決意「ふう……」
星奏学院最寄りの書店で1冊の雑誌が目についた鷲上源一郎は思わずタメ息が漏れてしまう。
そこにあるのは、「漆黒の覇者、黒橡 衝撃のデビュー」の文字。
そして、写っているのは紛れもなく堂本大我とかつての、いや、今でも心では忠誠を誓っている御門浮葉のツーショットであった。
堂本はともかく、御門の表情は物憂げさを残しておきながらも、一方で自分が見たことがない挑戦的な笑みを前面に押し出している。
「浮葉さまが壊れていく……」
そう思ってしまうのは、傲慢なのだろうか。
芯は強く、一度決めたことは決して曲げないものの、やはり儚げで物憂げ。
そんな印象を抱いていたのは自分の幻想だったのだろうか。
堂本を相方にしてから、いや、リーガルに関わるようになってからと書いた方が正解だろうか。彼に抱いていた印象はかき消され、新たな一面を剥き出しにされている。
御門が墜ちていくように見え、それに対し何もできない自分が歯がゆく、そして苦しくさえ思う。
「御門さんの雑誌を見ているのですか?」
いつの間に来たのだろう。
スターライトオーケストラのコンサートミストレスである朝日奈唯が隣に立っていた。見つめているのはやはり自分が見ていたものと同じ雑誌の表紙。
「クラスの友達も話題にしていました。今までファゴットなんて興味どころか知らなかったのに、気になるまで言い出して」
そう言った彼女の声には悔しさが混ざっていたような気がする。
星奏学院での彼女の立場について詳しくは知らないが、普通科においては「音楽科の真似して楽しいの?」と呆れられ、音楽科からは「普通科のくせに」と妬みとも僻みともとらえられる感情を持つものもいるらしい。
どちらに位置しても中途半端な位置で、音楽を身近に感じてほしいと思って行っている路上ライブも、彼女のクラスメーとらしき人が来ているのはあまり見たことがない。
それを考えると、黒橡が友人たちの間で話題になるのは複雑な心境だろう。
「御門さん、いい表情していますね……」
京都で短い時間を過ごした彼女にとって、御門浮葉という人物に対しどのような印象を抱いたのだろうか。
その声から読み取れるのは悔しさ。
おそらくスターライトオーケストラでは魅力を引き出せなかったこと、そして、加入してもらうことも叶わなかった敗北感。
それらが渦巻いているようにも感じた。
「御門さんはグランツを選んでしまったけど…… そして、それはコンミスである私の力不足もあると思います」
朝日奈はくちびるを噛んでいた。
その様子が痛々しく、また責任を彼女だけに押しつけるのも違うと思う。
力不足でいうならばあの御方の足手まといにしかならなかった自分。
そして、オーケストラはコンミスだけで演奏は決まらない。自分が浜松で聴いたときよりはよくなっているが、それでもグランツのひとりひとりと比べると実力不足は否めない。
「だから、まぐれとかではなく、実力でグランツに勝ちましょうね」
そう言いながら笑みを見せてくる。
まるで名前の通り、太陽を思わせるような。
そして、その表情を見て改めて思う。
あの御方は月の下でこそ輝きを増していたことを。
「あ、力が入りすぎるとまた笹塚さんに怒られますね。でも、御門さんが頭を下げてスタオケに入れてくださいと懇願するとまではいかなくても、目を見張るような演奏。それをしましょうね!」
「ああ」
雲の上にいるようなあの御方の考えはわからない。
もしかすると本意は別のところにあるのかもしれないし、一方あのとき受けた拳の強さは本気だったのかもしれない。
ただわかるのはあのときの自分たちは力不足であり、グランツを破ったからと言って御門はスタオケを選ばなかったという事実。
実力をつければ必ずしも彼がこちらに来るとは限らない。
だけど
「諦めてはいけないな」
「諦めませんから」
隣のコンミスと声がハモる。
そのことに気づき、笑い声が響き合う。
今は別れてしまった道。
もしかすると既に主は別のものと手を取り合っているのかもしれない。
だけど、音楽を続けていればいつかまた巡り会える。そんな希望がまだ胸のどこかには残っている。
目をそらすのは容易い。
だけど、あの御方はおそらく多くのものを守るため泥水を飲むことを選ばれた。だとすれば、その過程を見届けるしかあるまい。
そう思いながら鷲上は雑誌を1冊手に取り、レジへと向かいはじめた。