兄弟達の残暑見舞「一松兄さん!一松兄さん!」
「なに十四松」
「みてみて一反木綿の死体」
「まじか」
「何処にあったの?」
「納屋〜!」
「納屋?そっか。…納屋といえばあの糞が物体転移の場所に設定してるらしいけど…あれがぶっ殺したのかな」
「そうかも!カラ松兄さんの臭いするから」
「え…本当に?ちょっと貸して」
「あいあい!」
ガサッ
「…んー…やっぱりおれじゃよく分かんな…あ」
『著:カラ松』
「…」
「あれーカラ松兄さんの字だーなんで死体にお経書いてあったのかと思ったのに!」
「死体じゃなくて唯の紙だし、お経なら触れたら痛い筈だよ…ああ、そういう意味じゃこれもお経って言えるかもなぁ…?」
「へー!やっばいね!カラ松兄さんお経書けたんだー」
「いやそうじゃな…まあいいか、捨ててきて十四松」
「えーなんでー」
「ほら、お経ならおれたちには危ないし…いらないでしょ」
「せっかくだし読もうよ!」
「…じゃあお前ひとりで、なら」
「いやでぇっす!兄さんも一緒!」
「くっ…しょうがねぇな…」
「やったーじゃあ読も!」
「へいへい…」
『──これは、オレのオレによるオレの為の書き付けである。』
「…やっぱ読まなくても良くない?」
「待って一松兄さん!その後に『だが、兄弟達が読むというなら止めはしない。ある意味では、そう、これは手紙といえるかもしれない。読みたいなら読むと良い。歓迎するぜ?当然な!』ってすごい読んで欲しそうに書いてあるよ」
「お前あいつの声真似るの上手…それはそうと殊更に読みたく無くなったわあ」
「わーい!じゃっぼく読み上げるね!聞いててよ一松兄さん」
「ええっ…あ、いや…」
「『──ここまで読んでくれた事に感謝する。お待ちかねだろう?早速、始めるぜ!』」
「始まっちゃった…逃げられない…」
*
活気溢れる、江戸の街並み。オレはそれを眺めながら、あるものが来るのを待っていた。
それは、百物語の呼び出し!……ではなく、残暑見舞いの返事である
以前にその想いの強さ故か時空の歪を通ってしまったらしい、『ハガキ』とやらの紙面に記されていたのだ。残暑見舞いの字が!
オレはなんて画期的なんだろうと感銘を受けた。
何故ならあの生存確認作業を、わざわざ家に訪れる事なく書簡でやり取りできるなんて!手間の省略としてこれ以上に素晴らしいものなんてあっただろうか?いや、ない!という具合に大変感動したからだ。
……まあ、妖怪と化してからは人間だった頃の知り合いの生存確認なぞ出来るはずがないので……それをいざ実行する機会は全く無かったのだが。しかぁし!
何を隠そう、オレは今残暑見舞いハガキを出しているッ
何故かって?ふふぅんそれはなっ!
オレは今、家に帰れないからだッ
その原因を辿ると長くなる。
オレは、百物語に呼び出される直前に行燈が強く発光する性質を持っていたが為に、百物語のなされる回数の増える夏真っ盛りの時期兄弟達からの苦情が殺到したからだ。
止め方は分からなかったのでどうする事もできないと言ったら、光らなくなるまで家を出るように一松に提案された。
成程それなら確かに兄弟達がオレの罪深き光に悩まされる事が無くなると、一松の提案に乗る事を決め少しばかりの放浪の旅へと出、一時的に兄弟達に別れを告げたのだが。
困った事に連絡手段を用意していなかった。転移の術を用いれば、早急に家に帰れる故用意する必要はないだろうと高を括っていたが、しかしオレは気づいてしまった。
帰った瞬間に呼び出しを食らい光ってしまったら、また兄弟達の目が残念な事になってしまうのではないかと。
なんという事だ、オレが青行燈の中の青行燈であるが為に愛すべき兄弟達が苦しめられてしまうなんてッそう己の運命を嘆いていた所、思い起こしたのだ、『ハガキ』の存在を!
