悪い大人には敵わない それはヒバサとサクヤが恋人同士になって、初めての二人きりの休日の日の事。
「なあ、ヒバサ兄」
「……」
「ヒバサ兄?」
「……」
「なあって!」
読書するヒバサの傍らで、不満げにわめくサクヤ。ヒバサは本は開いたまま、チラリとサクヤに目を向けた。
「……今、本を読んでるんだが?」
「本を読んでるんだが?じゃねーよっ! せっかく、二人揃っての休日なんだぜ!?」
「そうだな」
「もっと、恋人同士っぽい事したりとか……そういうの、ないのかよ!?」
その叫ぶような声にも、ヒバサの態度は変わらない。サクヤがそれに苛立ちを見せ始めた頃、不意にヒバサは言った。
「例えば、どういう事をして欲しいんだ?」
「えっ?」
「お前の言う、恋人らしい事だよ」
途端、サクヤから先程までの勢いが消えた。顔は赤く染まり、視線は所在無さげにあちらこちらを彷徨う。
「……例えば……キス……とか」
「して欲しいのか?」
「……ん」
躊躇うように頷いた、それを見てヒバサはやっと本を閉じ、傍らに置いた。そしてサクヤに、もっと近付くようにと指でジェスチャーをする。
素直に身を寄せたサクヤを、ヒバサは深く抱き寄せる。サクヤの瞳は自然に閉じて、これから与えられるものを受け入れる準備をする。
サクヤは知らないのだ。ここまでが全て、ヒバサのシナリオ通りである事を。
サクヤはどうにも素直とは言いがたい。まともに迫れば、反発するのは目に見えている。
だからヒバサは、わざとサクヤに素っ気なく接して、自分から欲しがるように仕向けるのだ。
そんな狡い大人の思惑など知る由もない、まだまだ大人になったばかりの元子供は。
「——いい子だな、サクヤ」
満足げな笑みと共に与えられた口付けを、思う様に甘受するのであった。