mystuki短編集 やることもないし、やる気もないからゲームの画面を開いたままベッドに寝転がった。無駄に広い友人のベッドは誰かが寝転んでいなければ少し寂しい。無理やり浮奇を呼びつけて、彼と一緒にしばらくの間虚無を共有した。
黙っているのは好きだった。ミスタは黙っていても、特に気まずさは感じなくて好きだった。
「メンバーのこと、好き?」
「は?」
殆ど眠たいとしか考えていなかった思考が、ふとずっとループし続けてしまいに諦めた話題を見つけ出した。ミスタなら分かってくれるかもしれないなんて、思ってみたり。
「いや……友達としては好きだけど」
「そう」
浮奇はいまいち、友達と恋人との差をはっきり見出せずにいた。それが異性であれば友達としての好きだと断定できても、じゃあそれが同性であれば、果たしてこれは純度百パーセントの、なんの混じり気のない好きだろうか、と一つ立ち止まってしまう。
一方ミスタも、やっぱり友達なんて多くいたわけじゃないからよく分からなかった。友達として好きがあるのは知っていても、じゃあそれは仲間へ向ける好きとか、家族へ向ける好きとか、そういったものとは違っているのかわからなかった。
「よくわからないからね」
正直に言ってみた。何となく、浮奇なら別にそれでも責めたり、理解ができないなんて言わないだろうと思った。隣で微かな笑い声が聞こえた。
「じゃあミスタに聞いてもどうしようもないね」
心地良かった。誰も正解を教えてくれる人はいなくて、裏を返せば正解を押し付けてくる人もいないのはとっても居心地が良かった。
ごろり、と浮奇がよこ向けになって、そのまま猫のように丸まった。
「少し寝るね、おやすみ」
「そう、おやすみ」
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「ハグして」
「いいよ」
浮奇の白くて細い腕が身体に巻き付いて、そのまま彼の頭は肩に乗せられた。ミスタも浮奇の腰あたりに手を回した。彼はぶかぶかの洋服で誤魔化しているけど、案外細い。僅かに身長の低い彼の口元は丁度耳の辺りにきていたから、ただ彼の息をする音が耳に届いた。浮奇は何も言わなかった。
嫌いな人のことをハグなどしないだろうし、逆もまた当然であるというのがミスタの考えであった。つまりハグをしてくれるということは、相手はそれなりの愛情を己に注いでくれていることの証であると信じて疑っていない。そういう考えであったから、ハグをしている間はミスタはミスタのことを責めなくて良かった。誰かに好かれている自分を否定することは、きっとその誰かを傷つける事になるだろうから。
浮奇はきっと、少し自分に似たところのあるやつだ、とミスタは判断していた。ハグとか、あからさまな愛情表現でしか愛を感じ取れなくて苦しんでいる内の一人だろうと。
実際、彼がどう考えているかは関係なかった。時々こうしてお互いにケアしあう分には何も問題は無いのだ。
それは二人にしかできない、心からの愛情を送り合う行為で、二人がまた一人でいるために、時折必要になる事だった。
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「ミスタ、ちょっとくらいじっとしててよ」
「一応静かな方なんだけど」
ミスタが頭を少し揺らすたび、浮奇の手から短くてさらさらしたミスタの髪が落ちて行ってしまう。必死に掬い上げてもまた落ちるという繰り返しにそろそろ飽きてきて、しかたなく浮奇はミスタの真向かいに座り直した。
気を直してスマホを開けば、ふーふーちゃんとスハから連絡が来ていることに気がついて思わず口角が上がる。
「編み込みってそんな楽しいもん?」
「特に何も思わないけど…。ミスタが編み込みされてるのは新鮮だから」
ふーん、という返しにミスタの興味のなさが滲み出ている。心の中で浮奇は、多分こいつは、そういう細かいものには一生興味なんて示さないだろう、このb*tchと悪態をついた。
では興味のないことを何故わざわざミスタが聞いたのだろうとは考えなかった。実際のところミスタも無意識だったけれど、それは単純な浮奇に対する興味から来ていた。不思議で生意気で、そして海月のように自由な後輩に対しての。
遠くから悲鳴が聞こえた。カフェテリアではよく聞く類のものだ。おおよそ、誰かが料理を盛大にこぼしたか、それか学内一のモテ男が現れたかのどちらかだろう。そう大抵が判断して、そして誰かがご飯を溢した云々なんて話は用務員がなんとかするから、その悲鳴はスルーされて終わりである。
カフェテリアは随分賑やかだ。昼食時間の無駄に長いこの学校において、その後半など大抵は食べずに寝ているかゲームしているかのどちらかの学生でいっぱいになっている。
「シュウ、遅いな」
「また言い寄られてるんじゃない?」
画面から顔を上げないまま、浮奇が適当に答えた。
「そう」
ミスタもこれまた、やっぱり適当に返した。