そうしてオレは丁度立秋となった事も踏まえ、残暑見舞いハガキを送る事としたのだ!ふふぅん、我ながら天才的発想だぜ!流石オレ!
そう自分を褒めたたえつつ覚えている限りのハガキの文面を真似て適当な紙に近況報告を書き、転移の術で我が家に送り付けた。
嗚呼もちろん、我が家というのは集会所の方だ!決して間違って生前の家へと送ろうとして直前に気づき慌てて止めたりなんてしてないぜ、決してな。
そんなこんなで残暑見舞いハガキを送り、暫く経つが……一向に返事が来ない。やれやれ、これではお互いの生存確認ができないじゃないか。画期的だと思ったんだが、残念だ。
そう思っていたのだが。ふいに、転移の術の発動の気配があった。その直ぐ後に眼前に現れた一枚の紙。これはッ!まさかッ!
そのまさかだった!文面の一番初めには、『残暑見舞い申し上げます』の字が!オレは歓喜に打ち震えながら目を通した。
残暑見舞い申し上げます
お元気じゃなくていいので
帰ってくんなクソ松
返事書いてやっただけありがたいと思え
文句言ったら殺す
立秋
……。ん?おかしいな、知らぬ内に歓喜の涙を流していたのか?目が霞むぜ……。
というかこれ、書いたの一松だよな?何故だ、オレは兄弟達全員に当てたつもりだったんだが……はっこれはまさか…
お元気じゃなくていいので→体も
帰ってくんな→兄弟達には甘えず外で
返事書いてやっただけありがたいと思え→心も
文句言ったら殺す→試練に耐え鍛えよ
並び替え、取り纏めるとこう。
〝兄弟達には甘えず外で、体も心も試練に耐え鍛えよ〟
要約するとこれを機に心身共に精進せよ、と……!つまりはそういうことだな
恐らく一松は書類作業を請け負ってるからか字が綺麗だから、兄弟達の総意を汲んでそう書いたんだろう!
一松の言葉は少しばかり分かりにくいからな、オレじゃなければ真意に気づけなかったぜぇ!
フッ……ありがとな一松、そして愛する兄弟達よ!
お前達の言葉、しかと受け取った……ぜ☆
オレはそのハガキを胸に、今日も百物語の語られる地へと旅立ったのだった。
*
「『──オレはそのハガキを胸に、今日も百物語の語られる地へと旅立ったのだった。』」
「あはっこれでおしまいなんだ!すっごいね!書物いっこ読み終わった気分」
「…ねえ、十四松」
「なにー一松兄さん!」
「なんでこいつこんな糞長い糞下らない馬鹿みたいな文章送り付けて来たんだと思う……?」
「うーん…あっ分かった!暇だったんじゃないかな」
「嗚呼そう…」
「あとあれだけじゃ生存確認足りなかったんじゃないかなって思ったとか!」
「…それだったら残暑見舞いハガキの意味無いじゃん」
「じゃあ誰とも喋れなくて寂しかったとか!」
「いやあいつ誰彼構わず話しかけて打ち解けるような奴でしょ、そんな事ある?」
「なら一連の流れ説明してなかった事思い出して丸ごと伝えようとしたのかも!」
「あー…それならまあ、有り得るか…?」
「あとぼくらに会いたくても会えないって暗に伝えたかったのかも」
「……うっぜぇ」
「あ、そうだ!最後の所すごいこと書いてあるけど一松兄さん本当にこういうつもりでハガキ書いたの?」
「んなわけない。おれがある程度平生保ってんのはあの糞が帰って来て早々にぶっ殺すって決めたからだよ」
「そっかー!大変だね!」
「そう、大変。手間暇掛けて殺すつもりだから手伝ってね」
「分かったー」
「よし」
「…一松兄さん」
「何」
「カラ松兄さん、早く帰って来れると良いね!」
「…当てつけ?」
「違いまっする!」
「…ふーん」
「…なら、まあ…………うん」
にこーっ!
「やっぱりそうだよね!うんうん」
「…」