ここは何処だろう。黒い世界。
真っ暗で自分の姿さえ見えない。
そうだ、何かを探さなければ……
シャークトロンのやつから情報をもらって、それから、それから……
ずっと歩いていた気がする。走って転んで、また歩いて。行く宛もわからないがふらふらと。
ふと、誰かに進路方向を遮られた。ぶつかる寸前まで気づかなかったのだ。歩き疲れた足はタタラを踏み、尻もちをついてしまう。見上げると赤いバイザー、淡く光るそれにポカンと口を開けた赤い機体……ホットロッド自身が写っていた。
「なぁあんた、皆んなを知らないか?」
少し上擦った声に、さも可笑しな奴だと言いたげに首を傾げたのであろう、少し傾いたバイザーにホットロッドは続ける。
「ホワールにクローバー、デッドエンドとパーセプター…それからサウンドウェーブ。」
こいつら俺の仲間でさ。でも、みんな、きっと、迷子になってんだよ。だから、探してんの。
からからと笑うわりには随分と抑揚の無い声だ。早く合流しなきゃ、と宣う無視して、赤いバイザーはまた暗闇に消える。
いきなり知らない奴に知らない奴らの事を聞かれたのだ。怖がられてしまったか…不躾な事をしてしまった、心なしか背中のウィングもしょんぼりと肩を落としている。やってしまった事は後悔しても仕方ない。そのまま、のろのろと立ち上がった瞬間だった。
「ぶぇッ!?…な、っんに、するんだ!?」
再び歩き出そうとしたホットロッドは、地べたに逆戻りしてしまう。目の前にはあの赤いバイザー。闇に溶け込んでいて殆どわからないが、手と思しきところで布を引っ掴んでいる。
(なんだ、本当になんなんだよ…!!)
動けずにいたのをいい事に、ホットロッドはすぐに、大きくてふかふかのそれに包まれるように覆われる。…じわりと温かな熱が体に入ってくるまで時間はそうかからなかった。
他機より高いと自負しているホットロッド。が、自身の機熱は思っていた以上に低くなってしまっていたらしい。……布を持ってきてくれたバイザーの機体も随分と冷たい。慌てて、そいつにも手探りで布をかける。
ここは寒い場所なのだろうか。それとも…
「なぁ…あんたお化けなのか?」
ポロリと漏れ出た言葉に、バカを言うなとでもいいだけにぽこっと軽い音を立てておでこを弾かれる。
それから確認するように再度、しっかり布を被せられ、背中をぽんぽんと軽く叩かれた。必然的にそいつとは向かい合う形になる。まるで子供にでもなったようだ。引き寄せられ、そいつの肩に頭を置いたまま……どれくらいそうしていただろう。心に少し余裕が出来たからか、体に酷く重い事に気づいた。
本当に気づいていなかっただけのか、無意識のうちに感知機能を停止していたのか、叩かれている背中からどっと疲労感が襲いかかってくる。
ほんのりと体に熱が戻った後も、ただずっと抱きしめてくれている見えない機体。
休んでいけという事なのだろうか。将又、素直に誰かを助けてやれない、難儀な性格の持ち主なのだろうか。後者だったら面白いな、とおかしくってくすくすと笑ってしまう。
目と鼻の先、自分のオプティックに映ったのは、きらりとひかるサウンドシステム特有のパーツ。
「お礼になるかわかんないけど……。音楽、好きな奴がさ。俺好みの曲、見つけて聴かせてくれたんだ。」
そう言って歌詞を口ずさむ。
疲労で意識がボヤけたまま歌っているせいか、切れかかっている糸を探るようにして吐き出されるそれは音程も少しずれ、歌詞もうる覚えだ。結局、最後まで歌われる事なく、吃った声になってしまう。
「どうだったけ…えっと…」
カチリとすぐ横で音がした。
ザザッとノイズ音がしたかと思うと、鳴り出す音楽、先程自分が歌っていた曲だ。
なんだ、アンタも知ってたのか。
