよ。…私ね、まだ身体の熱が取れなくて。」
    「……随分と、空調の温度は下げた筈だけどな。」
     相手の欲しているものを理解しつつも、男が口先の戯れで誤魔化していると――――青年は右腕を相手の肩に絡めたまま、左手でゆっくりと腿を撫で始めた。
    「おやおや―――先程あんなに玄関先で盛っておきながら。もうそんな風にはぐらかす…。いけない人だ…。」
     日頃ピアノを奏でる品のあるしなやかな指先が、まるで淫獣のように蠢きながらモクマのがっしりとした太腿をバスローブ越しに撫で上げて、遂には布一枚隔てた男根の上に辿り着いた。
    「先程貴方に灯された身体の炎が―――まだ熱く燻って、消えないのです…。」
    「―――そりゃ、悪い事しちまったねえ。」
     そうのんびりと返す声は表面ばかり。モクマの小さな黒目の奥は熱を帯びてギラギラと輝き、視線はチェズレイの双眸と胸元、そして先程足を組んだ際に撓み開いた裾から覗く脚を行き交っていた。
    「いや、先にテンション上がっちまった俺が言うのも何だけどさ。お前さん仕事終わりだろ。」
    「あァ、ご自覚お持ちのようですが…本当に今更な物言いですねェ。その仕事終わりの私当人が望んでいるのですよ?」
    「疲れとるだろ?ちっとは寝た方が。」
    「モクマさんも男性ですからご存知かと思いますが。多少疲労が溜まっている方が、欲が唆られるので。」
    「や、でもさぁ。倒れでもしたら―――…」
    「あァ…モクマさん――――…」
     チェズレイの紫色の瞳が、シニカルな童話に出てくる化け猫のように歪み嗤った。

    「――――心にもないことを…‼︎……第一ねェ、貴方――――私が疲労した姿にこそ、欲情していたでしょうに……!」

    「――――……。」
     痛いところを突かれ、眉根を顰めて押し黙った相棒に青年は相変わらずくつくつと性質の悪い笑みを浮かべた。
    「貴方は、疲弊疲労し全身に汗と皮脂と老廃物の溜まり切った、私の珍奇な一面を目にしたからこそ劣情を催されたのでしょう?…まァ、私にはハイグロフィリア(分泌液愛好)の気は無いので、理解致しかねますが。それをこの私に対し隠し立てして逃げ回り、挙げ句の果てに気遣いめかすなど。舐めた真似はおよし頂きたい。」
    「――――………。」
     伴侶からの痛烈な指摘に、男は深く長い溜め息を吐くとボリボリと頭を掻き。開き直ってやや据わった眼でぼそりと返した。
    「――――ほんとは、あの場でお前のをしゃぶりたいくらいだったんだけどね。これでも我慢した方だよ。」
    「おや、今度は一点素直に出ましたねェ。ふふ、そうでなければ…!」
     鼻先にクスクスと息を吹きかけてくる青年の嫋やかな腰を態とぶっきらぼうに抱き寄せて、モクマが照れ隠しのように唇を塞ぐ。
    「――――ァ、―――ンん…―――…」
     うっとりと眼を細めて行為の始まりを促すように侵入してくるチェズレイの舌先を犬歯で甘噛みしながら、モクマが囁く。
    「―――言っておくが、俺も随分とお前が不足して飢えてる問題でね。…止められそうに無い。」
     それでもいいのかい、と問う男に青年はうっそりと月下に開く華の様に妖しく微笑んで応えた。

     それこそ、のぞむところ。


    (続)
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    nuru_nurukinoko

    DOODLE彼と彼女のバレッタと。
    彼と彼女のバレッタと。「モクマさん。そちらの飾り棚の上に置いてある髪留めを取って頂けますか?」
    「うん?」
     揃って休日のとある日の朝食後。食器をシンクに持って行った帰りがけ、相棒にそう声をかけられてモクマはきょとりと首を巡らせた。国から国へ、裏社会の統一のために渡り歩く二人の棲家は物でごった返すということがない。主にチェズレイがチョイスするシックな家具が殺風景にならない程度に置かれ、そこに互いの日常で携わる小物―――ニンジャジャンショーのチラシやら、季節の花々を生ける花瓶やらが溶け合って寂しさを感じさせない彩りになっていくのが常であった。
     そんな風景の一部―――日当たりの良い窓際に設置された飾り棚の上。よくよく見れば、見慣れないものがぽつんと置かれている。近寄って手に取り見れば、それは連なる野花が彫り込まれた髪留めであった。生まれ故郷のマイカではもっぱら簪が使われるものであったし、自身は雑に髪紐で括っていた記憶しかないモクマにとっては金具のついた西洋風のそれは随分と馴染みのないものである。おっかなびっくり、手のひらの上にそっと持ち上げて、万が一にも壊さないように相棒に手渡した。
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    nuru_nurukinoko

    DOODLE南国イチャイチャモクチェズ
    南国イチャイチャモクチェズ ブ……ン……
     耳障りにならない程度の駆動音をたてて空調設備が働く。湿度と温度を完璧に調整するそれらの働きによって建物の外とは別世界かの如く快適な環境が保たれる中、カタカタとキーボードを打つ音が伴奏に加わった。時折入れ替わる様にして、タブレットのタップ音、書面を捲る音、ペンが紙面を引っ掻く音がアンサンブルを奏でていく。
    (―――ハーモニーが取れている、とはとても言えないが。まったく…ワーグナーでもここまでは掛かるまい。)
     第一、観客の居ないオペラなど噴飯物だ。そう呟くのは、部屋の最奥に設置された広いデスクに座して黙々と事務作業を続ける青年であった。プラチナブロンドの長髪を首の後ろでひとつに括り、滑らかな白磁の肌を持つ絶世の美貌の彼は―――しかし常には無いほどに分かりやすく疲労の影を顔に滲ませている。チェズレイ・ニコルズ。仮面の詐欺師の二つ名を恣に裏社会を破竹の勢いで己の支配下に置きつつあるその様に、同業者からは畏怖の眼で見られがちな青年は而して人智を超えた異能の持ち主では決して無い。会得した変装や催眠術等と同じく、血の滲むような努力と研鑽のもとに成り立っているのだ。そう、丁度新天地の征服に係る雑務で忙殺されている今現在の姿そのままに。
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