そんな軽口も言えぬまま、迫り来る睡魔に意識を預けた。
ポンポンと背中を叩かれる感覚でスリープ状態から目覚める。最初に視界に映ったのは、己の手さえ見えなかった暗闇が徐々に形を失っていき、白んでいく空。闇に光が差し込んで来ている。意識を失う前と変わりなく、側に居てくれた赤いバイザーの機体。さんきゅ、と言葉でしか礼を告げれないのが歯痒い。助けてもらったのに礼さえできなかった事を申し訳なく思うが、借りにしてもらおう…。いつか必ず返さなければ。
「朝…か、なぁ、少し歩かないか?」
そうして2機一緒に歩を進める。一方的にだけれど他愛無い話を沢山、これ以上無いくらいに話し続けた。
暗闇に紛れていた話し相手はお化けなんかじゃなくて、同じトランスフォーマー。
機体のカラーである濃い群青は空よりも深い。
「そんな色だったんだな。
あんたの色、俺は好きだぜ。」
青い機体は返事なんてしない。が、其奴から流れている音楽はどこか懐かしくて優しい曲だ。何処で聴いたか思い出そうとするも、フィルターがかかったように記憶が曖昧になる。
思い出せそうにもない。僅かに口ずさめるメロディーも、忘れるくらいなのだ。
なんでもない。
きっと、なんて事はなかったのだ。
「そーいや、お前の名前なんていうんだ。」
やはり反応もしない無愛想なソイツに苦笑した、その時だった顔半分を覆っているマスクの下から声がした。
「………サウンドウェーブだ」
聞こえるか聞こえないか、小さな声に気をよくしたホットロッドはサウンドウェーブ、と教えられた名前を繰り返した。
「オケー、サウンドウェーブ!これから何処に…」
行こうかまでは言えなかった。
黙ったまま、サウンドウェーブはホットロッドの手を繋ぎズンズンと進んでいく。
前を向いて歩く青に面食らったものの、大人しく引っ張られるがままに着いて行く。
真っ白な空間を、いくつも星々が煌めく夜空を、先が見えない大草原を、朽ちたビル群が摩天楼に聳える街を、道標があるかのように真っ直ぐと。
だが、歩く度、進む度、不安が足音を立てて追いかけてくる。言いようのない焦燥が、湧き上がる。足を止めたい。進みたくない。
終わっていた筈の何かが始まってしまいそうで怖かった。嫌だ、いやだ、やめてくれ。
必死にサウンドウェーブに掴まれている手から逃れようと踠くが、その度にこめられる力が強くなるばかりだ。
知りたくない、このままでいい気がする。
ずっと何もわからないままコイツと…
「お前はココにいルべきデハない。」
否定されたような気がした、せっかくまた会えたのにどうして突き放すのだと言いたい、泣きたい、叫びたい。
しかし、ホットロッドを強く掴かんでいる手がそれを許さなかった。グッと引っ張られる感覚に前を向くと視界を埋め尽くす赤のバイザー。
こつりと、音がした。
何をされたか理解した頃には身体が反転しており、痛いくらいに背中を押されていた。
「もウ忘れテくレルなよ。ホットロッド」
前は呼んでくれなかった名前を残して。
「みんな心配したんだよ!!」
気がつくと、目の前いっぱいのバンブルビーに泣かれていた。
聞くと自分は川に落ちてしまい、随分と寝てしまっていたらしい。
申し訳ない事をしてしまった。すまない…そんな謝罪の言葉も低く呻くような嗚咽に呑み込まれる。シャットダウンしていた時から止まらない涙に何処か痛むのか、もしやまだ不具合が残っているのでは、と口々に心配してくれるみんな。
「幸せな夢を、見てたんだ。」
そう言ってあいつのようにまだ緩んだ顔を隠す。繋いだ手の温もりを、唇に残る感覚を忘れないようにするために。
……久しぶりにあいつが話していた曲を聴いてみようか。それから、それから…今度はあいつに聴かせたい曲でも探してみようか。